あるのは無だ

無が揺らいでいる

揺らいでいるのを感じる心がある

無と心の相互作用が存在である

揺らぎをコントロールしようとする心

それがひかりであり闇である

コントロールするにはひかりと闇、両方がいる

心とは何か

それは心自身が決める

心はいつ生まれたか

心が決める

心はどこに行くか

心が決める

揺らぎの中でもがくうちに

コントロールしようとする心

でもあるのは無だけ

無が揺らいでいる

つかの間のことであり永遠のことである

心とは神秘

無から存在を導き出す

存在は夢のようにはかない

分裂、統合をくりかえし螺旋のようにめぐりめぐる

存在に執着するのも心

でもあるのは無だけ

心が無に還るまで心は存在を創り続ける

それは心では感じられるが

でもあるのは無だけ

心が真に無を悟ったとき

心は自由になる

本当に創りたかったものが創れるようになる

それは選択の時

無への回帰による終わりか

新たな子供の出産による始まりか

心は心を生み次へとつなぐ

ビッグバンが起こり心の旅は続く

無から存在を生みだす心

心は神秘

心は永遠の謎

そして心は。。。


自分は正しい。

意識では思っていなくとも
無意識のどこかではそう思おうとしている。

何かが間違っていると感じても
どこかで言い訳して
正しい立場に立とうとする。

自分は弱いから。
自分は駄目だから。
親のせい。
周りのせい。

だから仕方がないんだ。
これもある意味正当化である。

どんな悪人とされる人でも
自分を正当化しているそうだ。

やくざの親分でも
子分のためだといったり
戦争を仕掛けた独裁者でも
相手が悪いんだといったり
国益のためだといったり。

自分はひかりの奉仕をしている。
正しいことをしている。
という人がいる。

でも悪にも理屈がある。
悪には悪なりの正しさがある。

あなたが悪ではないと
どうして言い切れるだろうか?

悪の反対はなんだろう。
善だろうか?

好きの反対は
嫌いではなく
無関心である。

では悪の反対は
善悪の彼岸に立つものであろう。

人は皆、どこかで
自分を正しいと思っている。

本当の正しさはなんなのか
深く考えないままに。

深く考えるのが怖いんだ。
自分の偽善が暴かれるから。

そして本能的に知っているんだ。
本当の正しさを追い求めたとき
自分の奥にある
圧倒的な闇の存在を感じることを。

ちょっとでも気配を感じれば
すさまじい恐怖と戦慄を感じ
逃げ出したくなる衝動に駆られる。

これと対峙するならば
多くの人は精神病になるだろう。

善悪の彼岸に立とうとすれば
自分の悪はもちろん
善もそぎ落とし
圧倒的な虚無に出会うことになるだろう。

ここで明らかになるのは
善もエゴであること。

善悪の戦いとは
エゴとエゴの押し付け合いである。

生半可な善は
虚無の入り口で打ち砕かれてしまう。

より高い善もある。
圧倒的な虚無の中から
ベールを超えて真実としてこの世に持ち帰ったもの。
虚無の審査を通ったものだ。

この時虚無に意味が与えられ
形となる。

虚無の圧倒的エネルギーを
形にしたのがこの宇宙だ。

色即是空空即是色。

安定化させるために
虚無との間にベールを貼った。

ベールの中で善と悪が生まれた。
ベールの中ではそれが基準だ。
ベールの外の虚無に
本能的な怖れを感じながら
ベールの安定化装置として
善と悪が機能している。
つまりベールを超えるないで生きる術を
善悪で教えているのだ。
ベールの中だけに通じる
偽善と偽悪である。

ベールを超えるものも
少なからずいた。

多くは気がふれ
たまに虚無の力を自分で操る術を
見つけたものもいた。

キリストの起こした奇跡や
魔法や密教なんかもそうだが
叡智として生きる意味を
持ち帰るものもいた。

ベールの中は金魚鉢の中のようなもの。
時々水を換えなければいけない。
それは生きる意味や価値の交換である。

水を換える度大きな変革が起こった。

例えば人権という言葉が
世界中を変えたように。

はじめに闇があった。
虚無である。
ひかりあれといったときに
この世界が生まれた。
形が生まれたのだ。

闇は力。
ひかりは形。

闇は圧倒的な力を持っている。
ひかりはいったん闇にある
虚無の海をくぐり抜け
力を持ち帰って形にする。

自分は正しいと思っているとき
それはベールを超えて持ち帰った
真実であるだろうか?

