M理論
①昨日だったか、おとついだったかの「ヒッグス粒子発見の可能性、さらに確実に」というニュース。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35029528.html
ヒッグス粒子は万物に質量を与えたとされる物質
②これに先立って2012年7月の時点での話。
世紀の大発見?!"神の粒子,ヒッグス粒子"で宇宙が解明される!!
③重力がなぜ物理学上の大きな問題だったかについて。
ホーキング博士「膜宇宙論」 Part 5
大型ハドロン衝突型加速器 (おおがたハドロンしょうとつがたかそくき、Large Hadron Collider、略称 LHC) とは、高エネルギー物理実験を目的としてCERNが建設した世界最大の衝突型円型加速器の名称。スイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている。
ここでヒッグス粒子発見というニュースなのね。
④膜宇宙論はどういうことろまで行ってるかというのは、
11次元の膜宇宙5-5
<感想>
③と④はシリーズなので興味のある人は遡って見て下さい。
というか遡らないとわからないです。
高校の物理で赤点とったことのあるオバカな自分でもわかりやすかったです。
まあ、そんなわけで、特異点の説明というのは、膜同士のぶつかり合いで起こったというところまで行っていて、おしゃかさまでも気がつくめぇ~。なむなむ。っていうところなのかな。
物理学者の天才たちっていうのはなんなんざんしょ?
以上、ご参考まで。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35029528.html
ヒッグス粒子は万物に質量を与えたとされる物質
②これに先立って2012年7月の時点での話。
世紀の大発見?!"神の粒子,ヒッグス粒子"で宇宙が解明される!!
③重力がなぜ物理学上の大きな問題だったかについて。
ホーキング博士「膜宇宙論」 Part 5
大型ハドロン衝突型加速器 (おおがたハドロンしょうとつがたかそくき、Large Hadron Collider、略称 LHC) とは、高エネルギー物理実験を目的としてCERNが建設した世界最大の衝突型円型加速器の名称。スイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている。
ここでヒッグス粒子発見というニュースなのね。
④膜宇宙論はどういうことろまで行ってるかというのは、
11次元の膜宇宙5-5
<感想>
③と④はシリーズなので興味のある人は遡って見て下さい。
というか遡らないとわからないです。
高校の物理で赤点とったことのあるオバカな自分でもわかりやすかったです。
まあ、そんなわけで、特異点の説明というのは、膜同士のぶつかり合いで起こったというところまで行っていて、おしゃかさまでも気がつくめぇ~。なむなむ。っていうところなのかな。
物理学者の天才たちっていうのはなんなんざんしょ?
以上、ご参考まで。
春は、あげぽよ
すげえ夢だった。
多分もうあれ以上のSFXな夢を一生見ることはないだろうっていう夢。
なんせ主人公は自分なわけで、それも3Dどころかおっかねえ襲われる感覚まである奴。まあ夢だからそうだわな。とにかく金属の感覚までリアルで、それが体を削りそうになるところとか。
まあ、夢の話はよい。他人の夢のリアリティなんて誰もわからない。
印象的だったのは戦闘用のロボットと遊ぶためのロボットがいて、それぞれのロボットが今どういう感情を持ってるのかがこっちにわかるということで。村上龍の『歌うクジラ』の最後に出てくるあのロボットのように。相手が無機質であることなどは、関係なくそれが人にはわかる。そういう何か。あの予感というやつは一体?
人の感覚っていうのはなんなんだろうねえと起きてしばらく考えてしまった。
『般若心経講話』っていう本を妹から借りパクしたままなのだ。
頂戴と言った筈なのだ。言い訳か。
般若心経講話 (講談社学術文庫)/鎌田 茂雄

¥924
Amazon.co.jp
色即是空、空即是色というのは般若心経の中の一節なのだが、色即是空というのは皆大体わかるわけで。形あるものすべて壊れるとか。驕れるもの久しからずやとか。日本人の心情にもよく合う言葉でもあり。しかし、空即是色というのがわからない。
ようやくこれに納得がいったのは、『ホーキング、宇宙と人間を語る』っていう本を読んだあとだった。
ホーキング、宇宙と人間を語る/エクスナレッジ

