象の夢を見たことはない -51ページ目

LUCY, CAN’T YOU SEE ORION?

そういや、いま東海テレビ(フジテレビ系)でグレート・ティチャー・鬼塚がやっている。松嶋菜々子ハンパない。反町隆史が泊まり込みで彼女の家で勉強のときのあのCMの逆バージョン。



ソファーからベットへなだれ込むときのアレはなかなかフジやるなと。今の凋落っぷり。はよ、亀山社長はやめたほうがいいよ。現場から離れすぎた人間は、世間の機微が…。まあいい。

そんなことより、このGTO、メンツは結構なのだよね。小栗旬がいじめられっ子だったり。窪塚洋介はこのときから既にいいなあとか。関係ないが、この頃からなのかIWGPとか窪塚のアウトローっぷりって、顔も含めて車谷と似ている。



夏に冬の星座を見る。そんな女ノコってかっこいいよね。
サンタクロースが死んだ朝に。
ときどき思うよ。時々。

A・I・R/ポリスター

¥1,468
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このミニアルバムの初版、表紙は紙ではなく、プラスティックなのだよね。ビニルなのか。その表紙の印象が、前回の33IVの体液のPVと似ているとゴッシーに言ったことがある。彼もスパイラル・ライフは好きなのですぐ。でもそれは考えていなかったと。

真夏と真冬は、なぜだか空を見上げたくなる。
中島みゆきっぽいな苦笑。



歌姫属性。たまには、脈絡なく。
よはらい。とっとはらい。

大須ell size

7月9日 sat
[spangle circuit]
33 Insanitys Vertebra
ゲスト:The cold tommy
OPEN 19:00 START 19:30 前売 \2,500 当日 \3,000

spangle 発音記号 /spˈæŋgl(米国英語)/
なぜスパングルって発音になるんだろう?ああ、スパンコールはspangleの日本語訛りなのか。コールテン(オヤジだ)的ななにか?

アルバム『スパンコール』9月21日発売だそう。
毎週木曜日 20:00〜21:55 FM Aichi(名古屋80.7MHz)「ROCK YOU!」ノンちゃんパーソナリティーに抜擢、活躍中。2時間番組なので、最近運転中に遭遇確率高い。

コールドトミーは初めて見た。自分の中にない音を聴く。



この曲はメジャーから出てるので「らしい」感じだけど、こうじゃないライブハウスでしか聞けない音っていうのがある。大須とパルコの違いというか。うーん、ちょっと違うか。明るくて見渡しやすい音っていうのは、売れるけど、明るくて感じがいいけど、耳慣れていて。そうじゃない、馴染みのない、新しい刺激を求めてライブハウスにいっているわけで。ライブハウスも久々だったので、「おお!」と。そうくるかと。そういう音を久々に浴びた。やっぱり、たまにはライブに来ないといかんな。

開演まで時間があったので、大須の仁王門通と東仁王門あたりをぶらついてたのだが、やっぱり大須はこの辺りが一番ディープな感じがする。一本北の万松寺通りはもはや明るすぎる。70年代風のファブリックを使ったワンピースを売ってた店があって。すごく惹かれたのだが、ワンピースを買うわけにもいかず。メンズも置いてたのだが、そっちは今風のそれなりで、なぜ男ものの服はこうも保守的なのだろうな。もっととんがった生地でもいいと思うのだが。

サーティスリー・インサニティーズ・バーテブレイ、訳して33IV。自分は勝手にサンサンアイブイって呼んでるのだが、本来は不明。久々のギターアコースティックとバンド編成のノンプラグドの2曲だったっけで、ノンちゃんの歌姫属性炸裂。やっぱり、彼女の声なのだよね。天性のものだから。上手いバンドは数あるけど、そうではない特別。バンドの音で彼女の声が聞こえないのはちょっと。ギターが1本になったので、いくぶん聴きやすくなったけど。しかし、このell.sizeは音が良い。このサイズのライブハウスであの天井の高さ。そのせいか。でもロックンもいいのよね。何が違うだろう。

しかし、美人である。指がきれい。スタイルはいい。タッパはある。腕の長さ。黒の革パンツがエロい。ずっと見ていたかったのだが。昨日は端でみてたので、贅沢にガン見。ずっとガン見。なんなんだろうね、このコ。香水の匂いとマニキュア。金のスパンコール。月9にでも出て欲しい。