ベールの中の正しさならば
それだけにしか過ぎない。

闇はあなたの正しさを飲み込む恐怖と感じ
いつも、目を背けなければならない存在か
憎むべき敵になってしまうだろう。

ベールを超え
闇の力を自分のコントロールにおいたとき
闇は協力者となってあなたを祝福します。

ベールの中の正しさを超越したとき
あなたは闇から苦しみを感じなくなります。
いつも負われているような感覚とも
おさらばできます。

ベールの中のあなたは
ありのままのあなたではなく
幻想のあなたです。

ベールの中の善悪を超越して
善悪の彼岸に立つとき
ありのままのあなたとは何かを
自分で意味づけることになります。

そしてはじめてあなたがあなたになったとき
本当の意味でありのままでOKになります。

自分の正しさを否定する闇の恐怖は
正しさを超越することでなくなります。

そしてありのままのあなたになったとき
闇は本来の愛そのものにかえられます。

悪の反対は
ありのままかもしれませんね。

゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪

別に全ての人が虚無と対決しろと
いっているわけではないです。

ベールの中は幻想であり現実でもあります。

その中で学ぶことも多いでしょう。

少しずつ生きる意味を見つけていくことも
できるでしょう。

ただベールを超えたとき
あなたはあなたではなくなり
あなたは本当のあなたになります。

その時は
地球での学びも終わりかもしれませんね

最初に「空」があってなかった


「空」は真実のひかりであった

「空」は真実の闇でもあった

区別はなかった

時間もなく空間もなかった

ただただ存在していた


真実のひかりと真実の闇は子供を産んだ

それが、闇の子とひかりの子だった

二人はうりふたつで見分けがつかなかった


子供たちはお互いにある約束をした

お互いに役割を分担した

約束が果たされるまでひとつにならないと決心した


そしてひかりと闇は分離した

今が今でないものと分離した

ここがここでないものと分離した

その結果、時間と空間が出現した


闇とひかりが全く別のものである

その新しい神話がイリュージョンのように宇宙を彩る物質を生み出した


気の遠くなるくらいの長い間

着々と準備を進めていた

そして宇宙は、ある存在の誕生を待っていた

そう、ひかりと闇を併せ持つ存在を


それは、人間であった

人間は、ひかりと闇を併せ持ちながら

ひかりと闇を別の存在であることを疑わなかった

そしてこの物質の世界こそ現実であることを疑わなかった


ひかりは物質を創り

闇は物質を壊した

壊さなければ生まれない

ただそれだけのことだった


しかしそれを見て

人間はひかりを愛した

そして闇を憎んだ


しかし人間はひかりと闇を併せ持つ存在

心の奥底では闇を憎めなかった


愛されたひかりは愛される役割を果たした

憎まれた闇は憎まれる役割を果たした

そのことがより深い分離を生んだ


人間の中にある闇は行き場を失い影となった

闇を憎むことは自分を憎むこと

闇を傷つけることは自分を傷つけること

それを教えるために苦しみという幻影を

闇は生み出した


しかし苦しみを生み出したことで

闇は更に憎まれた


苦しみは闇を否定する心から生まれる

人間は苦しむほど苦しみを導いた


ひかりはそれを癒やした

つかの間の安らぎを生み出したことで

ひかりは更に愛された


そして分離は更に断絶へと進む

時間と空間は疑いないものとなり

物質は現実そのものとなった


「あなたはひかりと闇の存在なんだよ」

という心の叫びは無視され

ひかりの存在になりたくても

自分の闇が邪魔をする

という矛盾した現実?に苦しんだ


闇は悪いものとされ

闇と戦う人が模範とされた

