象の夢を見たことはない -72ページ目

年始

去年は掃除ばかりしていた。
元旦から掃除なんてしてたから。

「元旦の一日を引き延ばすとその年の一年になる」なんて言葉に引きずられて、走って、能みてひつじのショーンをみて、英語ちょっとやって、ハウスにいってトマトの糖度チェックをした。なんだか、いろいろやったようで、でも気だけが焦っててぜんぶ中途半端だ。これじゃ、いつもと変わらない苦笑

起業準備して、土地のめどをつけて、プラン作ってチェックして、資材揃えて年末には育苗してないといけない。のだが、いろいろ取りこぼしながらそれなりにしかすすめないかもなと。まあ、少しづつだ。

資格とか免許とか、去年一年でとったけど結局使うかどうかなんてわからない。
まあ、やってみることに意義があったのだと。捨てるかどうかなんて、物事にあたってからしかわからない。結局、人生どれだけ入力したかより、どれだけ出力したかなのだけど、入力も出力も無駄や遊びがないと質もあがらない。まあ、そんな感じで自分を納得させて。

本を久しぶりに買った。
自分の人生の中で一番長い期間使っている本をあげるなら、
レイモンドマーフィーのEnglish Grammar In Useだなと。
だが、新聞の見出しとか、モノの名前とか、看板とか、フォーマル・インフォーマルな言葉とか。そういう生活に密着したところが弱いと常々思っていたので、この本を買ってみた。

英語

最近の英語やらフランス語の教科書って無駄にでかい。
ハンディじゃないのよね。なんだかそのあたり持っていくのが難儀なのよ。
まあ、今習ってないし、これは自習用だからいいのだけど。


年始に見た映画。
『そこのみにて光輝く』



『グランド・ブタペスト・ホテル』



『ラストミッション』


暇か!苦笑 Suit yourself.who cares.

太陽のほとり


太陽

天に掘られた 光の井戸。


私たち

宇宙の片隅で 輪になって

たったひとつの 井戸を囲んで

暮らします。


世界中 どこにいても

太陽のほとり。



あけましておめでとうございます
このブログも7年を超えて8年目になります
本年もよろしくおねがいいたします

人間模様

「読みたい本が品切れで書棚に新しい血をいれたい。自分が人生でいちばん影響を受けた本か好きな本をそれぞれ1冊だけ紹介してくれ」。そういうお題。年始までの宿題なのだが、さて。

なら、自分の好きな作家の対談集か、その人が勧めている本を読めばいい。そう返せばよいのだが。
もういまさら本を読むこともなくなったのだが、やりたいこととかやるべきことが決まっているときに本なんて読みたくなくなる。

子供がいるみたいなので灰谷健次郎の「太陽の子」を勧めるのもいいかと思ったのだけど。
自分が20年前くらいに読んだときには読んでて涙が止まらなかったのだけど、灰谷批判というのもそのときにもあって。そのときにはいまいち納得できる批判が見あたらなかったのだけど。このネット時代だと、そのあたりが4Kテレビ並みになっているらしく。

amazonの書評を見てて、ああそういうことかと膝をうった。なるほどねと。
辛口の批評に信憑性があるものって全力でそれを否定しているので心に落ちてくるのよね。
自分も陥りやすい善意の暴力。今の時代はとくに難しい。というより年寄が陥りやすい。道徳は生活と結びついていると頭の中ではわかっていても、人は他人の生活の隅々にまで想いが及ぶわけもなく。かれもそういう年齢にさしかかってるからなあ。

小林秀雄でも紹介しておくかと思って、青山二郎を思い出し、洲之内徹にあたる。
松岡正剛の千夜千冊。この時代は言葉が一人歩きしてしまう、というか作家の言葉というのはだいたいそんなものなのだろうが、絵描きであれ物書きであれ。いや、そうじゃないな。言葉も評価も動く。とくに青山学院の界隈ではそれは顕著で、まあ骨董にいれあげる人たちにはそういうところもあるだろう。きったはったで言葉が動くし、評価も変わる。小林秀雄も白洲正子もそういうところがあり、それも人間臭さなのだろうけど、さすがにどうもねという部分もあり。

小林秀雄が「いま、一番の批評家」とよんだ洲之内徹というのがどのような人か知らなかったのだが、野見山暁治から見た洲之内徹は、だいぶん違うらしい。

徹底的に洲之内を批判した 野見山暁治という「才能」

まあ野見山さんも彼と同類だから匂いでわかるんだろうけど。
人の見方など結局その人個人の所有物であるので、まあでも、人のそれをためすがめす眺めてしまうのは、それが万華鏡のように回るから面白いのだ人間模様。固まった見方であるよりは、自分の持ち物が変わっていくのも面白いんだろう。変わるから面白いのであってじゃなきゃ人生なんて生きてられないんだろう白目。

ジングルベルを鳴らせ!!2014

みなさん!!

