象の夢を見たことはない -28ページ目

破壊への希求 春雨物語

メンシキといういささか凝りすぎではないかとも思えるのだけれど、まだ多指というブレは少しだけ残っている。あるいは二重性とか単なる寝起きの目のブレなのか。どうやら、それを楽しむレベルまでにいる。免と色。一本多いのはそういうことだろう。

ねずみはずいぶん彼の影ではなくなった。もう同一人物と思えるほどに。

 

ねじまき鳥で壁抜けし、カフカで少年時代に帰って、1Q84で青年までもどった。

オウムの問題は彼の中にある暴力性でそれはアフターダークにも1Q84にもあって、それが村上春樹ダークマターなのかもしれない。

 

ともあれ、井戸は埋まってしまったが、彼は一緒に埋まったそれをミイラとして見ていて、果たして壁抜けに意味はあったのだろうかといぶかしんでいるところで、今日の「騎士団長殺し」の上巻部分読了。

 

最近、世界の整然を無意識のうちに求めているのか、家に立て続けに貼ったのは、浄瑠璃寺の九体阿弥陀如来像の写真と東寺の金剛界曼荼羅のポスター。

 

 

 

病んでいるのか。苦笑

先日の日曜美術館でエッシャーをやっていて、今まで全然惹かれたこともないのにはまってしまい。画集を注文した。

相対性?

 

 

いま、ゲルハルトリヒターの絵まで戻ってきた。と思いたい。

絶妙な崩しが必要だ。

 

 

いや、圧倒的な破壊が必要なのだろう。本当は。

問題はそのエネルギーがまだ自分に残っているかだ。

 

やってきた恐竜 街破壊 感情線渋滞 

哲学は、表現であって芸術に属する。

 

科学者然とあろうとした脱構築者の仮面は、すでにソーカル事件で暴かれているように、演繹すればすべての哲学は表現であったのだ。

であるなら自分が哲学に惹かれていた理由が納得できる。それは表現であったのだ。そして表現は科学に先立つ。

 

相対性理論もそれが証明されるまでは表現であった。

科学は表現に先立たれることでその先鞭をつけられる。

科学の前駆体が表現であって、それが人間のエンジンなのだよ。

 

 

姪っ子このとき何歳?街破かーい!しそうな勢いで登ってくる。よじよじ、のぼのぼ。

もはや、中学2年生。

そのうち、なんか哲学的なことを言い出すだろう。

愉しみ。

夢分析

昨日、死ぬ夢を見た。

 

普通、夢とはいえども、何らかの脈絡の上に成り立っている。

今回は違った。

 

いきなり、夢の中でブラックアウトした。なんの脈絡もなく。予感すらない。

その瞬間、辺りが真っ暗になり、「ああ、俺は死んだのだ。死ぬ瞬間っていうのは走馬燈だのってないのだな」と思った。

そして目が覚めた。奇蹟的に。

 

起きたときにも実感がなかった。

果たしてそれが夢だったのかどうかすらわからない。

 

人は、自分が死ぬ夢を見たときは逆にチャンスが目の前まで迫っていると夢分析では言われる。自分が死ぬ夢は、吉兆を約束する夢で、今人生の転機にあるのだと。

そして、今日の出来事を思い出してみる。

果たしてターニングポイントには程遠いところにいるのである。

もし、今日がターニングポイントならあと何度死ななければならないのだろうかと。

 

おそらくは無呼吸症候群で、死ぬほど酸素が脳に足らなかったのだ。

それが実際の夢分析というものであろう。

どっとはらい。

 

 

子供の頃、寝て次の朝が来るのが嫌だったことが何度かある。

宿題を忘れたとか、運動会だとか。

今そんなふうな切実な思いが、明日の朝に対してない。

それが良いことなのか、悪いことなのか、

年を経た今ではよくわからない。

 

 

 

 

 

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アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像

 

 

手が構築的であると言われる。

正直そんなことより

金箔の中から、人の体が浮き出している。

 

表現は人によって、発見される。

それまでは、気づかれない。

画家や芸術家は何かを発見し、それをモノに定着させる。

それが理解されるには誰かに再発見されることが必要だ。

 

人にわかるように説明される必要がある。

それでもなお、それ以前に一部の人には理解されている。

つまらない大人には なりたくない.

 

 

 

 

三椏とイランイラン

 

美杉にみつまたの群落があると新聞で見たので、家族で行ってきた。

最初、母親が花から紙ができるんやろかと。

 

樹皮だった。

みつまたは、繊維は柔軟で細くて光沢があり、印刷適性に優れているので、局納みつまたとして印刷局に納入され、世界一の品質を誇る日本銀行券の原料として使用されているとか。伊勢地方では、みつえだと呼んでいたそうだ。

 

匂いが独特で甘いがどこかに妖艶でとろっとしたところがある。

そのあたり、イランイランに似ているかもしれない。

なにか関係があるのかと見てみたが全然違った花だった。

だが、一目みてイランイランが欲しくなった。

イランイランいるいる。