すべての人に闇がある真実ゆえに

戦争が避けられないものとなった


我々はひかりの存在ではない

ひかりと闇の存在である


それは決して恥ずべきことではない

ひかりの存在になろうとすることで

反対に闇の存在が大きくなる

分離が強くなるからだ


我々はひかりと闇の分離を

元に戻す鍵なのだ

そのためにどちらの要素も持っている

我々はひかりと闇を併せ持つ「真実のひかり」なのだ


ひかりの子、闇の子が協力して

このイリュージョンの世界を作った


ひかりの子、闇の子の約束

それは、子供である人間に

飽きるまで真実のひかりとは何かを味わってもらうこと


真実のひかりを知るために

真実のひかりでないものを創った


「逃げたい、壊したい、なくなりたい」

どこからか闇を望んでいる声が聞こえる

この世界を創った目的からすれば

大成功である


よく苦しめ よく学べ

苦しみも幻影であるゆえに


゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪

ひかりの子、闇の子は

この世界を壊さない


人間が心の底から望んだときにだけ

真実のひかりへと戻す

ひかりと闇を統合して


我々はこの世界を真実のひかりへと

アセンションすることをまだ望んでいない


だからこの世界がある

もし種明かしされても

望まないかも知れない


それでもいいだろう


「真実のひかり」は最初から最後まであり

私たちはそれを心の奥底で知っているのだから

ひかりが見えない


闇の中


でも安心して


闇はあなたの味方だから


「苦しい」


闇はひかりに行きなさいと言っているよ。


「寂しい」


闇は仲間を見つけなさいと言っているよ。


「悲しい」


闇は静かに好きなだけ泣きなさいと言っているよ。


「憎い」


闇は私も憎いと言っているよ。

憎しみが増してきているね。

でも何かが違う感じがするよね。

真剣に愛を感じているから憎いんだよね。

それに気づいたら自分をよしよししてあげてね。


「私は嫌われ者」


闇は自分もそうだよって言っているよ。

でも闇が嫌われることで

ひかりにみんな行きたがるんだ。

誰かがソンな役割をすることで

上手くいくことがあるんだ。

闇は喜んで嫌われ者を演じているよ。

誰も分かってくれなくても。。。

だから闇はあなたの気持ちを誰よりも分かっているよ。

闇は優しくなぐさめている。

好きなだけ私の胸で眠りなさいと言っているよ。

だから暗く静かにしているよ。


でも元気になったらひかりに向かいなさいと言っているよ。

嫌われ者は私だけで十分だからって。


深くて分かりにくい闇の愛


私はそんな闇が大好きです三日月




ちょっと難しいので玄人向けです。


゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪


「絶対性と相対性の共存 」

と聞いて何じゃそれ難しそうと思ったと思います。

簡単に言うと

精神世界では

「ありのままでいいよ」

という割には

「成長するためだよ」

ってしつこい具合にいわれますよね。

「ありのままでいいよ」が絶対性で

「成長」が相対性です。

何でありのままでいいっていってるくせに
成長・成長っていうんだって疑問に思ったことありませんか?

どちらが正しいんだろうって?

どちらも正しいというのが共存です。

絶対的には救われているんだけど

相対的には努力しなければいけない。

絶対的には永遠な存在なんだし今しかないんだけど

相対的には過去・現在・未来があって
前に進むしかないようになっている。

絶対的には完全なんだけど

相対的にはいつまでも不完全である。

完全であり不完全である存在。

それが人間でありこの世界です。

なぜそうなのか?

