上野動物園
前に東京へライブ遠征したとき上野動物園も行った。
初パンダだったのか?
だがあの異様な動物園のあり様に早々に退散した。
3年ほど前に三鷹の森にも行ったのだけどやはりすごく気持ちが悪くなった。
子供の頃に、1970年代だ、東京のデパートでカブト虫を売っているのをTVニュースで見た。そのときの気味の悪さを思い出しながら、三鷹の森のその木立の中を歩いていた。自分と同じくらいの子供たちがかごの中のカブト虫を買っていた。それを思い出していた。こんな森にはいるわけなどない。東京の歪さはこういう場所に結晶化していると思った。
上野動物園でもそれを感じた。日曜日で家族連れが多かった。昼だった。暑い日だった。動物たちは人目を避けるような場所にいるか、いても寝ていた。いまどき、いろんな娯楽のある東京で、親も子もそのあたりはものわかり良く、「見えないねー」とか「ねんねんしちゃってるねー」とか取り立てて怒るわけでもなく、さして落胆もせず、それはおそらく1970年代とか80年代とかではない、ある種の穏やかさを感じたのだけど。
あの感じが今日のパンダのニュースを見て甦った。
そこまでしていったいそれはあの都心にある必要があるのだろうかと。
いまだにその気持ちは消えないし、けれども同じように自分がそう思う本当の理由もよくわからない。自分は確かに何かから目を反らしている。だが、それが何かわからない。
初パンダだったのか?
だがあの異様な動物園のあり様に早々に退散した。
3年ほど前に三鷹の森にも行ったのだけどやはりすごく気持ちが悪くなった。
子供の頃に、1970年代だ、東京のデパートでカブト虫を売っているのをTVニュースで見た。そのときの気味の悪さを思い出しながら、三鷹の森のその木立の中を歩いていた。自分と同じくらいの子供たちがかごの中のカブト虫を買っていた。それを思い出していた。こんな森にはいるわけなどない。東京の歪さはこういう場所に結晶化していると思った。
上野動物園でもそれを感じた。日曜日で家族連れが多かった。昼だった。暑い日だった。動物たちは人目を避けるような場所にいるか、いても寝ていた。いまどき、いろんな娯楽のある東京で、親も子もそのあたりはものわかり良く、「見えないねー」とか「ねんねんしちゃってるねー」とか取り立てて怒るわけでもなく、さして落胆もせず、それはおそらく1970年代とか80年代とかではない、ある種の穏やかさを感じたのだけど。
あの感じが今日のパンダのニュースを見て甦った。
そこまでしていったいそれはあの都心にある必要があるのだろうかと。
いまだにその気持ちは消えないし、けれども同じように自分がそう思う本当の理由もよくわからない。自分は確かに何かから目を反らしている。だが、それが何かわからない。
ぱむぱむ
そういや、きゃりーぱみゅぱみゅがフランスで人気だとか。
人気ったって、エレクトリックチャートであって総合チャートではなく。そういう文脈で「うそはいってないぜ?」的なよくあるパターン?どんだけ狭めて撮ってデモを大規模に見える化する的な?でも赤西仁アメリカiTunes Danceアルバムチャート1位的なやつほどではないのか。いやそんなものか?うーむよくわからんな。瞬間的にはオレでもいける!的な話はネットにころがってるし。
なんか最近のニュースの盛り様って多様化してるからなあ。
ところでJAPAN EXPOって何?これか! http://www.japan-expo.com/
へー。なんしかこのマックアカサカって誰?ある意味すげえな。
あー、J.E.LIVE HOUSEって入場ロハなのね。しかも土曜日だったし。それをこういう書き方ね。へぇー。なるほどねー。
だいたいフランスの音楽ってとくにポップスとかロック?
昔NHKでフランス語講座見てた時、ロックで流行ってる歌として紹介してた曲って誰だったけかな。とにかくすげー脱力したというか。あ、これだ!