¥1,890
Amazon.co.jp
まだ、文庫は出ていないのかな。
大乗仏教に真如という概念があって、これは以下のようなものだ。
「真如」は、第一義的には、無限宇宙に充溢する存在エネルギー、存在発現力、の無分割・不可分の全一態であって、本源的には絶対の「無」であり「空」(非顕現)である。(井筒俊彦『意識の形而上学』中公文庫より)
宇宙のはじまり、つまりビックバンの前の状態とこの表現っていうのはすごく似ていると気付き。
M理論によると時空は11次元あって、その余剰次元は、私たちが日常生活で体感する3次元空間とは異なり、内部空間として丸めこまれていて、その丸めこみ方によって自然界のみかけの法則が決定されているというもの。その丸めこまれた次元というものを、幽界的な扱いとして見なすと、ああまあそういう解釈もできるのかと思わせられるわけで。
もっともそこまでいくとオカルトになってしまうのでとりあえず一線は引いておく。もちろんそれは物理学のほうにはない。杜子春を迷わせる鬼というのはいつでも人の中に棲んでいて、人を引っ張りこもうとするわけだ。
空即是色については、仏教の解説書を読むより、宇宙の始まりについて、あるいは宇宙の成り立ちについてわかりやすく書かれたこういう本を読んだ方がよっぽどイメージが沸くかもしれない。
もとにもどって、『般若心経講話』。この本の中に、白隠禅師の師匠の師匠にあたる至道無難による般若心経の解釈が書かれていて、そこにある智慧の話が、この空から色という話に近かったのでそれもついでに。
○摩訶は大なり 身なきを云う。
○般若は何もなき所より出ずるちゑを云う。
○波羅蜜多はまかより出ずるちゑは、いづくにもとどまらず、とどまらぬなり。
人の智慧というものは、いったいどこからやってきたのかと考えると、その元が空であるということになる。空即ち是れ色となる。
途方もない未来世界の夢を見たあと、この夢はいったい自分のどこからやって来たのだろうかと。はるかに自分の想像を越えていたわけで。と同時に、その未来、確実に自分はその時代には生きてないだろうと思った。しかしとんでもない世界だった。色即是空だわと。まあ、夢だけどね。夢じゃなかった的なほれ何かもあることだし。ねえか。とはいえ、今現在の人間が作った世界というのも無から作られたわけで。人工物だけでなく、生物とかさ。あんなすげえスペックのものが無から作られたわけだ。という春の目覚めの一瞬のできごと。
春は曙であることよ。
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶。
般若心経。なむー。
多分もうあれ以上のSFXな夢を一生見ることはないだろうっていう夢。
なんせ主人公は自分なわけで、それも3Dどころかおっかねえ襲われる感覚まである奴。まあ夢だからそうだわな。とにかく金属の感覚までリアルで、それが体を削りそうになるところとか。
まあ、夢の話はよい。他人の夢のリアリティなんて誰もわからない。
印象的だったのは戦闘用のロボットと遊ぶためのロボットがいて、それぞれのロボットが今どういう感情を持ってるのかがこっちにわかるということで。村上龍の『歌うクジラ』の最後に出てくるあのロボットのように。相手が無機質であることなどは、関係なくそれが人にはわかる。そういう何か。あの予感というやつは一体?
人の感覚っていうのはなんなんだろうねえと起きてしばらく考えてしまった。
『般若心経講話』っていう本を妹から借りパクしたままなのだ。
頂戴と言った筈なのだ。言い訳か。
般若心経講話 (講談社学術文庫)/鎌田 茂雄

¥924
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色即是空、空即是色というのは般若心経の中の一節なのだが、色即是空というのは皆大体わかるわけで。形あるものすべて壊れるとか。驕れるもの久しからずやとか。日本人の心情にもよく合う言葉でもあり。しかし、空即是色というのがわからない。
ようやくこれに納得がいったのは、『ホーキング、宇宙と人間を語る』っていう本を読んだあとだった。
ホーキング、宇宙と人間を語る/エクスナレッジ

