気が付けば随分長々と書いてきたこのシリーズ、そろそろ締めに入りたいと思います。

(またコンサートが迫ってるのか)

いやまだ多少の余裕はありますが。

ちょっと急いだ方がいいかと。

 

ここまで長くなるとは思ってなかったんだけどなー。

(↑一端はまるとそればかり書きまくる単細胞)

ええ、宇野君にはまり過ぎてしまいまして。はっはっは!...誰が単細胞だ!

(...)

 

おかげで他のネタが詰まりに詰まってしまい、やはり片付けて行かねばと思いますので、ここからピッチあげていきましょう。

「当てにならない」(←よく知ってる皆さん)

急ぎますとも!

 

ということでいよいよ佳境。

宇野君のフリーです!

どうだったかと言いますと...

私としては今一でした。

(...それが佳境の感想か)

前からそう書いてるでしょうが。

勿論、宇野君にしてはの話なんですが。

 

最初はあまりにはらはらしながら見てたからかな?とも思ったんですけどね。

何といっても、元々SPの結果、実際の演技はともかくスコアが宇野君より高かった前2人が順当にスコアを伸ばしてましたし。

特に1位とは元からご祝儀てんこ盛り点差でしたから。

(↑最近必ずこれに触れないと気が済まなくなっている)

 

始まる前だって、初出場のオリンピックで、しかも重圧のかかる最終滑走。

きっと目も耳も塞いで何も見ず何も聞かず、何とか平静を保って自分に集中しようとしているに違いない、と。

でも最終だけに待たされる時間も長く、辛いだろうな、と。

心配していたというのに。

 

「自分の出番までヒマなので(他の選手の演技を)全部見ていた」...だと...?

......

...

どういう神経しとるんだ、この坊やは?

凄い心臓だなぁ。

肝が据わっているというか。

見た目があまりに可愛いだけに、凄いギャップを感じてしまう。

 

だが当時はそんなこととは露知らないカバさん、いきなり冒頭のジャンプで失敗しただけに、余計にはらはらしてしまい...

それが...

 

「(その失敗で)笑えてきました」

......

...

だからどういう神経してるんだ!

(怒ることないじゃないか)

いやあまりに驚いて。

演技後そのインタビュー聞いて照れ隠しかと思ったら、本当に笑っていたそうで。

...どういう神経してるんだ!

(だから怒るなって)

だから怒ってるんじゃなくて驚きのあまりなんだってば。

 

ここまで度胸のある奴って、そうはいないのではないか?

私も度胸はある方だがこれには負ける!

素直に脱帽するとも!

(確かに度胸がなければ人前でああいう演奏はできないな...)

ほっといてもらおう。

 

ただね、宇野君。

度胸は買うが、肝心の演技が君にしては今一だったんだよ。

「...」(←宇野君)

あくまで君にしては、なんだけど。

 

あ、芸術的観点からだけの話ね。

技術はどうでもいい。

(それではらはらするな)

だってやっぱり勝って欲しかったのは事実だもの。

 

そういう意味でも落ち着かない競技だよなぁ、フィギュアというのは。

心行くまで芸術を楽しみたい時に点差を気にしなければならないとは何と無粋な...

まるで冬の北海道に降る雨のようだ。

(↑冬の北海道に降る雨をブスと蔑んでいる)

まぁ芸術を楽しみたいと思うほどの選手は他には見当たらないけど。

「...」(←他の選手)

私個人にとっては宇野君だけが別格なので。

なのに...

 

うーん、どうも入り込めない...

SPの時のような深遠な世界を感じることができない...

あれ見た後では期待値がメチャクチャ高かったのは事実だが。

 

芸術的ではあると思う。

例えば彼の演技には気品がある。

何とも高貴な雰囲気が漂う。

これはSPでも感じたのだけども、多分本人の内面が滲み出てのことだろう。

だから...気を付けた方がいいよ~、金坊主~。

(...)

 

ただその先がない。

SPにはあったその先が。

もっともっと奥深い独自の世界があったのに。

錯覚だったのか?

いやそんな筈はないな。

錯覚であそこまで感動するわけもない。うーん...

となると...

 

もしかしてちょっと曲が難しすぎたのではなかろうか?