そういえば、九龍(クーロン)のササキマキちゃんも会場にいた。ベースが九龍のフルタくんだからね。前回は、ロックンのLAZYgunsでも見かけたのだけど、密かに見てしまう。背がちっこくて、かわいらしい。ノンちゃんのおねえさんも見かけた。あともしかして、あれは伝説のノンちゃんのおかあさんだったのだろうか。

次回ライブ
2016.8.13(土)新栄 CLUB ROCK'N' ROLL
[OVERLAPS]
WITH:MAYUMI YAMAZAKI / ペパーミント / la la larks aco-duo
OPEN / START 18:00 / 18:30 ADV / DAY ¥2,500 / ¥ 3,000 (D別)
9月10日だったか、その辺、再度ここエルサイズでレコ発前ライブもあり。

正体不明

洲之内徹の気まぐれ美術館。ワイエスについて描かれていた。この人、こんなメジャーな絵にも興味を持つのかと。あまりに失礼な感想だけれど、時代の空気がべったり張り付いた日本人の描いた絵しか紹介していなかったので。言うなれば貧乏くさい。野見山暁治氏のいうように。

そんな人がアンドリュー・ワイエスについて生き生きとした文章で。

はじめ私は、ワイエスの眼は普通の人が見ないもの、見過ごしてしまうものを見ているのに驚嘆したが、考えてみると、そうではなく、普通の人はみているのだが、近代絵画が見ようとしないもの、見ることをやめたものを、ワイエスは見ているのだ、ということに気が付くのであった。

そんなふうに始まる一連の文章。

ワイエスの絵の検索結果の中に犬塚勉の絵が。なるほど、そういうことかと納得。

誰かがスーパーリアリズムについて語っていたけれど、彼らの絵がだまし絵まがいのそういう絵と同じだと思っているのはいかにも技術偏重なモノの見方だと思える。

ゲルハルト・リヒターが、こういう技術論を振りかざす人に飽き飽きして言った言葉も興味深い。

とりあえず、時間が来たので今日はここまで。

ほのかな喜び

なんやろ。塾について書いてみようか。

いま、個別指導的な塾の講師もしているのだが。1対1ではなく、最大2対1で。「両手で持つ」パターンが最近多いのだが。

人一人のキャパシティっていうのは、赤ちゃんでも中学生でも同じで。

双子の子供さんを持たれている奥さんは、「よくもまあ、やってられるな」と思う。四六時中だからね。自分のいとこの息子夫婦が男女双子の親なのだが。今はもうその双子の子供たちも高校生に上がろかって年齢で、今度は父親に金銭的負担が…っていうとこなのだけど苦笑。そのコたちが幼少の頃、なんか、何度も母親が「実家に帰る!!」ていう。

怒って「帰る!」ていうのは日常茶飯事で。椀やら皿やらが乱れ飛ぶ的な。離婚の危機やらなんやら。。お母さんの大変さっていうのは、双子の子供を持った親しかわからない。

生活というのは、そういうもので。

それが生きることなのだよね。
引き受けることの苦渋とほのかにある喜び。

でも、それは未来への希望があるからなのよね。
引き受けるのは未来。そのために背負うのも未来。
天秤にかける希望。
大切ないのちの糧。

天秤

猫まみれ

猫まみれてん

藤田嗣治の猫から始まっていた。
三重県美には藤田の自画像が常設展で1点あるのだが、それにも猫がいる。今日気づいたのだが、その猫の周りにもオーラが描かれている。藤田の猫は手足の先と顔には輪郭があるが、身体は毛並で覆われていて輪郭線はない。線をどう使うのかっていうのが、やっぱり天才とそうでない人の違いなのだろう。

気になったのが、柳原義達の猫のブロンズ像で、これは三重県美内に柳原義達記念館があってしばしば彼の作品を見ているせいかもしれない。 記念館、入ると鴉のまがまがしいブロンズ像にいつもギョっとする。生命の持つ禍々しさと不気味な不定形さ、エネルギーの塊。この人の彫刻は異様な生生しさと体温があって、なかなかにコワい。

https://www.google.co.jp/search?q=%E6%9F%B3%E5%8E%9F%E7%BE%A9%E9%81%94&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwid_pz8rLPNAhWKoJQKHbx-DgoQsAQIHg&biw=1920&bih=911

気にいったのは、中佐藤滋の猫で。1960年代の高度成長期のさびしさとか。団地のあのかんじ。


団地のねこ

猫ずきな人たちが来ていたのだろうか。
自分はでも、猫そのものの絵より、猫に投影された人のなにかが垣間見える絵が好きだ。

猫まみれ展ポスター