象の夢を見たことはない -118ページ目

いっぱい食べるキミが好き?

うちの妹はバナナダイエットでやせたのだが、


姪っ子(当時5歳。かなりぽっちゃり)は、


「わたしもバナナダイエットするぅ」


と言って、朝ごはんの前にバナナバナナを食べていた。


いやいや、違うから。。





ってのを、このCM見て思い出した。

なんかこういうたぐいの薬って「いやいや、それって…」といつも釈然としないのだ。

ラディカルズ

twitter見てたら、大須にいたらしく、あれ?名古屋でライブ予定あったんだっけ?とサイトを見たら、全然変わってる!!

ラディカルズ Official Website

えっ、てかNANCYちゃん脱退しちゃったの?
…知らんかったわ。去年の名古屋見逃したので全然…それはショックだわ。

あーでも、おめでたなのか。そういうことか。それはそれでめでたい話やな。
そうかあ。うむうむ。

ってことで備忘録として、貼り付けておこう。

<へんげ前>
ラディカルズ Just Shout


<へんげ後>
ラディカルズ / Your way


でも。
実は
ラディカルズ / SUMMER TiME的な。戻ってるやん!

雑感 いのち短し

さんまが「笑いっていうのは、緊張と弛緩。それだけの話や」と言っていた。
めったにすごいこと言わない人だけど、これはすごいなあと。今文章にするとたいしたことないみたいに思えるんだけど、それを彼が話したときのあの会場の雰囲気がTV越しで伝わってきた感じ?

なんだか人を惹きつける。そういう人ってどういう人なのか。
肌感覚でわかる跳躍の期待。無意識の領域で判断しているので、それを言語化するのは難しいってこと?

PTPはライブでは結局2回観ただけだったのか。UPSETと名古屋クアトロ。なかなかチャンスがなくて見れなかった。天才肌なのですごく波があったみたいで、ライブの印象も1回目と2回目で全然違ってて。観た時期もぜんぜん違うのだが。。
とにかく最初に見たParalyzed oceanのPVでもっていかれた。ここ何年かでバンドのPVを初めて観たときの衝撃としては今でも自分の中でトップかなあ。あの跳躍の感覚。そして外人か?と。日本にもすごいバンドが出てきたと。JINくんの存在感がすごかったせいもある。

天才肌の「肌」っていうのも、まさにそういうのを判断するのが自分の肌だったりするんだろう。肌ってなんなんだろう?鳥肌ってことか?身の毛がよだつとか。あれって皮膚と直結している感覚を震えさせるってことなんだろうなあ。どこの器官が関係するんだろう?教えて、脳科学の人!!

そういえば、安倍内閣の支持率は64%だったそうだ。

八重の桜の初回視聴率は21.4%だったらしい。

これらは期待値なわけだけど、これは肌感覚というわけではないだろうと。もちろん、顔とか雰囲気もある。しかし、安倍内閣になるなりいきなり円安・株高になるとか。日銀総裁に詰め寄るとかあったけど、それだけでどうにかなるかもって雰囲気ってなんなんだ?八重の桜は、役柄、時代設定とも『仁JIN』と被るわけで。伝聞による圧力っていうか判断っていうかが半分ってとこだろうか。ふーむ。

文章だけでそれを感じることもあって。
イタリアの13歳少年、実の両親訪ねてベンツで800キロ

なんかこのニュースを今日見たとき映画になりそうだなあと。

その人の未来に対するストーリーを感じているわけで。若さであったり、容姿であったり、行動力であったり、姿勢であったり。それらを身につけたいわけだけど。
人間性なんてそういうのにあんまり関係ないのよね。むしろ、大人目線でみると、人としてどうなん?っていう人のほうが期待値が高かったりする。無謀とか無茶とか。でもそういうのだけだと最後まで行かないというか。

たとえば、それまでと全く印象が変わる人がいる。なんだかパッとしなかったのに、会ったら印象が変わっててビックリみたいな。どちらかというと、初回になにかを叩きだす人より、そっち側へ行きたいわけで、やっぱ勇気と行動あるのみなのか。

プロメテウス

またもや、病んでいるなあと。思いつつ、、

プロメテウスを観た。かなりいろんな部分で破綻しているのだけれど、それはこの映画の製作過程が複雑だったせいなのだろう。巨額の金が必要となる作品というのは全く。。

だがしかし、方向性としては「なるほど」と。
もともとのエイリアン第一作へ戻して、今までのエイリアンとは別の作品群への布石になる匂いはプンプン。これまでのジェームスキャメロンからの2作目以降の流れとはまったく別の方向へ行きそうで、それはターミネーター的な娯楽大作ではなく、2001年宇宙の旅的な、あの時代の暗く哲学的な内省的な主題へと進む感じがして、まあそれも監督がリドリー・スコットだからなのだろうけれど、自分的はこっちの匂いが好きだ。とはいえ、シリーズ化するとなると、監督も変わってまたもや派手なSFドンパチになるんだろうけど。やれやれ。

しかし、エイリアンの一作目に戻すにしても、あれでは中途半端だなあ。実際、戻ってないしね。せっかく、あの宇宙船を持ちだしたのに。。

哲子の部屋

差異の哲学といわれたジル・ドゥルーズ。

TPPというのは価値観の世界的な統一を目論んだものだと思っていた。
同じ価値観の元ですべてを判断したいという欲求というのは、唯一全能神を認めるキリスト教であるとか、イスラム教であるとかの一神教の感情論でしかない。それに八百万の神的な民族的真理をもつ日本人が同調するっていうのは、あまりに「筋が悪い」と。

筋がわるい仕事をする人間は結局搾取されて潰れるだけだ。

基本的に生物は多様性を維持することで生命そのものの運動を維持する方向で生き抜いている。氷河期や、天変地異による変化もその多様性の末端まで壊滅させるに至らなかった。だからこその今。だから日本的価値観の方が真理として真っ当だ。そう思ってた。

しかし、もう既に世界は同じ価値観でリンクされている。

お金というのは、人間が発明したものとしてほとんど神業で、今はそれによって価値観が統一されている。イギリスであろうが、パプアニューギニアであろうが、同じ価値でリンクされている。資本主義というのは、共産主義の対比として存在するのではなく、同一の価値観で世界をリンクすることを最終目的としている。

ここで為替というものに目を向けると、それらは日々変わっていくことがわかる。円、ユーロ、ドル、ポンド。それらの対比は日々刻々と変わる。AからBへ、BからCへ、CからAへ。それらはエッシャーのだまし絵のように、永久機関を作って流れ続ける。それらが流れ続けるのは、しかし三次元を二次元に表すことによって生まれるわけではなく、三次元の世界で差異というのものが変化し続けるからである。差異は絶対ではない。信用も同じ。

一方でリンクされ、一方で独自性を持つ。ダイナミックにそれらの関係が変動する。差分が大きくなることで、経済のダイナミズムが大きくなる。

死というのは平衡である。だれもが死を望まない。
だけど、一方で普遍なものを求める。魂の存在であるとか。
魂というあり様は死で固定されることを望まない。

川は流れ、海にたどりつく。そして雲となって、やがて雨となり、地上に降り注ぐ。それらは同一であるが故に流れが生まれる。普遍でない世界で普遍を求めるが故に差分が生まれる。それが生。はじめから矛盾しているのだ。