敢えて言うならほんの少々曲負けしていた。

敢えて言うなら、ね。

そんなに強く感じたものではないけれど。

 

プッチーニってオペラ作曲家だから私はこれまで全然聴いてないし、「トゥーランドット」も「誰も寝てはならぬ」の声楽部分を1度聴いたことがあるだけなのだが。

(声楽嫌いのくせに声楽部分だけ聴いたのか)

ええ、トロンボーンで。

(へ?)

ケンさんのつまみ食いコンサートで日フィルの首席がトロンボーン用の編曲をソロでやったのがかなり良かったんです。

(よく覚えてたな)

いい演奏は何年でも覚えてますとも!

 

それでこの曲今回初めて聴いたと言っていいわけですが。

(何年も前に聴いたんだろうが)

何年も前の1回こっきりなんて覚えてるか。

(自分の言葉に責任を持て)

いい演奏だったとは覚えてるが曲まで覚えとらんわ。

(...)

 

あの年齢で入り込むのはちょっと難しいのではという気がしました。

かなり重みがある曲だね。

オケ編成も大規模な感じだし。

今の宇野君にそれに対抗しうるだけの重みはまだ出せないんじゃないかな?

まだ二十歳でしょう?

と思ったら、過去の映像見た時、数年前にも同じ曲使ってたのがあって、ちょっと驚いた。

二十歳でもちょっと厳しいかと思うのに、10代では尚更無理でしょうが。

 

その後もこの「トゥーランドット」のプログラムは今年の4大陸選手権も含めて複数見てみたけども...

やっぱりどれも今一。

後半は結構惹き込まれるのだけどね。

でもSPの深みにはまるのとは段違い。

うーん、これは選曲による失敗では...

 

やっぱりCryingみたいなのをやって欲しーなー。

(ほほー、イングヴェイの曲は軽いと)

言っとらんわ!失礼な。

あれのどこが軽い。

ただ、あの曲は重みより哀愁だから。

イングヴェイの重い曲だったらFinal Curtainとかあるでしょうが。

でもまだそういうのは宇野君にやって欲しいと思わない。

「元からやる気はないんだが...」(←イングヴェイを知らない宇野君)

うっ...寂しいなぁ...

 

まぁでも宇野君もまずは何より哀愁系でしょう。

不思議な子だよね。

普段はひょうひょうとした天然風なのに、滑る(踊る)となったら、何とも言えない哀愁を醸し出す。

 

まぁかく言う私もそうだったけど。

「一緒にしないでくれる?」(←宇野君)

ごめん、そういうつもりはないのだが。

でも本当に、哀愁系や死の踊り系を踊ってる時は、自分から放たれる物凄いエネルギーの層に包まれるのを毎度感じたけど、明るい楽しい系のでは全然感じなかった。

(注:カバ太郎は足を傷めるまでフラメンコをやってました)

もうね、自分の体からメラメラと炎が燃え盛るかのような感じで。

(↑要するにピアノもフラメンコも燃え盛り系だった)

燃え盛る哀愁系です。

(...どういう哀愁だ)

 

そういえば宇野君も、1昨年あたりのスケートアメリカの変な曲では、ちょっとフラメンコ風な雰囲気がないでもなく...

(...変な曲?)

衣装のせいかな?赤と黒で。

あれだと凄く妖艶でミステリアスな雰囲気をばっちり醸し出しているのだよな...

曲は全然好きになれないが、あれはまた大層魅惑的だ。

あれを10代で、というのは凄い驚き。

到底10代で出せる雰囲気ではないような気がするんだが。

うーん、あんな天然なのに...

どこからあれだけの素養が...

あれだって凄く難しいだろうと思うのに。

どうもよくわからない子だなー。

 

でも重みというのはまたちょっと違うから。

そういうのはもう少し年齢行ってから見てみたい気がする。

 

これがどういうことかというと...

つまり宇野君はフリーの曲では完全には自分の世界に入り込めなかったのではと思うのだ。

SPでは完全に入り込んでいた。

だからこそあれだけ深遠な世界が広がり、私はそれに惹き込まれた!

 

ところで解説がうるさすぎたエキシビションの宇野君の演技だけ見た後、ネットでSPとフリーを再度見たと以前書きましたが。

実は金坊主のも見ております。

(おお!)

 

何と言っても個人的にはこの2人が断トツで印象に残ったので。

まぁ印象の種類は相当異なるのだが。

(...)

何も感じさせないその他大勢よりは面白かったのは事実だ。

ムカムカもするけど。

(...)

