涸沢にモルゲンロートを。

眼前に天蓋に包まれた宇宙を、大宇宙を感じるのだ。5時30分ころになるとまず吊り尾根、穂高連山辺りが紅く浮き立って来た。みるみる奥穂の小屋から涸沢、涸沢槍、北穂へと陽の赤みが移って来る。壮大な原始のモルゲンロートである。ザイデングラートと北穂の急傾に取り付いてゐるヘッドランプの灯りが地のお星さまのように点滅する。或る人は膝に毛布を巻いて、夜中の3時ころからここのテラスに天空を眺めていたとコーヒーを片手にする。少しずつ人類が活発に動き始めているかのやうだ。テラスがようやく明るんでくると、人の声が賑い、待ち望む奇跡に人々の視線はみな一斉に天蓋へと引き寄せられてゆく。みなここまで息せき切って登り詰めて来た旅人たちはようやく安堵と驚嘆の地を得て、見知らぬ人たちにさへ祝福を捧げる。何百万年もの前の造山活動に、氷河し、削られてモレーンし、水が流れ、神の意図するところは全く分からないが、ただ謙虚な心持に、讃迎し端倪するばかりになるのだ。

此の日名残りを惜しみながら下山の途に就く。

途中の石畳のコースからは大キレット終点の南岳と、

それに続く横尾尾根、右俣カールが眼前した。

 

倉石智證

雨の日はしょうがない。

/秋霖の耳元さわく山の宿

/山径に人なつかしきシャジン草

/ヤマハハコ母子であれば抱き合ひて

/砂糖ぐぁ子白山ボウフウちちちちち

/赤い実やゴゼンタチバナ秋深し

/涸沢に鳥を待つ実やナナカマド

/秋霖や山の寝床の永々し

/熱低の変じて台風上高地

/連泊やすることも無しおお鼾

/廁まで傘さして行く四回目寝た気を冷ます涸沢ヒュッテ

/石を打つ屋根打ち雨の秋深し

/みな旅人となり山景を行く径を行く

/水聞くや秋や来ぬぞと呼び覚ます

/秋の花に地味めにカメバヒキオコシ

/テン泊の人に冷たき秋の雨

/テント背負って涸沢に来て秋の雨

/ショベルカーの石撃つ音や秋深し

/秋の日の河原に白し横尾かな

/ミゾソバの金平糖に色愛(ぐわ)し

/山路来て杣菜ゆかしきシヤジンソウ

雨音を聞いています。

台風が列島にのし掛かっています。

雨の日はしょうがない。

涸沢ヒュッテに連泊です。

北穂は指呼の間、雨が上がり雲が解ければ

大キレットに向かうに槍ヶ岳が聳え立っている。

それこそが今回の究極な思考の解でした。

多くの感情を呼び覚まし思考の一点の如くに槍様が聳え立つ。

わたしたちは右に傾ける往古を見る。

 

屋根を打つ雨音を聞く。

雨の日はしょうがない。

明日は奥穂、涸沢、北穂にかかるモルゲンロートを拝みて帰らんとしやう。

青春がきっとこのまま了はらんとするのではなく。

 

倉石智證

虫が鳴き出しましたですね。

/頁繰る蟻の脳みそばーさんは小学生の本を喜ぶ

/譫妄(せんもう)や真夏の夜の悪しき夢

/おロロンと秋刀魚の海を振り返る

/腸(はらわた)の甘き辛しと初秋刀魚

/一人買う二人三人初秋刀魚

/初秋刀魚妻とし喰へばなべて世は

/夏暑し葱に布団を畝を寄せ

/まだ胡瓜名残りの実入りコンクラーベ

/子南瓜の蔓親南瓜に暇乞い

/老農夫風の便りを聞き分けて

/なかなかに鷹の威嚇のカイトかな

/通りゃんせ風の山背と吹くことも

/迷い込むパソコンの上バッタかな

/あかい灯の隣近所や虫の声

/虫の音や隣りの灯り十三間

/身構える36℃部屋の中

東京へ一泊で行って来ました。

/飛行機が次から次へと新宿を

海月(くらげ)が空を飛ぶよりましか

/半月やなるほど月の笑い顔

/公園に来てギター弾く夏木立

/一斉に生足の影青信号

かえって来ると畑は乾いています。

/水遣りや日の出る前の一仕事

 

倉石智證