Avant de partir - Roch Voisine (1990)
言語とテンポのマッチ具合が、かなりな野暮ったさ。というかいろんな部分でヲイ!って感じ。だいたいロックってダサいのだけどさ笑 一歩間違うとそこんとこがすごくなるわけで。
スローテンポな曲だったりボサノバだったりだといいんだけどフランス語。テンポが速い曲だと字余りというかノロさが目立つというか。鼻母音とかヒドイね。母音が音の主体になってる言語ってどーしても間延びするからか、母音-母音と続く場合にキレが悪い発音をするような言葉なんて特に相性がよくない。フランス語だとoi(オワ)とか。日本語ロックは世界でどうなの?な話があったけど、同じだね。というか聞きなれてない上に、白人がコレかよギャップでさらに倍的な。。
フランス、音楽だけはちょっとね…。個人的にはポップス・ロック後進国な感じは否めない。だから、たとえば日本のバンドがフランスで人気っていわれてもかなりびみょー。特にジャンルがロックだったりすると正直それって箔にならないんじゃね?というか。フランスツアー凱旋とか聞いてもはぁーそうですかーって。まあいいんだけどね。行ってくるのはたいへんだろうしおもしろそうでもあるから。ところで「ぱみゅぱみゅ」ってフランス人は言えるのだろうか?
しかし脳内リピートがひどくなる感じの曲って…なんなんだろ?あの中毒性とセンスのなさのびみょーな相関関係というか。やはり日本語の音と関係があるのだろうか?脳内ゲシュタルト崩壊を誘うような。そういう意味でフランス人のフランス語脳内リピート曲には興味はあるけど。どんな感じの曲で彼らは崩壊するんだろうとか。やっぱ、ギリ頭腐るくらいなこういうのが流行るのだろうかとか。あー別に嫌いなわけじゃないですよ、ぱみゅぱみゅ。TVブロスの連載も読んでるし。
なんならタケモトピアノのCMをフランスで流したら、フランスの子供は泣きやむのだろうか?とかさ。
ニューヨークはどうか?ベルリンは?とかね。
そういうくだらない企画おもしろそうだね、クール・ジャパン苦笑
ん?あれか?クールジャパン、実は世界を腐らせてしまおうっていう戦略?文化腐海化プロジェクト?シンジくんはまたゲシュタルト崩壊しちゃうんだ計画?だとしたらすごくいい。だいたい村上隆はそっちのシンジくんラインだしな。アキバエロ系で。そう考えると、AKBはいいわけか。おっ
そうか。そうだったのか。やるなあ!政府。経済産業省さしこ輸出とか。かっこいい笑 目指せ、ガガ越えとか。いや、マジで。
ていうかほんとは「クールじゃないジャパーン」っていうアホさがいいわけで。巨大麻生太郎とかお台場に作ったりしたらオモシロイのになあ。あやまんJAPANなんて即大使認定すべきだったね。ばかな官僚の尻馬は乗ったもん勝ちだし。
人気ったって、エレクトリックチャートであって総合チャートではなく。そういう文脈で「うそはいってないぜ?」的なよくあるパターン?どんだけ狭めて撮ってデモを大規模に見える化する的な?でも赤西仁アメリカiTunes Danceアルバムチャート1位的なやつほどではないのか。いやそんなものか?うーむよくわからんな。瞬間的にはオレでもいける!的な話はネットにころがってるし。
なんか最近のニュースの盛り様って多様化してるからなあ。
ところでJAPAN EXPOって何?これか! http://www.japan-expo.com/
へー。なんしかこのマックアカサカって誰?ある意味すげえな。
あー、J.E.LIVE HOUSEって入場ロハなのね。しかも土曜日だったし。それをこういう書き方ね。へぇー。なるほどねー。
だいたいフランスの音楽ってとくにポップスとかロック?
昔NHKでフランス語講座見てた時、ロックで流行ってる歌として紹介してた曲って誰だったけかな。とにかくすげー脱力したというか。あ、これだ!
Avant de partir - Roch Voisine (1990)
言語とテンポのマッチ具合が、かなりな野暮ったさ。というかいろんな部分でヲイ!って感じ。だいたいロックってダサいのだけどさ笑 一歩間違うとそこんとこがすごくなるわけで。
スローテンポな曲だったりボサノバだったりだといいんだけどフランス語。テンポが速い曲だと字余りというかノロさが目立つというか。鼻母音とかヒドイね。母音が音の主体になってる言語ってどーしても間延びするからか、母音-母音と続く場合にキレが悪い発音をするような言葉なんて特に相性がよくない。フランス語だとoi(オワ)とか。日本語ロックは世界でどうなの?な話があったけど、同じだね。というか聞きなれてない上に、白人がコレかよギャップでさらに倍的な。。
フランス、音楽だけはちょっとね…。個人的にはポップス・ロック後進国な感じは否めない。だから、たとえば日本のバンドがフランスで人気っていわれてもかなりびみょー。特にジャンルがロックだったりすると正直それって箔にならないんじゃね?というか。フランスツアー凱旋とか聞いてもはぁーそうですかーって。まあいいんだけどね。行ってくるのはたいへんだろうしおもしろそうでもあるから。ところで「ぱみゅぱみゅ」ってフランス人は言えるのだろうか?
