そしてまたある日。
懲りずに雅春と買い物にやってきた。
少なくとも前回・前々回来たときには体調を崩していることはしっかり記憶にある。
それでも偶然が2回続いただけ、ただそれだけのことと考えていた。
店内に足を踏み入れる。
なんともない。
少し胸をなでおろす自分に気づき、驚く。
なにもあるわけがないのに。過敏に反応しすぎやろ。
自分自身にツッコミを入れる。

だが、予想通りなのか、予想に反してなのか。
買い物途中で、前回同様、やはり呼吸が苦しくなる。
なぜ?
あたりを見渡す。
やはり私だけ。
大きく息を吸う。吐く。
もう一度繰り返す。
もう一度、さらにもう一度。
しかし、どれだけ空気を吸い込もうとしても、酸素が極端に薄い気がしてならない。
どんどん体は重くなっていくし、思考回路も停止寸前。
なんとか目を開けて、フラつきながらも歩くのが精一杯。
でも、この感覚、どこかで知っている気がする。
そう、あのときもこんなだった。



取り巻くのは真っ赤な炎。
木造の建物は見るも無残に、いとも簡単に崩れていく。
空気を吸い込みたいのに、吸い込んでいるはずなのに、吸っても吸っても息ができない。
火の粉とすすがあたりにに充満し、目があけられない。



ふいにそんなビジョンが頭をよぎった。
しかし、これまで火事に巻き込まれたことなどない。
それで、さすがになんとなくわかった気がした。
私には、この土地にいい思い出はないようだ。

最後はワゴンにもたれるようにして店をあとにした。
以来、今日までこの店には訪れていない。
そしてこれから先も、決してないだろう。
そんな出来事があったことも忘れて、別のある日、雅春とその場所へ買い物に向かった。
雅春と一緒にここに来るのは初めてだ。
ワゴンを押しながらフロアを歩く。
が、買い物を始めたばかりだというのに、何かがおかしい。
息を吸うが、いつものように呼吸ができない。
店内の空気が悪いのだろうか?
あたりを見回す。ファミリーが多い。
子供連れの若い夫婦、親ぐらいの年配夫婦。
一人で買い物している人も、みんな夕飯の食材を買っていく。
気分が悪そうにしているのは私だけのようだ。
そして、はっとする。
そういえば、前回来たときも体調を崩したのではなかったか。
その前は?
だめ、昔のことすぎて覚えていない。。。
どんどん呼吸が苦しくなる。

「ごめん、ちょっと店出たい。。。」

買い物もそこそこに、雅春の運転で店をあとにする。
その場を離れるごとに、通常呼吸を取り戻していく。

「なんやろね、繊細な私にはあの店の空気が合ってないんかな~(笑)」

などと冗談を交えながら話す余裕が出てくるのは家に帰り着く頃。
このときの私は、まだわからずにいた。
地元に戻ってきた私は、それまでの会えなかった時間を取り戻すかのように雅春と一緒に
いることが多かった。
週末はもちろんのこと、平日も仕事のあとに会うというのも珍しくはなかった。
仕事も充実していたし、幸せな日々だった。
雅春が灰色に見えたこともあのとき限りで、それ以来普通ではない何かが起こるということも
なく、毎日が過ぎていき、その不思議な体験の記憶もうっすらとしたものになってきていた。

そんなある日、私は家族と一緒に買い物に出た。
行き先は某複合商業施設。
スーパーやレストラン、洋服や雑貨などの専門店が入っていて便利だ。
うちの周りには、「車で少し」という範囲にこういった施設がいくつかあるが、何故かここはあまりこない。
その日はおそらく2、3回目で、前回来たのはかなり昔のような気がする。
スーパーでワゴンを押しながら、違和感を覚えた。
人混みで酔ったのだろうか、なんとなく体が重い。
ひととおりスーパー内をまわってレジに並ぶ頃には、話すのもしんどくなってきていた。
母が私の様子がおかしいことに気づいたが、あとは会計を済ませるだけだったし、余計な
心配もあまりかけたくなかったため、少し疲れたのかもと言う程度に留めた。

父の運転で施設をあとにした。
しばらくすると、症状は少し軽くなった。
疲れが溜まっていたところに人混みに揉まれたせいだろう。
今日は家にいればよかった。
目を瞑り、そんなことを思いながら車に揺られていた。