春が来る。

あの雲のやうにとりとめもなく憂いが深まる

口遊む、ににんがさん、さんしがご

ごは口遊む石になる

畑にあり庭にもある

そして躓く

雲は遠くに在って

けふは初燕を見た

なにをそんなにいそがしいのだらう

軒を掠めて二羽三羽

まだ虫湧く季節でもあるまいに

世間を遠くに押しやって

わたくしは友達です

友達にLINEをします

まぎらわしい

だからそんなに大事な用事でもなんでもないのに

ただとりとめもなく

ちょっと不安だからねって

ごめんなさい

ほんとはなにか伝えたかったのだけれど

燕くんが二羽三羽

きっと善きものを口にくわえて

大急ぎで向かうからやったて来た

倉石智證

桜の花を想ひ立ちて。

/ゆさゆさと大枝揺する花の雲

/花待ちやブルーシートに文庫本

/宜(むべ)なるかな「3.11」に桜かな

/無垢になりたしと謂えどさくらさくらかな

/学ランも ♪あぁ上野駅花曇り

/階(きざはし)に花片曳くや風光る

/階に花片ひとつふたつなど

/髪に透く桜の花や匂ひたち

/行軍や万朶の桜征き征きて

「ゆく先に桜の花があればいい」(三波春夫)

/花見れば無能の人となりにけり

/寂聴のいまどこ辺り花の雲

/ひとり消へふたり消へして花の夜

/菜の花や川に背懸かる万朶かな

/きみはいま深川辺り桜かな

「さまざまなこと思ひ出すさくらかな」(ばせう)

あくがれいずるとは、西行翁。

本居宣長は日本の文化史を“あはれ”と喝破した。

 

倉石智證

花盛り。

ばあさんが帰って来たよって階段をまろび下りる/ほんとだ4時20分ぴったりだね/庭を横切って緑の送迎車に/「お帰りやばーさん」/けふは風が少しある/はよう家に入ろう/マリオネットのばーさんは二人に抱えられて框に座らせられる/車椅子のタイヤはきれいに雑巾で拭いて/さあそれから水平から垂直にばあさんを立たせて移動させるのがたいへんだ/

車椅子のばーさんを仏壇の前からいつもの食堂へと連れてゆく/仏壇の花卉の生花は一息に咲いてなにやら白く魂めいて見える/框のシクラメンも鉢に新しい花穂を加えた/ばーさんはすっかりもう痴呆だけれど帰って来ればあたゝかな/家居は春の陽気に少し浮き立つかのやうだ/甲州盆地は今が盛りと李の花が桃源郷に花盛りである。

 

倉石智證