灰色の雅春を見てから、彼と付き合い始めるのに時間はかからなかった。
雅春と私が、お互いに同じスピードで距離を詰めていくのが手に取るようにわかった。
こんな感覚は初めてだった。
両親が離婚しており、体を悪くしている父親が作った借金の肩代わりをし、さらに父親の
入院費用をかけもちバイトで工面しているという雅春。
そんな優しく、何があってもくじけない彼をとても尊敬していた。
また、そんな人が自分を選んでくれたことも嬉しかった。

年が明けて春が訪れ、私は社会人になった。
運の悪いことに、少なくとも1年は東京勤務になることが決定し、交際3カ月でまさかの
遠距離恋愛がスタートした。
雅春は大学を休学し、平日はバイト、週末は別の大学院の社会人コースを受けるという。
月曜から日曜まで予定はいっぱいだという雅春に会うため、私は月に一度は地元に戻った。
元来寂しがり屋の私は、なかなか会えないことがたまらなくなり、東京で始めた一人暮らしの
ストレスも重なり、電話で別れ話をしたこともあった。
だが、それはすぐに後悔へと変わり、その週末には泣きながら雅春のもとへと急いでいた。

そんな長いようで短かった東京での生活は、たった1年で幕を閉じた。
転勤で地元に戻ることになったのだ。
だが、その間雅春が東京に私に会いに来てくれたことはついになかった。




あの時に別れていれば。私が強くなっていれば。
こんな辛い思いはしなくてすんだのに。
今となっては、どこまでが本当で、どこからが嘘だったのか。
真実は闇の中に葬られた。
私の目に映るものは、私の部屋で、壊れたパソコンのセットアップをする雅春。
ただ、雅春の部分だけ、色がない。
明け方にテレビ放送が終了したあとなど、白と黒のザーーーっという画面になるが、
あれをもっともっと細かくした感じ。
そんなフィルター越しに彼を見ているようだった。
長いあいだパソコンの画面を目にしていたから目が疲れているのかも、と思い、
横にあったテレビを見る。若手のお笑い芸人が出ている情報番組らしい。カラーだった。
部屋のカーテンに視線を移す。いつもの黄緑だった。
そしてもう一度雅春を見る。やはり灰色だ。
私に向かって何かを話しているが、よくわからない。
なにこれ。。。

しかし次の瞬間、元に戻っていた。
雅春は今の出来事に全く気づいていない様子で、話を続けている。
時間にして数秒程度のことだったと思うが、時が止まった瞬間であった。
その数秒間で、それまでの私の価値観は根底から覆された。
ショックだったが、こういうことって本当にあるのだと、意外とすんなり受け入れた。
パソコンが直ったあと、私はそのとき理解したことを雅春に伝えた。

「たぶん私たち、長い付き合いになると思う。」
それまでの私は、目に見えないものの存在やその力なんて、一切信じていなかった。
昔はスピリチュアルなんて言葉はなく、そんな話をちょっとでもしようものなら、たちまち
「怪しい人」の仲間入りだった。

私の母はたまに体調を崩すことがあった。
熱が出るわけでもない。咳こんだりするわけでもない。
ただ、体が重くて仕方がない様子でずっと寝込んでいる。
時にはひどい頭痛も訴えた。

「またよくないモノがついてきてしまったみたいやから、取ってもらってくるわ」

フラフラな状態でどこかへ出かけていく母を見送り、我が母のことながら
うすら寒いものを覚えた。
実際に見えないのに、何もあるわけがない。
究極のネガティブ思考が生みだした妄想。
本気でそう思っていた。

しかし、そんな私の目の前にいる雅春は、明らかに普通の見え方ではない。