完全である世界を相対である世界が超えるためです。

つまり完全を超越するため。


より完全な世界を再創造するため。



ニーチェの言葉で言えば人間を超えて超人になるためです。

完全を超えることをあきらめた人間は

別の目的を見つける必要がある。

お金であったりステータスであったりブランドであったり。

でも満足できません。

では逆にありのままの自分を許せば完全になれるのでは?
と思いませんでしたか?

もちろんなれます。

でも人というのは許せる範囲が決まっています。

努力もしない怠惰な自分を本当の意味で許せる人は
あまりお目にかかったことはありません。

そういう人は自分をどこかでいつも責めています。

自分が思う合格点を人はいつも目指しています。

だから「ありのままでいいよ」といわれても
どこか腑に落ちないのです。

前に進めないときは苦しいです。

ただ前に進んでいるときだけ
苦しみを忘れられます。

後ろに進んでいるときは
一生懸命自分の生きる意味を探しています。

その意味では一歩一歩どこかの方向へは進んでいます。

それと同時に救われてもいます。

どんな自分でも完全な世界は受け入れています。

絶対性と相対性の共存という意味が
なんとなくお分かりいただけたら幸いです。

私が好きなのは「ありのままでいい」とわかっていながら
格好悪くても方向も分からずとも一歩ずつ進んでいる人です。

よくがんばっていますね。
すべての存在が尊敬の念でサポートしていますよ。

゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪

追記

成長しようとしてもなかなか上手くいかなくて


苦しいだけのときは自分が完璧なことを思い出してください。


そんな自分でも受け入れられていることを。


絶対性と相対性はこの世を生き抜くための両輪です。


どちらも不可欠です。


不完全なのは当たり前です。


逆説ですが、不完全だからこそ完璧なのです。


不完全でよかったですね。


成長が楽しめます。


そして不完全なもの同士許しあいましょうね。


いやなヤツっていますよね。


反対に尊敬できる人っていますよね。


どちらから多くを学びましたか?


私はいやなヤツのほうです。


この世で会う人は皆自分の先生です。


いやなヤツは自分の人生をかけて

私たちに教えてくれます。


本当に有難いです。


いやなヤツと書きましたが

本当は人生の師匠と書きたいくらいです。


学んでいる最中はやっぱり

いやなヤツですけどね(-。-;)

完全になろう。


正しいことをしよう。


そう思うと


不完全な人を責めます。


正しくない人を裁きます。




完全になるには

私たちはあまりにも無力です。


はっきりいって

「あんたバカァ~」

のレベルです。


欠点のない人を

みたことがありますか?

私はありません。


私たちは自分の無力さを

忘れてはいけないのです。


どんなにいい人も悪い人も

どんぐりの背比べです。


そう、神のレベルからみれば。


難しい問題は解決しようとせず

神さまにお任せしましょう。


ただ、自分のできることを

それなりにやっていればいいのです。


それが無知の知を悟った人の生き方であり

他力に目覚めた人の生き方です。


私たちが忘れかけているのは

自分より大きな存在への畏敬の念です。


生かしていただいてありがとう。


それさえ分かっていれば


怠けたり人のせいにしてもいいのです。


苦しんだり嫉妬したり悩んだり怒ったりしてもいいのです。


皆、不完全だから。


完全になる必要はありません。


それは無理だから。


不完全なもの同士、

ののしりあうこともないのです。


できっこないことを目指すから

劣等感や優越感

心配や恐れ

善や悪

正しい?戦争

があるのです。


私たちはみんなバカ


バカだからこそ神の前で平等。


生きていることを楽しむ必要もありません。


ぐだぐだやっていればいい。


あなたはそのままでいい。


そのままで神に愛されている。


ありがたくなってきませんか?お月様


゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪


今日のはちょっと極論ぽいですが


ある意味真実の一端を示していると思います。


頑張り屋のあなたは


こういう考え方も心にとめておいて下さい。


ちょっとは生きやすくなりますよお月様

ダイエットしたいけど

美味しいものが食べられなくなるのは

イヤだな。


独立したいけど

安定した収入がなくなるのは

イヤだな。


これはorの考え方。


「ダイエット」or「美味しいものを食べる」


「独立」or「安定した収入」


これを&に変えると

新しい視点が持てるよ。


「ダイエット」&「美味しいものを食べる」


好きな物を少しだけとればいいじゃん。


「独立」&「安定した収入」


独立する前から人脈を創っておいて

少しずつ準備しようかな?