 

それでふと、試合の時と同じ順番でこの2人のを見てみようと思い立ちまして。

つまり

金坊主SP→宇野君SP→金坊主フリー→宇野君フリー

という順番ね。

 

で、2度目に見た金坊主SPは既に書いたように、後半気分がムカムカはするが、やはりそれなりに見応えはある。

(好き好んでムカムカしたがるとは珍しい)

いや単に思いついただけで。

もう見ないけど。

(...)

 

で、お次の宇野君SP。

やっぱり全然深いんだよ!

あっという間にムカムカも忘れ、宇野君だけの世界に紛れ込んでしまう。

「紛れてくるな」(←宇野君)

そう言われましても...

 

で、そのまま続けて見た金坊主のフリー。

やっぱりエラそうだなぁ。

とそれはそれでなるべく面白がって見るようにしたんですが...

実を言いますと...

途中で退屈になってしまいました。

(SPより更に見応えあったんじゃないのか?)

うーん、その筈だったんですけどね。

 

ちょっとエフゲニ・ボジャノフを思い出してしまいました。

(ああ、あのエラそうな...)

エラそうだったから共通するというより、あの一見(一聴)絢爛豪華できらびやかな音でありながら中身は薄く、更にあの美しいは美しい音から感じた虚飾の匂いを思い出してしまったんです。

何となく共通するものがあるような...?

あれも音は豪華でも底が浅く退屈で困ったし。

(...)

 

どうやら宇野君のあの深遠な世界の直後に見たのが良くなかったらしい。

あまりに深みが違い過ぎて。

 

と同時に、本当に対照的なアプローチの2人だな、と感心しました。

まるで対を成すかのよう。

でもってどちらを好むかは人それぞれ。

 

端的に言うなら、アイドルスターと芸術家の違いです。

(...差別してないか?)

だって本当にそう感じたんだもの。

 

金坊主のアプローチは正にアイドルスターのそれ。

常に最大の味方であるお客さんへのアピールを意識しているように見える。

手の動きや表情など、如何にも女性ファンが「キャー♪」と言いそうな決めポーズを何度も何度も決める。

それは本当にちょっとしたことなのだが、実際それで客席からは一々「キャー!」と黄色い声援が上がってボルテージが上がり、カバさんはと言えばそういう「スターだぜい!」という決め決めを見る度「うげー」となる。

(...)

ただそういうのが好きなファンにとっては、「ああいうのがたまらない!」となるのだろうな、とは十分察しがつきます。うげー...

(察するなら余計な一言を加えるな)

だって本当に辟易したんだもの。うげうげー...

 

お客さんの反応を見ながら、ある意味お客さんとのコンタクトを取りながら、その反響によって更に高揚していくタイプなのだろう。

つまり演技中意識が外に向いてるのね。

それが意識的か無意識的かは知らないけど。

 

宇野君は逆なんだ、このベクトルが。

曲が始まった途端外界と遮断される。

自分の世界に入り込む。

 

あ、お客さんを無視するというのとは違うよ。

指揮者でも演奏家でも同様のことが言えるけど、結局舞台芸術では、衆目の中でどこまで曲や作品と一体化して自分だけの世界に入り込めるか、なんだよ。

以前札響はスロースターターで、曲の半分ぐらいまで自らを解放できず、演奏が乗ってこない、つまり曲に入り込むまでに時間がかかり過ぎると書いたけど、理屈的には同じ。

 

そういう境地に至った時って、言葉の上では無なんだな。

何も考えていないのではなく、曲や作品と一体化して言葉を超えた世界に入り込む。

それができて初めて芸術の深みに到達するのだ!

(↑力説するサル)

 

フィギュアの殆どの選手の演技に芸術のげの字もないというのは、それがないから。

単にうわべだけ美しい演技にすればいいと思っている。

だから肝心の魂がない。

だから私の場合は見ててつまらないしバカバカしくなる。

だから...宇野君に驚いた...!

 

でも「トゥーランドット」ではそこまで入り込めなかったみたいだね。

だから見てる私も入り込めなかった。

(だからだからと言うな)

だから語彙が貧困なもので。

(...)

 

ということで、フリーではちょこっとがっかりしたカバさんですが。

実はエキシビションを見てもっとがっかりしました。

(ええ?!)

 

それではまた今度。

(これでピッチは上がったのか?)

えーと...頑張って書いてるんですが...