¥1,890
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まだ、文庫は出ていないのかな。
大乗仏教に真如という概念があって、これは以下のようなものだ。
「真如」は、第一義的には、無限宇宙に充溢する存在エネルギー、存在発現力、の無分割・不可分の全一態であって、本源的には絶対の「無」であり「空」(非顕現)である。(井筒俊彦『意識の形而上学』中公文庫より)
宇宙のはじまり、つまりビックバンの前の状態とこの表現っていうのはすごく似ていると気付き。
M理論によると時空は11次元あって、その余剰次元は、私たちが日常生活で体感する3次元空間とは異なり、内部空間として丸めこまれていて、その丸めこみ方によって自然界のみかけの法則が決定されているというもの。その丸めこまれた次元というものを、幽界的な扱いとして見なすと、ああまあそういう解釈もできるのかと思わせられるわけで。
もっともそこまでいくとオカルトになってしまうのでとりあえず一線は引いておく。もちろんそれは物理学のほうにはない。杜子春を迷わせる鬼というのはいつでも人の中に棲んでいて、人を引っ張りこもうとするわけだ。
空即是色については、仏教の解説書を読むより、宇宙の始まりについて、あるいは宇宙の成り立ちについてわかりやすく書かれたこういう本を読んだ方がよっぽどイメージが沸くかもしれない。
もとにもどって、『般若心経講話』。この本の中に、白隠禅師の師匠の師匠にあたる至道無難による般若心経の解釈が書かれていて、そこにある智慧の話が、この空から色という話に近かったのでそれもついでに。
○摩訶は大なり 身なきを云う。
○般若は何もなき所より出ずるちゑを云う。
○波羅蜜多はまかより出ずるちゑは、いづくにもとどまらず、とどまらぬなり。
人の智慧というものは、いったいどこからやってきたのかと考えると、その元が空であるということになる。空即ち是れ色となる。
途方もない未来世界の夢を見たあと、この夢はいったい自分のどこからやって来たのだろうかと。はるかに自分の想像を越えていたわけで。と同時に、その未来、確実に自分はその時代には生きてないだろうと思った。しかしとんでもない世界だった。色即是空だわと。まあ、夢だけどね。夢じゃなかった的なほれ何かもあることだし。ねえか。とはいえ、今現在の人間が作った世界というのも無から作られたわけで。人工物だけでなく、生物とかさ。あんなすげえスペックのものが無から作られたわけだ。という春の目覚めの一瞬のできごと。
春は曙であることよ。
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶。
般若心経。なむー。
もずく
ああ?
The Midnight Lovers HA BASE LESS BAND DESU.
そうさ、最初、あれっこのバンド、ギター2本なのか?って思ったのだったよ、
あとは酔っぱらいなのでノリで書いちまった、はは。
ていうかベースなんていらない。(←むちゃくちゃだ。開き直りともいう)
うちゅうのもずくになりたいよね。
The Midnight Lovers HA BASE LESS BAND DESU.
そうさ、最初、あれっこのバンド、ギター2本なのか?って思ったのだったよ、
あとは酔っぱらいなのでノリで書いちまった、はは。
ていうかベースなんていらない。(←むちゃくちゃだ。開き直りともいう)
うちゅうのもずくになりたいよね。
餓えの美学
3ピースバンドなのだ。
なんだか知らないけれど、ビビッ!
とライブ会場で何かに出会うのは、若い衆の3ピースバンドなんだろうか。
ギター、ドラムス、ベースというシンプルな編成。
どこかストイックさを持ちながらも、エネルギーが迸るわけだ。
そのバランスが極点として現れるのはやはり3ピースバンドなのだと思う。
何も足さない。何も引かない。っていうウィスキーのCMがあったけど、シングルモルトに対応するのが3ピースバンドなんだと。
ジャズだとトリオになるのだろうか。カルテットだと多過ぎるわけで。
そしてそれは若くないとダメなのだ。
そういう旬っていうのがあるのよね。
世界は残酷だが、美しさというのはそういうものだ。
今の時代は、豊かであることだとか、長生きすることとかが褒めそやされるけれど、それとは対極にあるものが、昭和の時代にはあった。
年をとってからも綺麗でいたいとか。いつまでも若々しくありたいだとか。
それはそれでわかるけれど、メリハリというものが無くなって来ている。
境目がなくなって、すべてが薄ボンヤリしている。
餓えの美学。そういうものも今の時代にもあるべきだと。
「宇宙の藻屑になりたいよね」
上前津ZIONで、ふと若い衆のロックンロールを聴いたあとそんなことを思った。
The Midnight Lovers
http://www.audioleaf.com/tmnl/
oil78proofを最初に見たときのことを思い出した。
そういえば、年寄りの美学というものもあったなあ。
ああ、なんかそれとはほど遠いところに自分はいる。
まったく、まさに渋さシラズだ。藻屑にすらなれてない。やれやれ。
なんだか知らないけれど、ビビッ!
とライブ会場で何かに出会うのは、若い衆の3ピースバンドなんだろうか。ギター、ドラムス、ベースというシンプルな編成。
どこかストイックさを持ちながらも、エネルギーが迸るわけだ。
そのバランスが極点として現れるのはやはり3ピースバンドなのだと思う。
何も足さない。何も引かない。っていうウィスキーのCMがあったけど、シングルモルトに対応するのが3ピースバンドなんだと。
ジャズだとトリオになるのだろうか。カルテットだと多過ぎるわけで。
そしてそれは若くないとダメなのだ。
そういう旬っていうのがあるのよね。
世界は残酷だが、美しさというのはそういうものだ。
今の時代は、豊かであることだとか、長生きすることとかが褒めそやされるけれど、それとは対極にあるものが、昭和の時代にはあった。
年をとってからも綺麗でいたいとか。いつまでも若々しくありたいだとか。
それはそれでわかるけれど、メリハリというものが無くなって来ている。
境目がなくなって、すべてが薄ボンヤリしている。
餓えの美学。そういうものも今の時代にもあるべきだと。
「宇宙の藻屑になりたいよね」
上前津ZIONで、ふと若い衆のロックンロールを聴いたあとそんなことを思った。
The Midnight Lovers
http://www.audioleaf.com/tmnl/
oil78proofを最初に見たときのことを思い出した。
そういえば、年寄りの美学というものもあったなあ。
ああ、なんかそれとはほど遠いところに自分はいる。
まったく、まさに渋さシラズだ。藻屑にすらなれてない。やれやれ。
ヴぇず
行って来た。