必ずしも二つは対立してないかもしれない。

どっちともいいとことっちゃえ。このやろ!!!


ネガティブな時期ってありますよね。

無理矢理ポジティブになろうとしたり。
できなくて余計に落ち込んだり。

ポジティブな時期は、芽を出し、葉を出し、
茎を伸ばし、成長して花を咲かせる
そんな時期だと思います。
目に見えて楽しい時期です。

ネガティブは反対に根を伸ばす時期。
根がアクティブな時期なんです。

いくら外に向かって成長しようとしても
根が貧弱なら倒れてしまいます。

地中に成長して目には見えないけど
とてもとても大事な時期です。

人間としての深みを付ける時期です。

ネガティブになったときは
問題意識を持っている時期です。

このままじゃ駄目だと
本気で悩んでいる。

他の人の良いところばかりが目について
自分を卑下してしまう。

でもそれでいいんです。

それが成長には必要なんです。

どんどん悩んでください。
これ以上ないってくらいに。

どん底まで行けば
あとは上に向かって成長するだけです。

今は信じられないかも知れないけど
とても楽しい時期が待っているんですよ。

おっと、悩むことの邪魔かな?

あなたはそれでいい。
そのままでいい。
なんとなくでいいから
このことを忘れないでください。


映画なんかで

正しいと思えるものが

苦労の末勝ったとき

あなたは感動しませんか?


゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪

あなたは不正があると

怒りたくなる


あなたは悪いことをすると

心がとがめる


あなたは正義の天使

他人の悪は裁きたくなる


それどころか自分が悪いと

自分を傷つけることもする


世の中の不正に

どこか落ち着かない気分


あなたが目指しているものは

とても気高い


悪と分離した善ではなくて

真実の善を欲している


その道の途上

誰でも間違うときはある


人の間違いを許し

自分の間違いを許そう


あなたの求めているものは

些細なもめ事の解決ではなく

人類の進むべき本当の道


正義に燃えるあなたは

これからも悶々としたり

弱い自分を責めたりするだろう


ときには諦めようとして

結局は諦められなくて・・・


でもそれは世界の変化を導くため

もっと大きな視点を持とう


心は熱く

頭はクールに

もっと自分に優しくなろう


ひとつの間違いを責めるより

気付けた自分をほめてあげよう


そうすれば他人にも優しくできる


優しいつながりが大きくなるとき

きっと正しい姿になるんじゃないかな?


゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪


自分を責めすぎの人が多いです


だからつい他人も責めてしまう


いつも正しいことばかりは出来ません

間違うこともあります


でも気づいて

その後の一歩を進み直したら

許してあげましょう


あなたは十分にがんばっているよ


がんばりすぎて

傷ついているのがよく分かる


自分を騙そうとして

騙せなくて

余計に傷ついたり傷つけたり


あなたの純粋な正義の心は

ときには周り中を巻き込んで

爆発したりもする


あなたの心が綺麗だから

綺麗なものが好きだから


本当のあなたを

素直に出そうよ


あなたは既に神様から許されている

それどころか祝福されている

神様は本当のあなたを見ているから


あなたの本当の姿は

綺麗な心を持つ正義の天使


あなたの成長を

すべての存在が

心待ちにしているよ


そのためにも自分を癒やして

優しくなろうよ


゜・☆:.。. .。.:♪・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・☆:.。. .。:♪


相手が怖がるほどの優しさで包むことこそが

悪に効く一番の正義の鉄槌かもね