象の夢を見たことはない -134ページ目

似て蝶

『あの夏、一番静かな海』を見ていて。

なぜか妙ななつかしさがあると思ってたのだが。

小学校の頃に学校で、教育映画をみせられた。
免許の更新の時にみせられる映画っぽいやつ。
たけし映画ってそういやそんな感じだ。
特に初期の作品。
フィルムの色なのか撮り方なのか。

久石譲さんの音楽
宮崎駿と北野武
2大巨匠の映画になくてはならないなあ。

あの夏、一番静かな海 すごくよかった。
見ててみょーに落ち着く。
そういえば、夏の映画が多い気がする。

すぐその人の映画だと分かる
それってほんとの意味での個性。
やっぱりすごい人だ。

やる気なしごれん

なんだかやりたくないなあとか、行きたくないなあとか、やる気がおこらないなあとか。ぐうたらな私はとくにそういうことが多い。というか、そればっかりである。
でも、一旦やりはじめると身体のほうが扇動して、脳が活発になるってのはよくある。

村上春樹氏は、やる気のない日でもとにかく午前中は机に座る。そして鉛筆を削る。鉛筆をけずっていると脳が活性化してくる。鉛筆削りを使ってはいけない。小刀とかカッターナイフで削る。刃物を扱っているという緊張感も大事だ。なんてこと彼が書いてたのか他の人が書いてたのか忘れたけど。

今日も、池谷裕二氏の『脳には妙なクセがある』からひとつ。

脳には妙なクセがある/扶桑社

¥1,680
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ネズミのひげにモノを接触させる。
受動的に接触させた場合と、みずからヒゲを動かしてモノに触れたときとで、ニューロンの活動が10倍も違う。みずからヒゲを動かしたときのほうが大脳皮質のニューロン活動がそれだけ大きい。

なんかそういう話を聞くと、どうせやるなら積極的になったほうが、そして積極的に身体を動かしたほうが勝ちじゃん?っていうふうに思えてくる。

あと、脳っていうのは出力することで記憶する。
脳に記憶される情報はどれだけ頻繁に脳にその情報が入って来たかではなく、どれほどその情報が必要とされる状況に至ったか、つまりその情報をどれだけ使ったかを基準に選択される。そういうことらしい。

たとえば、英語の勉強とかも、聞き流すっていうほうより、喋るほうがいい。別に相手がいなくても、テレビを見ながら自分の思ってることを言うとか、そういうやり方で慣れてきたら英会話学校へ行けばいいわけで、。

あっひらめき電球そうだ、もういっかいそれでフランス語自分でやってみよ。
しめしめそういうことか。そしてリベンジしてやるのだ。くっすーかお

どっちにしろ自己中

青山二郎氏の言葉に「人の本当らしい言葉には血はない」というのがある。
これだけだと、はてな?って感じなのだけど、河合隼雄氏がうまい解説をつけてくれていて、すなわち本当のことを言うと血が降るんですよと。僕はそれが怖いから嘘ばっかりついてると。

いま、実生活で本当のことを言う人は少ない。仕事がらみだと特にそうでお客に本当のことをいうことはないし、かと言って嘘をいうこともできないので言ってることは本当だけれども言ってないことに裏がある。そのあたりはテレビも同じ。相手が言わないことを推し測れないと騙されるし、騙されるほうが悪い。そんな感じだろうか。

でも、そういうのって年取ってくるとめんどくさくなってくる。

ところで、人は年をとるとネガティブバイアスが減ってくるらしい。若い人と年配者に、「美しい夕日」「路傍で死んだネコ」なんていう写真を見せると、若者はネガティブな写真に強く反応する。マネーゲームでも「損をしそうだ」という予感をさせる状況のときに若者ほど強く反応し、金額が大きくなるほど反応も強くなる。儲かりそうなときについては、若者も年寄りも同じ程度の反応で、ただ実際に損をしたときの反応は若者でも年寄りでもほとんど同じだったとか。
要は、年を取ると痛みを予感することに対して鈍感になる。だが痛みそのものに対しては鈍感になるわけではないと。

それは一般的な統計であって、個人差は当然あるわけで、今石原慎太郎氏の本を買って読んでいる。

老いてこそ人生 (幻冬舎文庫)/幻冬舎

¥560
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べつにこれが読みたかったわけでなく最近の著書だったからで。
正直、石原慎太郎は嫌いなのである。だが、惹かれる。平気で無茶なことを言う。そして実際にやりたいようにやる。そこを含めて親父に似ている。

エディプスコンプレックスというのは、そういう言葉でまとめられてはいるけれど、ほんとは個人個人で違う。ギリシャ神話を読もうが志賀直哉を読もうがそれぞれの人の状況とは違う。だからそれらが直接の解にはならない。ただ結局それが何かと自分自身で考えなくてはいけないということだけが同じなだけだ。それはさておき。。

どうもこの人たちは血が降るのを畏れないのである。唯我独尊であるというのは簡単だけど、そうであることは実際には難しい。いったい、どうしてそう在れるのだろう?それを知るために読んでいる。まあ、読んでてムカつくのだけれど笑。

