象の夢を見たことはない -184ページ目

ある視点

フランス人が絶賛する 日本人のココがすごい!
東北地方太平洋沖地震が起きたとき、フランスは朝の6時46分で、朝から一日中、ニュースは日本の地震の報..........≪続きを読む≫

最近この手の記事を見ることが多い。
ちょっと複雑。

フランス人とベルギー人の違いを自分は知らない。
ベルギーも不思議な国で、これまでいろんな国と駆け引きしながらあの場所にあの国が存在している。したたかな国だということを誰かがどこかで言っていた。そういう国はヨーロッパの小国には多いのだろう。

ベルギーは、オランダ語が公用語の北部のフランデレン地域と、フランス語と一部ドイツ語が公用語の南部のワロン地域とにほぼ二分される。建国以来、単一国家であったが、オランダ語系住民とフランス語系住民の対立(言語戦争)が続いたため、1993年に連邦制に移行した(wikipediaより)。

フランドル地方というのは、旧フランドル伯領を中心とする、オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にかけての地域。『フランダースの犬』ってマンガでみると風車とかの景色で最近まで舞台はオランダだと思ってた。ものを知らないオイラ。原作の作家はイギリス人。その『フランダースの犬』だが、

日本での評価とは対照的に地元での評価はさほど高くはない。2007年には、ベルギー人監督により、なぜベルギーでは無名の物語が日本で非常に有名になったかを検証するドキュメンタリー映画(A Dog of Flanders -made in Japan- A Documentary by Didier Volckaert & An van. Dienderen)が制作され、不人気である理由について「(ヨーロッパの価値観では)物語は「負け犬の死」としか映らない」という説を監督が述べている(wikipediaより)。

トラン・アン・ユンの『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』。

アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン 通常版 [DVD]/木村拓哉,ジョシュ・ハートネット,イ・ビョンホン


ブラックなほうのブログにも書いたのだが、彼が『ノルウェーの森』に行きつくのはこの映画を撮った後。そもそもユン監督は、「日本人の顔、表情を撮りたい」と題材を探していたところ、『ノルウェイの森』にたどり着いたのだと。
この『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』での木村拓哉の役どころが、なぜ彼が「日本人の顔、表情を撮りたい」と思ったのかを象徴しているように思えて。

木村拓哉、彼が喋るシーンはほとんどない。
で、どんな役柄かというと他人の痛みを自分の体に引き受ける。他人の身体を抱きしめることで、その傷を自分に転移させる。河原の掘立小屋に住み、次々やってくる傷を負った人々の痛みを引き受け続ける匿名の人物。

コミュニケーションができない。それはたぶん日本人の外国語修得だけの問題ではない。そして自己犠牲。彼の行動原理が、外国人にはわからない。なぜ、自分の体をさしだしてまで人を救済するのか。
それは、日本人の自己犠牲性に対する素朴な疑問なんだと思う。
彼は、たぶんそんな日本人の匿名性に興味があって、日本人の顔、表情が撮りたいと思ったのだと。

トラン・アン・ユンは、12歳のときにベトナム戦争を逃れるため、両親とともにフランスに移住した。ベトナムとフランス。それぞれの地と血がこの映画に関係しているのかはよくわからない。
でもインド人と4年にわたって仕事をしていてオイラも日本人側から同じような結論に至った。まず最初の一年目で出てくるのはコミュニケーションの問題。日本側が要求してくることがマニュアル化されていないとか。けれど、結局のところ一番の大きな壁になるのが、この日本人の自己犠牲性で、これが国際化を阻む一番大きな問題なのだと。
日本人は、日本人と同じような犠牲を外国人に無意識に要求する。日本人的にはあまりに普通のことなので、なにが原因なのかがわからない。これは、おなじくインドで働いていた他の日本人とも話していての結論。日本人はどう考えても、世界でもかなり特殊な人種だと。

一つの評価にはかならず別の側面があって、意外とそっちのほうが日本人の心が向かいにくい大きな問題を孕んでいたりするのかもしれない。もっとも、自分の国の中だけで労働力にしろ市場にしろすべて解決できていればいいのだけど。
小手先でなく、システムの中にその日本人と外人との問題を解決する視点と方式を盛り込まなければ、これからも国際的な協業は難しいだろう。

ご参考)
「現代自動車」躍進の真因は「脱トヨタ生産方式」にあり 現場にはカイゼン活動を極力させない/井上 久男
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110306-00000001-gendaibiz-bus_all

報道

友人のつぶやきから

さっき福島の友人に送ろうとお店でヨウ素カリウムの錠剤が無いか聞いたら、ブリティッシュコロンビアの薬事法では売ってもらえるらしく、ネットなどで見てみたら?と言われた。でもその後すぐ、BCでも買占めが始まってるから難しいかもね、と。それが、日本に家族が居る人以外に、BCの人々が買ってるからだそう。

このデタラメな地図が原因してるらしい…どう考えてもありえんだろ。
http://skepticalteacher.wordpress.com/2011/03/15/japanese-nuclear-fallout-map-is-a-fake/

で、それに対するコメント
「すいません。この画像↑みて、思いっきりふきだしてしまいました。久しぶりに笑ったような・・・(笑)」
「画像…みれないです(笑) 私も吹き出したい(笑)」

いや、笑っちゃいけないのだけど、笑ってしまいました。
うーん、カナダ!
中国とかすげえ報道してるらしいから、「バッカじゃねえの?」ってあとで笑っていられるといいなあ。

泣け、笑え、生きまくれ

おっさんになるとうれしいことも単純に喜べなくなる。

前の会社の後輩が日記で、
仕事の合間にたまたま見て、思わず会社で泣きそうになってしまったと。
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110315ddm041040137000c.html

彼は子供が生まれたばかりなのでなおさらそう感じたのだろうなんて考えたり。
そんなふうに分析して感情が素直にあらわせなくなる。
そして生きることを忘れる。
いったいオレは何がしたいのだろう。

悲しむときに悲しめたり、喜ぶときに喜べたり。
そんな単純なことを忘れてしまった。

あついモノをハフハフ食べたり、ぶったおれるまで体を使って枕に倒れ込んだり。
感情は体からもういちど呼び起さないとダメなのだ。
笑うと笑える。笑えるようになる。
泣くと泣ける。泣けるようになる。

こんなときにこそ抑えたらダメなのだとおもう。

生きまくれ

ロッケンロール
新宿心音会板谷祐

さすが祐ちゃん。

邂逅

今日免許更新に行って来た。

横浜に住んでたとき、二俣川で免許更新したのだが使ってた免許証は穴をあけて返却された。三重と愛知では返却されなかった。なんだろ?
自治体によっていろいろ温度差があるけど、叩かないと出てこないのはどんな組織でも一緒なんだろう。

東京電力の記者会見でもエース級は最後に出て来てた。
出てくる人出てくる人、「あー、こんな管理職が前の会社にもいたなあ」と妙に感心してしまった。そのせいで出てくる順番も役職もどんなタイプかもだいたいわかる。理系の会社だから?

そんな自分に笑った。まあ誰でもそうなんだろうけど。
へんなモノが身に着くものだ。

どうする?

「決断」という言葉の意味は、川が氾濫してこのままだとすべての村が全滅するというときに、どこかの堰を壊して、ある村を犠牲にして、残りの村を救う、そういう政治をおこなうことがトップの役割としてあって、その堰を壊すことを「ケツ」と言ったのだと。

この国では個人が決断しないとダメらしい。

Life Must go on.

ならば自分の中で優先事項と優先順位を決めておくことも必要か。
どうする?
どうしようか…