しかし脳内リピートがひどくなる感じの曲って…なんなんだろ?あの中毒性とセンスのなさのびみょーな相関関係というか。やはり日本語の音と関係があるのだろうか?脳内ゲシュタルト崩壊を誘うような。そういう意味でフランス人のフランス語脳内リピート曲には興味はあるけど。どんな感じの曲で彼らは崩壊するんだろうとか。やっぱ、ギリ頭腐るくらいなこういうのが流行るのだろうかとか。あー別に嫌いなわけじゃないですよ、ぱみゅぱみゅ。TVブロスの連載も読んでるし。
なんならタケモトピアノのCMをフランスで流したら、フランスの子供は泣きやむのだろうか?とかさ。
ニューヨークはどうか?ベルリンは?とかね。
そういうくだらない企画おもしろそうだね、クール・ジャパン苦笑
ん?あれか?クールジャパン、実は世界を腐らせてしまおうっていう戦略?文化腐海化プロジェクト?シンジくんはまたゲシュタルト崩壊しちゃうんだ計画?だとしたらすごくいい。だいたい村上隆はそっちのシンジくんラインだしな。アキバエロ系で。そう考えると、AKBはいいわけか。おっ
そうか。そうだったのか。やるなあ!政府。経済産業省さしこ輸出とか。かっこいい笑 目指せ、ガガ越えとか。いや、マジで。ていうかほんとは「クールじゃないジャパーン」っていうアホさがいいわけで。巨大麻生太郎とかお台場に作ったりしたらオモシロイのになあ。あやまんJAPANなんて即大使認定すべきだったね。ばかな官僚の尻馬は乗ったもん勝ちだし。
ジャパン・プレミアム
こないだからずっと気になっていて。
あいかわらずその正体が何かを考えているのだけど、どうもカメラの被写界深度のような気がする。
映画についてはまったくの素人なのだけど、
たとえば、登場人物の内面を強調したい場合、主役のみにピントを当て、背景や前景をぼかす表現が用いられる。逆に状況説明や叙事的な表現を主にしたい場合、いわゆるパンフォーカスで近景から遠景まですべてピントが合って見えるように被写界深度を深く撮る。ように思う。
一眼レフのカメラをもっていないのだが、自分がまず買ったら撮りたいのは、前者の主役のみにピントを当て、背景や前景をぼかす被写界深度が浅い写真で。どうもその表現は「ぼけ表現」と呼ばれていて、「日本発祥の方法で、2000年ごろから外国でもBokeh(ボケ)という言葉が使われ、斬新な表現手法として注目されている」by wikipedia なのだそうだ。
ははーんと。そうであったか。そういう目の特性の違いなのだな。これって日本人が生みだしたんだね。すげえぜ、日本。だが、しかしそうとばかりも言ってられないというか。
最近の日本映画の場合、どうもこっちのボケ表現のほうが多用されていて、というかほとんど全編被写界深度が浅いというか。そのせいで画面が平たくなって奥行がなくなっていてほんと二次元マンガみたいになってしまっている。
というか原作がマンガだからか?
