王様の耳は驢馬の耳 | 王様の耳はロバの耳

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


恥ずかしい話

他者を憐れむ心を
有していることは
自分にとって有り難い。
 
憐れみ施せることも
自分にとって有り難い。

礼を重んじて
自分を憐れみ
施してくれる者に
感謝して
習ってゆこうとするのだろう。

他者を憐れみ施して
自分が居なければ
相手が困ると
思ってしまうことや

憐れむ者に囲まれて
自分の周囲に在る者と
他所の周囲に在る者とを
見比べて
他所を羨んでしまう者は

自らが憐れむ相手より
余程、憐れに映ることに
気付かずに

類は類…

自分の身近に在る者が
今の自分の
この世界での有り様を
映す鏡に
映し出す世界を
愉しむことも適わずに

鏡に見し出す世界に
悲観して傲る人の姿を
見た人は

必然が如く
憐れんで疼く心を
抱えてしまう。

憐れみ疼く心を
抱えても

誰もが、憐れむ者に
施しを与えるとは限らない

自分が、施す相手を
自分が選び

自身の有する鏡に
憐れむ者以外を
映し出す。

自身が憐れむ者以外を
映し出せずに
他者を憐れむ者の姿は
痛ましい。

自分がいなければ…と
ステレオタイプのような発言を
漏らしてしまうことは
恥ずかしい。

誰が、誰を憐れんで
施すのか

自分が何かを
施した相手が

こうならなければ
ああならなければ…と

今の自身の有り様に
気付けずに、

憐れむ心を
自分ばかりが
具えているかのようにして

独り、傷付いてゆく
傲る者は、痛ましい。

鬱は映る、伝染する。

憐れむ心に引き摺られ
理性を大志、
何かしらの責任を放棄し

自らが憐れみ
施すことを優先し

自らが憐れむ者を前に
力を入れてしまう程
入れ込み傲れば傲る程

知らず知れずに
人は、自分の弱さを
鏡に映す。

類は類…

他者に施しを
与えれる者であれる
有り難み、
感謝の心を失って

目の前に在る者を
慈しめずに
憐れんで施して

子供のような徳を
積むところに辿り着く

なんで自分が…と
思ってしまえば
独り取り残されゆく。

自分のことこそ
憐れんで欲しい。と
思ってしまえば
置いてゆけれてしまう。

類は類…

周囲に在る者が
こうすれば
ああすれば…
解放されるかのように
思ってしまえば

人の心に
人の形も失って

自らがソコで鏡に映した
他者の有り様よりも
退行した有り様に
成ってゆく。

人は鏡。
今の自身の有り様を
映し出す。

習いながらも
気付けずに

知った気になって
理解せぬまま
傲り溺れては

心なく
道徳も知らぬ頃から
やり直す

知らず知れずに
やり直す

道徳や紡がれ習うことは
一つ一つが
パズルのピースのようで

どこに嵌めて
どこと繋げるかで
出来上がりが変わってしまう
 
習いたての子供が叫ぶ
捨て猫や捨て犬を
拾って来ては
憐れんで施すことが
大事と云ったじゃないか
なのに…

なんで、いけないのか?
ひょっとしたら、
憐れむ心を忘れたのか?と

驚く程、簡単に
小さい形して傲り出す。

自身の想い、気持ち
手前勝手な立場、
都合、事情、主義主張を
拙いながらに語り出す。

自身の周囲の
誰かの立場に
立つことなく
何に気付くこともなく

独り頑なに、
取り残されてゆく。

スタートラインに
立ったまま

置いた筈のピースを
どこに置いたか探し出す。

やり直しをする
子供のように
やり直しをさせられる事を
不満気に

自身の想い気持ち
立場、都合事情
主義主張を呟きながら

やり直しに
取り掛かる。

やり直しに
自らが、打ち込んで
不満、不服、愚痴を溢した
過去の己が晒した
有り様に気付き

ソコで出会って居た者を
慈しめれば有り難く

ソコで出会って居た者の前で
格好を取り繕い
優位に立とうとする姿は
とても幼い子供のようで
見る者を童心に誘う。

不思議の国のアリスが
うさぎを追うように

今の自分が
庇護し憐れむことが
出来る対象を
見つけたように
意気揚々と
何処かに駆け出し
迷ってしまう。

遊び疲れて帰路に付き
元居たところに
帰れるとは限らない。

自身が想って居た場所に
帰ることが適わずに
孤独に陥る者は多い

それでも
人生は続く

スタートラインに
戻っただけ

ソコから
脱出出来ないのは

ソコから
脱出している者達が
努力し続けている事に
気付かずに

孤独にも、
傲っているから
だろう。

憐れんで施して
慈しめずに
傲り、他者を羨む

自慰に溺れてしまうことは
とても寂しく侘びしく
孤独で恥ずかしいことだろう。

人が今、何を抱えて
生きているのか

心ないまま
常に憐れみ施して
鏡の中に映る姿を
慈しんでゆけることは
有り難い。

人が今、何を抱えて
生きているのか

心ないまま
憐れんでは競り合って
施しては張り合って
鏡の中に映る姿を前に
傲ってしまうことは

とても憐れだ。

何に囲まれ生きるのか
誰かや何かが
憐れみ施してくれないと
この世で独り孤独を
覚えてしまうことは

とても憐れで
恥ずかしいことだ。