象の夢を見たことはない -141ページ目

困るなあ。

いまさらなのだが。

どうも大人になるとわかることっていうのは子供の頃に道徳として教えられてきたものと逆なことが多いというか、いまだに戸惑うし凹むのだけど。
一体全体子供に対するあの教育ってなんなんだろう?無駄に道徳というか。。

例えば人のふんどしで相撲取るヤツのほうが上に行くとか、それも無意識にそれをできるくらいなほうが良くて、こいつ何考えてるんだろう?っていうレベルのほうが良い。

経済も同じで、それは国レベルでも個人レベルでもそう。人の金で相撲を取るヤツのほうが儲けはデカい。それは資本主義経済の原則というか。先物も考え方の基本はそれで、手元にないもので勝負をするから、儲けは実レベルでの実体経済より上。他人の金とかいまそこにない金を使うのが上手いヤツが勝つ。ファンド系のほうがモノを作るより長者番付で上になるのはそういう理由で、そういうものだと教えなくちゃいけないと思うのだが。

だから、モノを作るより金を回すような仕事のほうが給料がいい。それはモノを作る会社であっても同じ。モノを作らない仕事に周る方が結局良くて、そういう仕事を管理職になるとやるわけだけど、それってまったくモノを作る上での道徳観と真逆なので、心を病む人が多い。とくに情報系の会社の場合、やたら多い。管理する側になってモノをつくる現場がら離れると、どっちに進んでるのかわからなくなる。理系でどっぷりな人が多いからだと思ってたけど、どうもそういう理屈で。

そこで一皮剥けるというより、真逆の価値観と道徳観を身につけなければならないわけで。けっこう真面目な人ほどあるいはそういう道徳観の強い人ほどここでハマるらしい。人のノート借りても結局自分で勉強しなきゃダメだし…なんて思ってるようではダメで、確かに理系の専門教科なんて自分でやらなきゃダメなんだけど、それでも平気で借りた上でテキトーに点が取れるレベルを目指さないとというかそれが自然にできるのが理想。東京電力とかそういう意味でほんとは理系の理想なんだよな。あれは多分、上の人から下の人まで、自身でモノを作らない会社だから可能な有り様というか。あの厚顔無恥さはいっそ清々しいというか。作る方が搾取されるというのは、経済原則なんだよね。

真面目に仕事してるっていうのは、真面目にモノを作っているというのとイコールではないというか。だから産業が空洞化しようが、アメリカのGDPは今でもダントツ。産業は空洞化したっていいというか、空洞化したほうがいいというか、そういう見方もある。

でも人ってそんな簡単には変われない。困ったことに。ほんと困るわ苦笑

インディアン・ビジネス

The boy was waiting for someone to pick up and bring him to his house.

$ニャンちゅうなブログ-笹もってこい

いわゆるキャッチセールスなわけで。
マイソールでキャッチされた。
エッセンシャルオイルを買わされた苦笑。

なかなかにうまいキャッチだった。

自分の家だと言っていたけどそうではないだろう。
暇だったのでついていったのだが、いまだに何故ついていったのかよく覚えていない。そのくらいこまし方がウマかった。

連れて行かれたのは個人でやってる医院っぽい作りの2階の部屋で。
眼鏡をかけたおっちゃんが大きな木の机に向かって座っている。
診療っぽく聞いてくるわけだ。
まわりにはアロマっぽい薬品の瓶とかが並んでいる。

ははーんと。
そこでわかったわけだけど、まあ取って喰われるわけじゃないし。

でいろいろ聞いたりしてるうちにハマった。
イラナイというと、このおっちゃんが実に悲しそうな顔をするのだ。
北インドのほうはよく知らないけど、南インドのほうはそういう情に訴えてくる感じがなかなかに上手い。

たいした額ではないのだがレモングラスの小瓶を買って解放してもらった。
1階では女の人が刈り取った薬草を束ねたりしていた。
そしてこの子が待っていた。

キャッチされた教会の前まで一緒に歩いた。

$ニャンちゅうなブログ-マイソールの教会

その間、しつこく何かを買ったか?と聞いてくる。
こっちは、そう簡単に教えるのも癪だったから答えをはぐらかす。

待たせていたタクシーのところまでついて来た。
タクシーの運転手のコがもし何かを買ったらそのコに何を買ったか言ってやってくれとオレに口添えをした。どうも、客を連れていってもし売れるとこづかいを貰えるようで、まあ歩合性だろう。そんなふうに使われる子供たちはたくさんいて、オレの前にも外人の客がいたところをみるとそういうことだろう。その外人のコはオレが来たのを潮時とばかりに上手くおっちゃんから逃げやがったが(やるね!)。

そういうインディアン・ビジネス。

インド人は結構そういうcheatをするのだが(仕事でもそう)、南インドの方が人がいいのか、騙されたことに気づいてこっちが怒るとニヤっとバツの悪そうな顔をする。そういうとこが素朴というかなんというか。。

しかし、南インドとはいえ、子供の使い方というのがなんかヒドくズルいというか。そのあたり、カーストなんかもあって自分にはよくわからない。まあ、南インドでも州によって言葉も違うし、人も違う。マイソールはバンガロールと同じカルナータカ州。もっと南のケララ州あたりへ行くとさらに穏やかな人が多くなるらしく。自分の知っているインド人達もそんな感じ。

ベトナムは旅したことしかないけど、やはりハノイよりホーチミンのほうがそういうところがある。騙したあとシレッとしている方がハノイで、ホーチミンの方はニヤっと笑う感じ?東南アジアとかアジアの国は、その国の大きな都市で比較するとどこでも北の都市のほうが人が悪いと言うか、そんな感じになるんだろうか?

南インドから帰って来て思ったのは、果たして日本人とインド人どちらがズルいのだろうと。今でもよくわからない。組織的なズルをして責任の所在があいまいな日本よりは、まだインド人の個人のそういうズルのほうが、自分がズルしていると知ってるだけマシなんじゃないかとバツの悪そうな彼らの顔を思い出してたまに思う。まあ、いちいちそういう細かいcheatに毎日相手しなくちゃならないってのもかなり疲れるんだけどね。

「いま使わずに、いつ使うのだ!」

使わないと次のものが入ってこない。

お金とかモノとか。

あるいは次の段階へ行けないというか。

出し惜しみしてるとそこから先へ行けない。

たぶん自分にとってのこのセリフの意味はそういうことなんだろう。

ウィンターズ・ボーン

という映画を観始めた。

沖縄県那覇市出身で冬知らずな筈なのに

どこか遠いところでかすかな

ほんのかすかな冬の匂いがする

歌詞のせいなのか

それとも存在感のせいなのか

よくわからない



夏がいつもそばにある

そういう場所で

すぐ近くにこういう人がいた

そんなクラスメートのことを思ってみる

ペア・プログラミング

ある程度、世界を睥睨する目を持ったとして。

そのあと、メタフィジカルからフィジカルへ。

そういう道筋をたどるわけで。

なんていうのを『Mission: Impossible 4』を観ながら。

結構ベタなんだけど。

本当に必要なものは、結局手作業に戻るというか。

それって簡単には共有できないのよね。

「見える化」で簡単に共有できないこと。

当たり前だけどそれが何かをわかるために「見える化」を推進する。

答えは、常に「その先」にある。

それが生きる真実なのだと思う。

あたりまえのことは言葉では言い尽くせない。

だから、何度も何度も違う人がそれぞれの言葉で語るわけで。

それは、その本当の意味を知るのは結局自分自身でしかないということを

遠い言葉で伝えている。

遠い太鼓の音を聞け。