彼らは年をとっているから痛みを予感することに鈍感になってるわけでなくて、若い頃から鈍感なのだ。いや、たぶん鈍感というのではなくて、自分が好まないことをするほうにより痛みを感じるのだと思う。あるいは自分が好まない状況にあることに痛みを感じる。若い頃からその痛みのほうが、ネガティブバイアスを越えている。だから、行動する。行動できる。

心のなかでは彼らのように在りたい、彼らのほうが幸福そうだから。なんてことを思っていたのだけど、結局痛みというのはすべての人にとって平等であって。だれであっても等分にそれらはあるという点で心のバランスは成り立っている。そう考えると自分を変えたってそのあたりは同じなわけだけど、それでも自分を変えたいわけで。
要は本当のところを知りたいんだと思う。血が降ろうが。

ううむ、そうなのだ。これってその人の根本的な素養のような気がするのだけど。なんとかして、彼らのようになることはできないのだろうか。。


<1988/8/18発売>
そういえば石原都知事が東京電力に会議のビデオを全部公開しろと要求してたな。アンチの人は自分も含めて多いけど、やはりそういうことを平気でいったりやったりできる人はほんとに少ないし、実際たいした人だと思う。ネグリジェンスvsアクション。そりゃアクションするヤツがやっぱ正義だよと思う。そっちのほうが生きることに誠実であるという点で。エガちゃんみたく。

あとがき
自己中。基本的に企業というのはそういうものであるから、企業にできるのなら人がそれを後天的に獲得することも可能なのかとも思わないでもない。ムチャな話だけど、アメリカ人なんてそういう感じの考え方で物事をすすめていく。あの考え方はどうも合理的なように見えて非合理極まりないのだが、その非合理を押し通す力こそが彼らの底力のような気がする。日本人のほうが非合理的なようでほんとは道理に合っていて、逆にそれが日本人の弱さであり、良いところでもあるのだろう。それを捨てれるだろうか。

キャンプ

キャンプという言葉を聞くと子供の頃のキャンプを思い出す。

大人になってからキャンプをしたことがないから。
大学の合宿で飯盒炊爨をしてバンガローに泊まったことはあるが、それはキャンプとは言わないだろう。快適にできる最近のキャンプも「どこかが違う!」となにかが告げている。

キャンプと言えばキャンプファイヤーがやっぱり一番のイベントだった気がする。
焚火っていうのはムラムラとなにかを呼び起こす。
焚火の明かりに照らされた同級生の女のコの顔がやけに大人っぽくみえたような気もする。

そしていろいろめんどくさかった。

いろいろめんどくさそうな名古屋のバンド
The キャンプ
一度見ただけだけど、夏のめんどくささもタマにはいいよなと思い出す。
もうさすがに彼らを見れるほどオイラは若くはない。

『脳には妙なクセがある』 池谷裕二

池谷裕二氏の本は、どうも新刊をみると買ってしまう。
これも文芸春秋やつるかめ助産院と一緒に。

だが彼ももう42歳。30代のバリバリやってたころの本とはやはりちがう。研究者としてのピークはやはりその頃だったんだろう。脳科学というより、他人の「心理学」の研究結果の寄せ集め本のようになってしまった。世間の波に洗われてしまったのだろうか。学者としてはへんなバイアスがかかりすぎてるし、哲学者の言葉の引用がうーぬ青いな!って部分もあって。それは昔っからだけど。

とはいえ、学術本というより、エンターテイメントとして愉しめば目くじらもたてなくて済む。なにより、好きなのでしょうがない。

彼がいうとおりこの本で彼が言いたかったのは、というか彼が昔から言っていることの繰り返しだったりするのだが、脳というか意識なんていうのはほんとはたいしたことなくて、どちらかというと身体性のほうが大事なんだということ。

身体にひっぱられて脳が動くわけだから、まずカタチからっていうのは悪くない考えだし、むしろそうあることで脳が鍛えられていくんだってこと。そして入力するより出力するをすることが大事だと。モノを覚えたければ、読んで勉強するんじゃなくて、声に出しなさい書きなさい身体を使いなさい。そっちのほうがより賢くなれるってこと。

脳科学者というか脳の薬理学者から、脳より身体のほうに真理があるんだよと提案しているところが好きで。
結局自分に翻って考えると、自分もそういう意味で好き嫌いが基準になっててバイアス思いっきりかかってるのである。なんのことはない。
でも、それはその人の、そしてオイラの生きたい人生なのだからそれでいいのだ。ボンボンバカボン、バカボンボン。

$ニャンちゅうなブログ-脳には妙なクセがある

でもほんとは、こういう細切れの文章の寄せ集めでもエッセイでもない、なんとか概論とかなんとか入門っていうかっちりと組み上げた総論を読みたい。大学の教科書に使うような。培風館あたりで。ていうか、彼レベルならもう書いてなくちゃいけない筈なのだがどこかにあるんだろうか。