なんだかそういう表現が好まれるらしい。
この映画もそうで、後ろまでちゃんと作り込んでるのにそれがバッサリとピントがあってないせいで切り捨てられている。蜷川実花さんのすごいところは、ちゃんと後ろまで作り込んでるところでそれは人の配置とかそれらの人がどう動くかとかいうところまで見えてるにもかかわらずそれが生きてないシーンが多い。すくなくともこのPVの中だけではそう。
もったいない。
マンガの場合、膨大な作者の手間を一瞬で読み飛ばす感じも捨てがたいのだけれど、それも非道な話ではあるが苦笑 だがマンガの場合、ちゃんと後で味わおうとすれば味わえる。けど、映画の場合ピントがあってなかったら、そこで終わりだからね。
逆にアメリカ映画の場合、そういう表現も従来の表現に取り込んでいて、とくにホラーやサスペンス映画の場合。さらにパンフォーカスで後ろまできっちり焦点が合ってるシーンとかもたまにあって。あの深さは尋常じゃなく、デジタルにいじってるんだろうか。カメラのせいだけだとは思えなくて、すげえ不思議なんだけど。
結局、映画全体でも、日本の場合、表現が感情にのめり込みすぎで、たとえば情欲ドロドロな映画だったり、ホラー映画ならそれもアリなのだけど、普通の映画ですらそういう調子で。自分的にはねっちょりし過ぎていて、まるで感情を込めてコメントを読むニュースキャスターのようで、まとわりついてきて嫌いなのだ。そういう世代が経済の実権握ってるからか?そういう人の人口比率が多くなってきてるからか?わかりやすけりゃいい的な。薄っぺらくてぺらぺらじゃねえかとオレは思ってしまうのだけど。そういうのも嫌いではないけどなにからなにまでそうである必要ねえだろう?なんて思う。
一本調子というか遊びを入れる余裕がないというか。もっと観客を突き放したり切り捨てたりという撮り方のほうへシフトしてくれんかなあと。昔の映画はそうでもなかった筈なのに。いまでも例えば青山真治監督だとか岩井俊二監督だとか、あるいはどちらかというとインディペンダント系の映画のほうが逆に予算のせいでそういう撮り方の工夫をせざるを得ないからか、絵だけ見ててもおもしろい。
クレーンやらレール撮影やらなんかもう詰め込み過ぎの日本家屋のようになってて。「いらねーだろ、そこで!」なんて言いたくなるシーンがとくにTV系で資金が潤沢な映画のほうに多過ぎて、例えば『あしたのジョー』とか。そういうのは見ててうんざりする。それで効果がマンガの絵になるなんてバカバカしいというかなんというか。もうちょっと生きた金を使ってくれというか。
海外旅行となると詰め込み過ぎになる自分が言うのもなんだけど、もっと力抜いた遊びをしてもいいじゃない?というか。自分の中で思い出す海外旅行の思い出は、そういう力の抜けた日程で回ったところで、あるいは途方に暮れた場所だとか。そういうとこのほうがよく覚えていて。今の日本映画も観てすぐ忘れてしまうのは逆に詰め込み過ぎているからなんじゃねえかと思う。焦り過ぎというか。
逆にそれならもうちょっと盛るのをやめて値段のほうを勉強して欲しいというか。というか二次利用できないものに金をかけ過ぎで。セットとか衣装だとか、アニメにしてもそうで、デジタル使わず手作業でゴリゴリやってるから、結局技術もその人の手で止まってしまう。家庭内手工業の世界。ひとつ積んでは父のため、二つ積んでは母のため…で完成する前に鬼が出てきて壊してしまい、何度、積み直しても壊されてしまう。
構造的な技術としてそれを製作するためのソフトウエアやハードウエアに残して、さらに改良していくという頭がはじめからないというかその余裕がないというか。期間ギチギチで作ってるし、そこまで予算組めない。そこまで含んで計画を立てられないし、遠くまで見通せない。リスクが高くなるからそういう企画は会社では通らない。上がウンといわない。だから個人レベルでコツコツとやっているヤツはやってるんだけど、なんだかそれってどうなのよ?と。かといって原発事故のように怠慢かましつづけた責任をとるわけでもないし、でもコツコツやってるほうも企画としてガッツリだせなかったりするわけだけどサ。それが一番問題なのか苦笑 そしてフレームワーク化できない。だから、膨大な努力をしていても報われない。どうかんがえても日本人のほうが働きものなのに、じっと手を見る的な。
まあ、生きるための幸福っていうのはその手作業の中にこそあったりするのだけれど、結局器用貧乏なままで終わって行くというか、そういう生き方は自分自身嫌いではないけれど、本音はやはりお金も欲しい。