おはよー

こんばんわ。

さあ、というわけでぇ

ジングルベルを鳴らせ!!

いってきました。

upset ふとし

とりあえず、上前津のインド料理屋のチーズナンと作ったフルティカを差し入れして、
5Fへゴー。

フルティカ

まあ空洞果ぎみなのだが苦笑。

そして5F。既にチケット持っている人から、でも3番だった。

すけっちおぶ

やっぱり早くいかないとダメらしく、もう料理も出来上がってて。
ひろみちゃんに毎年毎年感謝の意を込めて。

ぐらまし

高島屋で買ったグラマシーニューヨークのチーズケーキを渡しそびれて
なぜか今ここに。

帰り際にチケットカウンターに社長がいなかったわけで。
「えぇっ!いつもいるやん!」的に期待してて
ひーろしぃーと梅さんばりに叫びそうになったのだが。

まあアンコールの途中で電車の都合で帰ったからなあ。
来年UPSETにいったときにリベンジして何か買っていこう。

さてライブである。

板谷祐。
鼻歌で客を泣かせることができるうたうたい。



高木フトシ。
世界の終わりに。

いつの日にか 飲まれていく
あの太陽に この星も

どこまでも どこまでも 語りつくせない不安だろ?



まったく違う二人が約束しているという
ギター1本、の~んびり全国旅の夢。
自分も旅のどこかでたまたま出会ってみてみたい。

いつも一人で行ってるのだが、はじめて他のお客さんと会話した。
そのコの話を聞いてて思ったのだけど。

毎日朝起きて仕事をして夜遅くに帰る。
そんななかで、自分ひとりでは燃やせない
やりきれない想いとか、思い通りにならない自分自身にだとか、
どうしようもないあきらめだとか、正体のわからない哀しみだとか。
声に出さずにおわっていく。
知らないうちにそれが心の中に溜まっていってて。

そういう部分にふいごでもって強制的に空気を送り込んで
燃やしてくれる。
燃えきれなかった「何か」を、熾火にして燃やしてくれる。
それを期待しているのだと。期待してたのだと。

そういう人を自分は「うたうたい」と呼んでいるのだ。
そう気づいた。

そして今、自分の中に熾火の元になるものがないことにも。
実は、それこそが生きていることの証だったということにも。
生きるって不自由なことなんだね。

クリスマスソング

プールではずっと中島美嘉の『雪の華』がかかっている。

自分的にはこの曲、何故か秋のイメージなのだがと思ってたのだが、
発売は2003年10月1日だった。なるほど。
最近ずっと宇多田ヒカルばかり聴いてた。

そろそろクリスマスだし、
クリスマスっぽい曲ないかなあと引っ張り出してたのだが、
洋楽クリスマスソング 40曲とかだとあまりにも、「ツリーの前にプレゼントの箱が一杯積み上げられてて、聖なる夜は静かに家族と過ごします」的クリスマスって感じで、うーんちょっと日本人的にはよその文化だわ、濃いなあって感じになっちゃうのがアレだ。

なのでこんな曲で。なんとなくクリスマス苦笑。



sadeのremixバージョン「the remix delux
確か今くらいの時期に日本で発売されたんじゃなかったかなあ。
あ、日本独自企画盤だっけ。そうだった。
レゲエ、ダブっていうのはなぜかクリスマスの裏バージョンな感じで。

あと、Tears For Fears - Woman In Chains



アルバム「The Seeds of Love」は彼らの作品の中では断トツの出来なんじゃないかと。今までのSHOUTだとかの雰囲気から一変、いきなり大人の音楽っぽくなって「なんじゃ?」と思った記憶があります。しかし、このPVは酷いな。もうちょっとjazzyに出来なかったんかいな苦笑。

うーん80、90年代の曲しかでてこないなあ、オヤジだ。