クレパス君の日記

「やはり石鎚山はすばらしい~ ! !」たったこれだけの言葉に僕の思いすべてが込められている(^_^)。


この日記へ訪問していただきありがとうございますm( _ _ )m 皆様より各地の石鎚山・石鎚神社の所在情報をお待ちしております。どんなに小さな所でもかまいませんので宜しくお願いいたします。


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愛媛県伊予郡砥部町三角に行者山があり、山頂に石鎚大権現が祭られてある ! !

ここの事を知ったのは「石鎚山への渇仰」という本の「伊予教会のあゆみ」の所に以下

のように記されている。

この地方には古くから石鎚信仰が伝えられ、約二百年前石鎚山から御分霊をお迎え

して奉祀した場所が、教会から三〇〇m程行った山頂(行者山)にあり、同所は砥部町

三角の住人白方浅吉(白方平氏の先祖で山伏であったという)が、神皇第十八代後桃

園天皇の安永三年頃に石鎚山の御神霊を奉斎し、記念に周囲の山林約ニ町歩に松

を植樹されたと伝えられ、現在祠の近くに今も二本残っているのはそれだと言われて

いる。奉斎以来、同部落の祈祷所として、代々受け継がれ、田植完了の時には豊年

を祈り、又雨乞、諸難除等の祈念行事が、部落民全員集合して行われてきた。
年代の変移にしたがい部落の世話人が中心となり先祖の志を継ぎ「行者山の石鎚

山」と信仰が続けられた。現在の教会の歴史を知る上に貴重な生きた資料といえる。
更に「広報とべ 第305号 (昭和50年10月1日)」には以下のように記されている。
部落の中央高台、塔婆山の麓に、昔門徒十二か寺を持つ本寺だったが、大友真鳥

に焼き払われたと伝えられる三岳寺がある。境内に砥部四国のニか寺があって戦前

花の咲く春のころには遍路姿の老若男女の参詣人をよく見かけた。
この山の後ろには石鎚権現を祭った行者山がある。部落では田植えが終わると山へ

登って、滋雨を請い五穀の豊饒を祈っている。

以上の文章から現在所在地で判明できるのは石鎚本教伊予教会と三岳寺だけであり

この2つの位置情報から今回無事に石鎚山を発見したものである。

そして今回の旅には大きな収穫があり、発見した石鎚大権現の傍に建つ石碑の内容

から、以前に「いちばん古い石鎚神社」ということで訪問した岡山県総社市の石鎚神社

より更に50年ほど前から勧請されていたということである。

しかしこれは現代の石碑に記される内容から逆算した計算上の事であり、当時の年号

が記されている訳ではなく、確信性に欠けるものがあるが、伝承からするとこれに相当

する古さであるという事である。

そして最後に、この辺りは現地へ行くと該当する小山や頂が何ヶ所もあり、どの頂を見

ても大ジャングル (>_<) ! ! 特に初回調査時は「どうなってもいい格好」で挑むも本当の

意味で進退極まる旅であったことを付け加えておこう (^_^)。

 

 

 

 

 

 

石鎚大権現(行者山)はここにある ! !

 

僕は山道を徒歩で進んで行ったが

アンテナのほうから入口まで車で行けそうだ (>_<) ! !

 

北東方向から眺める行者山

まさしくこの地域の石鎚山であり歴史は古い ! !

そして山頂には石鎚大権現が祭られてある

 

ここが地図に記している「石鎚大権現入口」の所

舗装されすぐ手前まで車で来れるようだ

 

徒歩で奥に入っていくと中は鬱蒼としている

 

何と奥に屋根と石碑らしき物が ! !

 

地図にも航空写真にもない神社のような建物がある ! !

 

石碑には石鎚大権現 ! !

自分の中で予想していた祠より立派な事に感動 ! !

 

鳥居は無いがどうも拝殿と本殿のようである

 

「奉修石鎚大権現二百年祭記念」

何と江戸時代から祭られているようだ ! !

 

石碑の左右側面は関係者が記されている

どうもこの地区の方だけが知っている場所のようだ

 

そしてこの石碑の裏面は大変興味深い事が記され

今までに例を見ない内容であり、そのまま以下に記す

 

明和八年夏大旱魃の為古桶井手の水論起り翌安永元年備中国笠岡の代官所
に於て吟味さる此の時当村百姓浅七無実の罪に問われ連日拷木にかかる或
夜かねてより信仰せる石鎚大権現の尊像彼の後に現れて無実を告ぐ側にて
監視せし者も正に拝して疑念を晴らす安永三年窪田兵右衛門の義挙により
一同許され村に帰り事の次第を語るや村人いたく不思議を感じ信心を発す
逐に浅七帰依し行者となりこの地に松の木千本を植え石鎚大権現を御勧請
し奉る以来村人行者山と称して信仰し毎年慈雨を請い五穀の豊饒を祈る
恰も開山後二百年を経るに当たりその功徳を顕し郷土繁栄を祈念し之を建つ

昭和五十年五月吉日  三角組中 白形家縁者一同

 

 

寄進者の氏名も石碑裏面の由緒と比例している

 

そしてこの小さな社が石鎚大権現 ! !

中は石鎚山のお札に「石鎚頂上 昭和49年7月10日」と

記された丸い石が供えられていた

200年前の石鎚大権現を見てみたかったが

おそらく御神像は信者さんが管理しているよう

 

そしてこの社の向く先には霊峰石鎚山 ! !

実際には見えない位置であるが方向は合っている

「やはり石鎚山はすばらしい~」という事である ! !

 

 

 

 

 

 

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