しかし、海外なんて映画観るのすごく安い。いったいどうなってんだろうねえ。なんかTVとか映画界だけじゃないんだろうけど、どうも構造的に死んでしまってるんだよな、日本。自分自身がそうだから余計にそう見えるだけかも知れんが。まあオレは器用でも働きものでもないし才能もないのだけれど。
※ジャパンプレミアムという言葉のホントの意味をこれを書いてて知った。だから題名をそれにした。ちなみにこれの前に書いた記事の干物、英語では Dried fish という。
あいかわらずその正体が何かを考えているのだけど、どうもカメラの被写界深度のような気がする。
映画についてはまったくの素人なのだけど、
たとえば、登場人物の内面を強調したい場合、主役のみにピントを当て、背景や前景をぼかす表現が用いられる。逆に状況説明や叙事的な表現を主にしたい場合、いわゆるパンフォーカスで近景から遠景まですべてピントが合って見えるように被写界深度を深く撮る。ように思う。
一眼レフのカメラをもっていないのだが、自分がまず買ったら撮りたいのは、前者の主役のみにピントを当て、背景や前景をぼかす被写界深度が浅い写真で。どうもその表現は「ぼけ表現」と呼ばれていて、「日本発祥の方法で、2000年ごろから外国でもBokeh(ボケ)という言葉が使われ、斬新な表現手法として注目されている」by wikipedia なのだそうだ。
ははーんと。そうであったか。そういう目の特性の違いなのだな。これって日本人が生みだしたんだね。すげえぜ、日本。だが、しかしそうとばかりも言ってられないというか。
最近の日本映画の場合、どうもこっちのボケ表現のほうが多用されていて、というかほとんど全編被写界深度が浅いというか。そのせいで画面が平たくなって奥行がなくなっていてほんと二次元マンガみたいになってしまっている。
というか原作がマンガだからか?
なんだかそういう表現が好まれるらしい。
この映画もそうで、後ろまでちゃんと作り込んでるのにそれがバッサリとピントがあってないせいで切り捨てられている。蜷川実花さんのすごいところは、ちゃんと後ろまで作り込んでるところでそれは人の配置とかそれらの人がどう動くかとかいうところまで見えてるにもかかわらずそれが生きてないシーンが多い。すくなくともこのPVの中だけではそう。
もったいない。
マンガの場合、膨大な作者の手間を一瞬で読み飛ばす感じも捨てがたいのだけれど、それも非道な話ではあるが苦笑 だがマンガの場合、ちゃんと後で味わおうとすれば味わえる。けど、映画の場合ピントがあってなかったら、そこで終わりだからね。
逆にアメリカ映画の場合、そういう表現も従来の表現に取り込んでいて、とくにホラーやサスペンス映画の場合。さらにパンフォーカスで後ろまできっちり焦点が合ってるシーンとかもたまにあって。あの深さは尋常じゃなく、デジタルにいじってるんだろうか。カメラのせいだけだとは思えなくて、すげえ不思議なんだけど。
結局、映画全体でも、日本の場合、表現が感情にのめり込みすぎで、たとえば情欲ドロドロな映画だったり、ホラー映画ならそれもアリなのだけど、普通の映画ですらそういう調子で。自分的にはねっちょりし過ぎていて、まるで感情を込めてコメントを読むニュースキャスターのようで、まとわりついてきて嫌いなのだ。そういう世代が経済の実権握ってるからか?そういう人の人口比率が多くなってきてるからか?わかりやすけりゃいい的な。薄っぺらくてぺらぺらじゃねえかとオレは思ってしまうのだけど。そういうのも嫌いではないけどなにからなにまでそうである必要ねえだろう?なんて思う。
一本調子というか遊びを入れる余裕がないというか。もっと観客を突き放したり切り捨てたりという撮り方のほうへシフトしてくれんかなあと。昔の映画はそうでもなかった筈なのに。いまでも例えば青山真治監督だとか岩井俊二監督だとか、あるいはどちらかというとインディペンダント系の映画のほうが逆に予算のせいでそういう撮り方の工夫をせざるを得ないからか、絵だけ見ててもおもしろい。
クレーンやらレール撮影やらなんかもう詰め込み過ぎの日本家屋のようになってて。「いらねーだろ、そこで!」なんて言いたくなるシーンがとくにTV系で資金が潤沢な映画のほうに多過ぎて、例えば『あしたのジョー』とか。そういうのは見ててうんざりする。それで効果がマンガの絵になるなんてバカバカしいというかなんというか。もうちょっと生きた金を使ってくれというか。
