王様の耳は驢馬の耳 | 王様の耳はロバの耳

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


面白いことに
この世界には、
自分とは違う誰かが
今 楽をしているかのように
捉えてしまう者か居て、

更には、

もう、我慢出来ない!と
自ら言い放っては

ご乱心あそばして

自分には
お前は
楽をしているようにしか
見えない!と

食って掛かる者さえも居る。

自分という人間を
自分の殻に引きこもり
どのようなものか
気付けていない。

もう、我慢出来ない!と
自らが、己の慢心に
溺れてゆく真似をして

もう、我慢出来ない!と
何を自分が選んだか
自ら気付くこともなく

まるで、自らは
苦労を買って
生きているかのようなことを
己自ら、口にして、

自分とは違う
他の誰かは、
苦労を背負い込む
自分とは違って
楽をしているように映る。

と、自らが
この世の誰かを
そのように、見て

情けも思い遣りも
人の想い気持ちも立場も
各々が、
担い生きている筈の
柵や枷、苦労に努力を
自らが、

この世のソコで
捉えること出来ないから、

だから、今、
自らばかりが
苦労して、
独り、寂しく、侘しく
孤独な心細さを抱え
努力を積んでゆくことを

もう、我慢して
やってられない。と
己自ら、放り出し

自分とは違う存在と
競い争い、競り合い
張り合う真似をしては

自らが積むべきモノを
自らが楽を選んで
努めていないことさえも

誰かや何かが
楽を選んでいたから
だから自分は
楽を選んだのではなく
自らが苦労を買って出て

他者に楽を選べば
苦労をするのだ。と

説いてやっていて、
その間、自分は
楽をしていなかったんだ。と

自分が苦労している様を
見ていただろう?と

他者にすがる
情けのない真似をする。

刮目し、
自らのこの世での
言動に
自己責任もてるように
努めてゆくことを

自ら楽を選んでは
自らを鍛錬することも
敵わずに

己が己に暗示をかけて
己の欲にエゴに我によって

自業自得
因果応報

ありのままの
淡く儚くも美しい
この世の景色を
今、ソコで自ら
捉えること敵わずに

この世のソコで
自ら業を深めては

自らの想い気持ち
立場、都合事情
迷い葛藤苦悩を
知っていただろう?と
自ら主義主張を訴えて

自分は楽などしていない。と

この現実世界で
唱える者の姿は

自ら雁字搦めに
己自らの自由を奪い
己を無明に惑わしているようで

罪、業、欲深く
哀れ不憫に映ってしまう。

そのような者に
情けをかけてしまえば
情けをかてる者に
情けをかける者が居て

情けをかけている者に
情けをかける者は云う。

情けをかける必要はない。
楽をしているだけじゃないか。
自業自得 因果応報だよ。と
口にする。

貴方が、この世のソコに居て
貴方の周囲に在る者が
要らぬ罪に業を深めぬために

自らが、重荷を擲ち
楽になることを選ばずに
何かを背負い
生きていけるようになれば

貴方の目に映る世界は
変わるだろうに

貴方の目に映る世界が
変わり
一人一人が其々に

苦を選んだつもりで
楽をして
自業自得 因果応報
苦しんで

誘惑、邪念、欲を
エゴを自ら鎮める
努力、苦しみを
一人背負い生きることを
自ら誓った者が、ほら

情け育み、養って
優しく、この世界に在るモノを
愛しく儚い尊きモノのように
見詰め続けていることに

自らが峠を越えた者は
皆、気付くことが
適うだろうに

何を今、
自らが信じることが
出来るのか

何を今、
貴方がその瞳に心に
映すのか

この世の今、ソコに在る
貴方の在り方、
ありようを赤裸々に
この世に映し出す。

そんな露わな様を見て
寄り添う者は皆
目を伏せ背をむけて
遠く遠くを見詰め

助けたい者は
肩を怒らす

寄り添う者は
自ら失くしたモノを
思い出しながら
自ら忍び鎮めては
肩を落とし沈黙し

助けたい者は
自ら失くしたモノを
思い出しては
焦るのだろう

そのどちらも

貴方が、楽を選んでいると
本当に、捉えることはない。

貴方の苦労を
貴方の今の想い気持ちを
迷い葛藤苦しみを
ソコに見てしまっては

人其々の
今の在り方に添って
自ら進んでゆくのだろう。