象の夢を見たことはない -31ページ目

名前を呼ぶ

犬塚、大前、尾崎、落合、加藤、北口、黒宮、坂口、潮崎、杉原、寺嶋、永井、中西、名越、野地、青、赤塚、浅井、板谷、伊藤、太田、北川、北村、木村、桐田、小島、小林、島谷、清水、高橋、田中、永田、中野、中本、成田、西村、林、福井、古内、前川、松岡、三浪、南出、山田、山本

 

高校の現国の江畑先生は、小林秀雄のような白髪のべらんめえ口調の先生だったが、授業の前に必ず出席をとった。毎回生徒の名前を呼ぶので、いつの間にか覚えてしまって、今でも高校1年のクラスメイトをこんな風に覚えているわけだが、名前を呼ぶとなぜだか一人ひとりの顔を思い出すことができる。もっとも思い出す彼らの顔は当時のままで、もうそれから35年以上も経つ。

 

たぶん、そういうことを彼は知っていて、毎回毎回名前を呼んで出席をとっていたのだろう。そんなことを知っている風味な教師であった。哲学がある先生というのは、そういう先生であって、国語というのはそういう教科なのだと。

 

今でも、それをありがたく想う。

 

横山操「瀟湘八景」 山市晴嵐

 

 

北畠神社 紅葉日記 2018.11.18

 

 

 

またしても、イチョウはすでに散っていた。

 

だが、紅葉の古木を見つけた。

もう、晩秋というか冬の空だ。

時は過ぎ去っていく。

辺境論

内田樹に『日本辺境論』というのがある。

そういえば、タモリは『際』とか『境目』が好きである。

境目といえば、坂というのも彼が好きな地形で、黄泉比良坂はあの世とこの世の境目だ。誰かが、坂と境目というのは、言葉がなまって、坂になったのであって。この黄泉比良坂の坂は、地質学的な坂という意味ではなく、境目のことであると言っていた。

だが、岸田劉生の坂をみると、なんだかそんな理由も後付けのような気もする。

坂の向こうはどんな景色なのか。

境目では、いろんなことが起きる。

イザナギとイザナミの話でも、この坂の話がクライマックスで、生と死のハザマといいかえるなら、この場所で生と死は反転する。日本人は半分眠っているのさという誰やらが言っていたこともわかるような気もする。内と外の違いとか。

 

ずっとサンユウが気になっている。台湾というのも、辺境なのだと思う。中国の辺境、世界の端で、そこが共通項なのだろうか。私がサンユウを知ったのは、ヤゲオ財団のコレクション展で、だから台湾の匂いに思えたのだが、常玉は実は四川の生まれなのだそうだ。

中国文人画の流れというのは、彼が裸婦の絵を墨と筆でスケッチしていたからなのか。下半身の太い裸婦は、安産の象徴なのかマザコンなのかはわからないけれど、それをマザコンと言っていたら、縄文土器とかもマザコン系が多い。多産というのは罪深い。

 

辺境の人がもつ情緒というのがある。

文化というのは、言語だけではない。非言語系の文化というのは定義しづらい。

故に軽視され続けてきているのだが、画像がもつ情緒というのにどこか共通するものが確かにある。

 

水平線は坂になっている。地球は丸いからだ。

その向こう側は見えない。見えないが故、こちら側は安寧でありもする。

だが、これは河だ。向こう岸はどこなのだろう。果たして河というのも境目だ。三途の河の渡し船。なぜかこの絵は私に安西水丸と村上春樹のコンビを思い出させる。

 

世界の中心にいる必要などない。

端のほうが刺激的だ。そういう話だったっけ。

 

 

 

 

 

 

まず目につくのは鼻筋。

ルオーの聖顔を見ていて、これって達磨絵じゃないのかとふと思った。

 

異人さんの鼻。

芥川龍之介の『鼻』。

シラノ・ド・ベルジュラックの鼻。

 

ユングがブルクヘルツリ精神病院に勤めていたとき、ある患者が「ほら、太陽の真ん中からペニスがぶら下がっているでしょう。私が頭を振ると、あのペニスも揺れるんです。それが風を起こすんですよ。」と言ったのを聞いたユングは、ある奇妙な一致に気づく。それは、この患者の言葉が、古代宗教「ミトラ教」の祈祷書に書かれている内容と一致しているという事実であった。その祈祷書には「太陽から筒がぶら下がり、その筒が西に傾くと東風が吹く」といったものだった。

 

するとある夜の事である。日が暮れてから急に風が出たと見えて、塔の風鐸ふうたくの鳴る音が、うるさいほど枕にかよって来た。その上、寒さもめっきり加わったので、老年の内供は寝つこうとしても寝つかれない。そこで床の中でまじまじしていると、ふと鼻がいつになく、むずかゆいのに気がついた。手をあてて見ると少し水気すいきが来たようにむくんでいる。どうやらそこだけ、熱さえもあるらしい。
 ――無理に短うしたで、病が起ったのかも知れぬ。(芥川龍之介 『鼻』)

 

風邪の季節になりました。ご自愛ください。

瀟湘八景

竹内栖鳳の 《虎・獅子図》が入ってすぐ。

マンガだと思ってしまう。

茶色で地色を引いた上に毛を表す線を入れて、「毛皮です」っていう手法。

皆さんご存知のっていう約束事の上に成り立っているとしか思えない。そこがマンガだと思える。

 

漫画の約束事というのはどうやら多くは日本画から来ているらしい。そう感じた。

線の太さで勢いを表す手法だとか、省略、遠近、間、漫画であまりにも馴染み深いし、もともとそういう伝統ありきの世界が、ジャンプやらサンデーやらマガジンやらで展開されている。そうしてそれらの進化形に慣れてしまっている。目が肥えているわけで。幾百、幾千もの漫画家の人たちの工夫。それを超えるのは一握りの天才だけだろう。

 

そういえば、障壁画は、走獣、花鳥、人物、山水という順で格が上がるとか。奥の部屋に行くほどそういう絵という。今調べたら、江戸時代前期. の狩野派の画題法則らしい。録りだめていたNHKの日曜美術館、狩野派のを最近見たのだが、そんなことは言ってなかったし。権力と添い寝してきた狩野派の世過ぎ。教えてよ。

どうやら、その辺意識して陳列されているようだ。

最後の部屋が横山操の瀟湘八景。

 

三重県立美術館に行ってきた。

 

企画展と常設展、両方見れて大人600円という。安いわ。

しかも、かなりこの展示、力入っているわけで。そのあたりは、パンフレットとか見ると。もっとも最近足がよくこの美術館に向くのは、ただ近くにあるからというわけでもないのか。

 

知らなかったのだけど、受付のパンフレットでやっていることをその場で知った土嶋敏男展。入ったら、本人がおばあさんに付きっ切りで解説をされていた。35年ぶりに見るので、そのときは分からなかったのだけれど。あの時、高校の美術の授業で自分たちがエッチングを教えてもらっていたのは、時期としてそういうタイミングだったのかと知る。良い手仕事の経験をさせてもらえた先生というのは今考えてもそんなにいない。

 

時の移ろい。

文脈は、何十年後かに遅れてやって来る。

 

否、単に現場に居ながらにして目が見えていなかったのだ。

その懐に飛び込まないとわからない。