海外旅行となると詰め込み過ぎになる自分が言うのもなんだけど、もっと力抜いた遊びをしてもいいじゃない?というか。自分の中で思い出す海外旅行の思い出は、そういう力の抜けた日程で回ったところで、あるいは途方に暮れた場所だとか。そういうとこのほうがよく覚えていて。今の日本映画も観てすぐ忘れてしまうのは逆に詰め込み過ぎているからなんじゃねえかと思う。焦り過ぎというか。
逆にそれならもうちょっと盛るのをやめて値段のほうを勉強して欲しいというか。というか二次利用できないものに金をかけ過ぎで。セットとか衣装だとか、アニメにしてもそうで、デジタル使わず手作業でゴリゴリやってるから、結局技術もその人の手で止まってしまう。家庭内手工業の世界。ひとつ積んでは父のため、二つ積んでは母のため…で完成する前に鬼が出てきて壊してしまい、何度、積み直しても壊されてしまう。
構造的な技術としてそれを製作するためのソフトウエアやハードウエアに残して、さらに改良していくという頭がはじめからないというかその余裕がないというか。期間ギチギチで作ってるし、そこまで予算組めない。そこまで含んで計画を立てられないし、遠くまで見通せない。リスクが高くなるからそういう企画は会社では通らない。上がウンといわない。だから個人レベルでコツコツとやっているヤツはやってるんだけど、なんだかそれってどうなのよ?と。かといって原発事故のように怠慢かましつづけた責任をとるわけでもないし、でもコツコツやってるほうも企画としてガッツリだせなかったりするわけだけどサ。それが一番問題なのか苦笑 そしてフレームワーク化できない。だから、膨大な努力をしていても報われない。どうかんがえても日本人のほうが働きものなのに、じっと手を見る的な。
まあ、生きるための幸福っていうのはその手作業の中にこそあったりするのだけれど、結局器用貧乏なままで終わって行くというか、そういう生き方は自分自身嫌いではないけれど、本音はやはりお金も欲しい。
しかし、海外なんて映画観るのすごく安い。いったいどうなってんだろうねえ。なんかTVとか映画界だけじゃないんだろうけど、どうも構造的に死んでしまってるんだよな、日本。自分自身がそうだから余計にそう見えるだけかも知れんが。まあオレは器用でも働きものでもないし才能もないのだけれど。
※ジャパンプレミアムという言葉のホントの意味をこれを書いてて知った。だから題名をそれにした。ちなみにこれの前に書いた記事の干物、英語では Dried fish という。
『恋の罪』 園子温
『ヘルタースケルター』が公開されるらしい。
レビュー読んだ限りだと蜷川幸雄監督の『蛇にピアス』と同じでドライフィニッシュっぽい。
園子温の『恋の罪』を観た。
なんの前知識もなく見てて、そういえばあの東電OLのってこういう感じだったのかなと思ったら、まさにそれを題材にしていたという。。
正直、「よくこの作品が世の中に出たなあ…」と思ったのだけど、考えてみるとこれを禁止する理由をうまく言葉でおっ立てられないわけで。何かを禁止することの無意味性というか、生きたものはそこをうまくすり抜けてしまう。
バタイユが『エロティシズム』で、「性」とは禁止に対する侵犯であってそれこそが快楽の理由だと書いてたような気がするのだけど、江戸川乱歩の時代とは違って、いまどき禁止されるものはないレベルまで「性」は開かれていて、果たして現在のような状況でもその法則は成り立つんだろうか?なんてことを思ってしまった。
『冷たい熱帯魚』もそうだったけど、すごくウェット。あの作品も実在の、「埼玉愛犬家連続殺人事件」を題材にしていて、リアルな事件を題材にしているからこそのウェットさなのだろうか?なんて思ったけど、たぶんそれもあるけど、人間の中味をまさに内臓をぶちまけるように描いているからだとも思う。浮ついたり、場の状況に呑み込まれたり、そういう人間のあり様をそのまま。そんなものに型なんてなし、輪郭なんてない。そういうのは、後付けの理屈でしかない。ニュースキャスターの無意味な評論と同じ。
同じように、たぶん、ほんとは禁止の線というのは明確ではなくて、シームレスに続いているんだと思う。あるいは、ハッとしたら超えていたというか。あたりまえのような日常であたりまえのようにそういう線をまたいでいるのだけど、どつぼにハマるまで越えたり越えなかったりを繰り返している。わざと気付かないようにしてたりとか。でもここを越えたらっていう線っていうのは実際にはわからない。あとでそうだったとわかるというか、わかった気になるだけだ。
そういう時代に、はたして禁止は快楽を生みだすためのモチベーションになるのだろうか?欲望のコアに成りえるのだろうか。あるいは、こんな時代に罪というのが何かと定義できるのだろうか?
