象の夢を見たことはない -78ページ目

ワサワサ、ワサワサ

ざわわ、ざわわ。

ざわわ。

ざわおな日であった。

稲刈り初日

稲刈り初日。
まだ、青かったので糸冬了。

故旧は大故なければ則ち棄てず。

日曜美術館『故宮 皇帝たちの至宝』を見ていて、

鵲華秋色図鑑。

鵲華秋色

歴代皇帝に受け継がれた印自体が、絵の価値を高めていると。
美術品にいたずら書きする観光客と大差ないレベルのエゴがムカつくなあと昔から思っていたのだけど。
で、番組では、デジタル処理してこれらの印を消して昔の状態にして見せていた。
のだけど、何故だかスカスカして張合いがないというか。

絵画作品を見た場合に、それを描いた人に思いを馳せることで美そのものの価値を嵩上げしていく。精緻な筆致や、細密な描写など「よく描いたものだ!」という感嘆。
純粋な「美」。もしそういうものがあるとしたら、それらの付加された想いは必要なものなのだろうかと。不純物なのではないかと。

例えば、宇宙とか。惑星の美しさとか。
砂漠とか。氷河とか。自然そのものがもつ美しさ。

ここで気づく。
人の手が加えられていないものを見るときにも、自分というものが存在する。
例え、耳を塞いでも、自分の鼓動が聞こえるように、無音という状態を人は感じることは出来ない。もし、そうなっても、脳が勝手に頭の中に音を創り出す。

結局、自分という人を離れて美というものは存在しない。
そういった意味で純粋な美というものはない。

子供のときの自分と大人になったときの自分で変わる部分もあるし、変わらない部分もある。
感覚と感情が相互に複雑に絡み合った経験でそれらは変化していく。

そういえば、小林秀雄がこんなことを言っていた。
凡そものが解るという程不可思議な事実はない。解るという事には 無数の階段があるのである。人生が退屈だとはボードレールもいう し、会社員も言うのである。

心理学者ジュディス・ラングロワ(Judith Langlois)は、何百もの人間の顔のスライドを集め、次にそれらがどれだけ魅力的かを大人たちに評価してもらいました。
それを次に3ヶ月と6ヶ月の乳児たちに見せました。
すると興味深いことに、乳児たちも大人が魅力的だと思う顔をより長く、しかもずっと長く見つめたそうです。
さらにそれらは、年齢・性別・人種は問題ないようだということも発見しました。
赤ちゃんは、とにかく最も魅力的な男性・女性・赤ちゃんをより長く見たそうです。


同じものを美しいと判別する。
それは人の遺伝子に組み込まれた歴史で、そこから各個人が自分の歴史によって塗り替えていくものも多い。例え、選んだ結果が同じものであっても、判るということの裏側はそれぞれ違う。それが逆に面白いと思えるような年になってきた。

雨模様の空を眺めている

最近、なぜだかビートルズ。

ビートルズ

それもアビーロードとリボルバー。
どこか暗い感じ。雨模様の空と合う気がするからか。
このアルバムどこか似ている。

リボルバーの発展形態という形でアビーロードを見ている自分がどこかにいるような気もする。
不吉な影をどこかに感じる。その影はラバーソウルの頃からある。
ジャケットにもそれを感じる。
ラバーソウルのジャケットもそういえばそうだな。

雨の空を見上げては、このアルバムを選んで聴いてしまってるのはその影のせいなんだろう。

8月6日

東京。

皇居の近く。東京国立近代美術館。
現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展。

ヤゲオ財団コレクション。海外の金持ってすげえわ。
ふらっと行っただけだったのだけど、すごくよかった。
サンユウの作品が特に気になった。

からの
名古屋。

upset wash?

wash?やっとこさ見れた。
GHEEEのhisayoちゃんとかバイザラウンドとかから名前が出てて。
バイザの話をしたら「あいつらは舎弟みたいなもんすから」と奥村氏。
やはり笑。

で買った。

wash?

今から聴く。

8月5日

久々の東京でおのぼりさん。

tokyo asakusa sumida

TOKYO CRUISEに乗って外人気分。