だがしかし、そこにエロスは確実にある。
それは、つまりそれが生きものだということで。生きているものを干物みたいに書くことに意味なんてないし、干物みたいな禁止の線に真の実効力なんてない。
レビュー読んだ限りだと蜷川幸雄監督の『蛇にピアス』と同じでドライフィニッシュっぽい。
園子温の『恋の罪』を観た。
なんの前知識もなく見てて、そういえばあの東電OLのってこういう感じだったのかなと思ったら、まさにそれを題材にしていたという。。
正直、「よくこの作品が世の中に出たなあ…」と思ったのだけど、考えてみるとこれを禁止する理由をうまく言葉でおっ立てられないわけで。何かを禁止することの無意味性というか、生きたものはそこをうまくすり抜けてしまう。
バタイユが『エロティシズム』で、「性」とは禁止に対する侵犯であってそれこそが快楽の理由だと書いてたような気がするのだけど、江戸川乱歩の時代とは違って、いまどき禁止されるものはないレベルまで「性」は開かれていて、果たして現在のような状況でもその法則は成り立つんだろうか?なんてことを思ってしまった。
『冷たい熱帯魚』もそうだったけど、すごくウェット。あの作品も実在の、「埼玉愛犬家連続殺人事件」を題材にしていて、リアルな事件を題材にしているからこそのウェットさなのだろうか?なんて思ったけど、たぶんそれもあるけど、人間の中味をまさに内臓をぶちまけるように描いているからだとも思う。浮ついたり、場の状況に呑み込まれたり、そういう人間のあり様をそのまま。そんなものに型なんてなし、輪郭なんてない。そういうのは、後付けの理屈でしかない。ニュースキャスターの無意味な評論と同じ。
同じように、たぶん、ほんとは禁止の線というのは明確ではなくて、シームレスに続いているんだと思う。あるいは、ハッとしたら超えていたというか。あたりまえのような日常であたりまえのようにそういう線をまたいでいるのだけど、どつぼにハマるまで越えたり越えなかったりを繰り返している。わざと気付かないようにしてたりとか。でもここを越えたらっていう線っていうのは実際にはわからない。あとでそうだったとわかるというか、わかった気になるだけだ。
そういう時代に、はたして禁止は快楽を生みだすためのモチベーションになるのだろうか?欲望のコアに成りえるのだろうか。あるいは、こんな時代に罪というのが何かと定義できるのだろうか?
だがしかし、そこにエロスは確実にある。
それは、つまりそれが生きものだということで。生きているものを干物みたいに書くことに意味なんてないし、干物みたいな禁止の線に真の実効力なんてない。
しがくファイナル
ということで、昨日ひさびさにライブに行って来た。
5月のLAZYgunsBRISKY解散ライブ以来なので二か月ぶりくらい。
今回も脱退関連だった。それは行かなきゃだわと。

7/2(月)名古屋UPSET Unknown possibility 18:00 / 18:30 \2,000 /\2,500
oil78proof /ボナンザグラム /the crickets
Platform /Baby Birdcage Linda
3組目の終わりに入った。
4組目は、Platform。http://www.myspace.com/platformz
なんだか結構好み。UKポストロック基調なのね。て何?「実時間での人間による演奏と、デジタル機器による改良との境界面にあるような音楽」あーなるほど、そういうことか。メロディ主体のエレクトロニカでアンビエント系なのだが、Voの丸山くんのファルセットが心地よかった。声質はAirの車谷氏に似ていてそれも好ましく。シーケンサーと同期させるように歌うので、厚みが出るというか高音が補強されるというか。とにかくボーカルだったのだけど、メンバーの不敵に落ちついてる感じがよい。やってることに自信がある感じの奴らは見てて気持ちがいい。あいかわらず気付くとドラムばかりに目が行くのだが、Dr.明石くんの料理人の風格で叩いてる感じというか、裁き方がなにげに華麗だった。
5組目が、oil78proof。http://www.oil78proof.com/
考えてみれば、自分が初めて彼らを見たのはこのupsetで。以来名古屋に来る時には結構見ている。若手のロックバンドに張り付いて見だしたのは彼らが最初だった。最初に見た時のメンツが、2009年4月17日(金) ROCK the ROCK!! OIL78PROOF/GRiP/GHEEE/高木フトシ なんていうとんでもない先輩(笑)の中で、新人っぽい感じで終わった後にアンケートを配ってたのがシガクくん。遠目には女の子?に見えたのだが、いまやもうええ感じのにいちゃんになってしまって残念ではある笑 そのシガクくんが脱退ということで、いわゆる卒業ってやつ?
まあ、永遠に不滅です!とか嫌いにならないでください!とか、マイクを置いて立ち去る感じとか、全然なくて残念だった笑 7月22日(日)の吉祥寺プラネットkのラストはワンマンなので、きっとDJ OZMAばりの『何か』をやってくれるでしょう!!
…と煽っておこう。

そういや、ひさびさ『飛べない鳥』をしっかり聞いた。やはり女の人はこの曲好きなんだろうね。なぜか冬近い秋の夕方の雰囲気というか、そういう光景が見える歌だ。
新曲というか、初めて聞く曲が多かった。『星になれたら』がかっこいい。上のミニアルバムに入ってた。『リズム』をやらなくてええっ!とおもったのだが、最後にアンコールでやってくれてよかったよ。やはりライブは踊れないと
あとは、ハラダくんのやらかした話とか今回はなくて残念だったわ(notおねえ言葉)
5月のLAZYgunsBRISKY解散ライブ以来なので二か月ぶりくらい。
今回も脱退関連だった。それは行かなきゃだわと。

7/2(月)名古屋UPSET Unknown possibility 18:00 / 18:30 \2,000 /\2,500
oil78proof /ボナンザグラム /the crickets
Platform /Baby Birdcage Linda
3組目の終わりに入った。
4組目は、Platform。http://www.myspace.com/platformz
なんだか結構好み。UKポストロック基調なのね。て何?「実時間での人間による演奏と、デジタル機器による改良との境界面にあるような音楽」あーなるほど、そういうことか。メロディ主体のエレクトロニカでアンビエント系なのだが、Voの丸山くんのファルセットが心地よかった。声質はAirの車谷氏に似ていてそれも好ましく。シーケンサーと同期させるように歌うので、厚みが出るというか高音が補強されるというか。とにかくボーカルだったのだけど、メンバーの不敵に落ちついてる感じがよい。やってることに自信がある感じの奴らは見てて気持ちがいい。あいかわらず気付くとドラムばかりに目が行くのだが、Dr.明石くんの料理人の風格で叩いてる感じというか、裁き方がなにげに華麗だった。
5組目が、oil78proof。http://www.oil78proof.com/
考えてみれば、自分が初めて彼らを見たのはこのupsetで。以来名古屋に来る時には結構見ている。若手のロックバンドに張り付いて見だしたのは彼らが最初だった。最初に見た時のメンツが、2009年4月17日(金) ROCK the ROCK!! OIL78PROOF/GRiP/GHEEE/高木フトシ なんていうとんでもない先輩(笑)の中で、新人っぽい感じで終わった後にアンケートを配ってたのがシガクくん。遠目には女の子?に見えたのだが、いまやもうええ感じのにいちゃんになってしまって残念ではある笑 そのシガクくんが脱退ということで、いわゆる卒業ってやつ?
まあ、永遠に不滅です!とか嫌いにならないでください!とか、マイクを置いて立ち去る感じとか、全然なくて残念だった笑 7月22日(日)の吉祥寺プラネットkのラストはワンマンなので、きっとDJ OZMAばりの『何か』をやってくれるでしょう!!

…と煽っておこう。

そういや、ひさびさ『飛べない鳥』をしっかり聞いた。やはり女の人はこの曲好きなんだろうね。なぜか冬近い秋の夕方の雰囲気というか、そういう光景が見える歌だ。
新曲というか、初めて聞く曲が多かった。『星になれたら』がかっこいい。上のミニアルバムに入ってた。『リズム』をやらなくてええっ!とおもったのだが、最後にアンコールでやってくれてよかったよ。やはりライブは踊れないと

あとは、ハラダくんのやらかした話とか今回はなくて残念だったわ(notおねえ言葉)