ハイハイ。
年寄りにはきつい。

ビレバン?

まあそんなわけで、久々のTKGフトシ。
TKG=たまご・かけ・ごはん
VEZである。
AGE OF PUNK、ZI:KILL&CRAZE、フトシ&ヘイハとファン層分かれているらしく。
上手、中央、下手で分かれているのだ。オイラはYANAちゃん担当なので後ろだ。
まあそれは後で。
えっとなんだっけ、
THE Hitch Lowkeは、京都からのバンド。ミクスチャー・メロディック・コアなのか。ツインギターの5人編成。フレーズ的には、いろんなところから上手に拾ってきていて。最近のコは混ぜ方がうまいというか、もう生まれたときからいろいろ混ざった環境で育っているわけで、すごく自然だ。でもメインはボーカルで、そのあたりがインディーズでありながら、今どきのメジャーレーベルぽくはある。。なのだが、彼はちょっとムカつくわけだ。MCのコメントに険がある。まあそれはいい。京都っていうと自分が知ってるのはロットンなのだけど、どこかニュアンスが似ている。音の作り方にしろ、演奏そのものにしても、キャッチーだ。
MADBEAVERS。ZIGGYは名古屋ラスト(かラス前)で金山にある文化市民会館で初めて見たのだけど、あのときは豆粒レベルで。ZIGGYは最後のアルバムしか持っていない。実はオイちゃんのいないZIGGYしか知らない。おいちゃんはダスボンで初見だった。まあそんなわけで、JOE氏をガン見。そうか、こんな叩き方するのか。スティックの持ち方とか。満園氏とも大山氏とも当然違うわけで。当たり前だけど。たぶんこの中では一番ステディな叩き方じゃなかろうか。90年代にV系と呼ばれたバンドって生で近くで見たことなかったので、そういう人の演奏はなんだか妙に感心しながら見てしまう。あんな恰好をしていたわけだけど、不思議とそれぞれの人が自分の楽器に対してどこかに真摯なところが共通してあるような気がする。まあ、誰もがそうなのだろうけれど。ストイックに自分がコレと選んだ楽器のスペックに忠実であろうとしているというか、楽器に忠実であろうとしているというか。
そして、ラストがVEZ。うーむ、VEZである。
2回目なのだが、バンドとしてうんぬんより、個人のキャリアがそれぞれ長いので、一曲ずつそれぞれのメンバーが独断で勝手に作って、他のメンバーはその時は忠実にその人に従う的なものを見たい気もする。名古屋は大阪よりenなどもあって曲目が多かったみたいだ。個人的には夜虹を聞きたかったのだけど。ていうかメロディー主体のはBlack sheep tailだけだった。欲求不満だ。なので、帰りがけに名古屋にソロで来てくれとスタッフの人に告げ愚痴。それまでは、クリパ@UPSETで買い損ねた(イヤミ笑)CDで食いつなぐことにしておいてやる。

ソロと言えば鴉空もそうだ。NACANOとPINSALOCKSでしかYANA氏を名古屋で見てないのだが。。あとGHEEEだ。なのに、何故に鴉空で来ない?どーいうわけだ!まったく。明日というか今日ZIONに行って毒を吐いてやろうか。

ハイハイ。
年寄りにはきつい。

ビレバン?

まあそんなわけで、久々のTKGフトシ。
TKG=たまご・かけ・ごはん
VEZである。
AGE OF PUNK、ZI:KILL&CRAZE、フトシ&ヘイハとファン層分かれているらしく。
上手、中央、下手で分かれているのだ。オイラはYANAちゃん担当なので後ろだ。
まあそれは後で。
えっとなんだっけ、
THE Hitch Lowkeは、京都からのバンド。ミクスチャー・メロディック・コアなのか。ツインギターの5人編成。フレーズ的には、いろんなところから上手に拾ってきていて。最近のコは混ぜ方がうまいというか、もう生まれたときからいろいろ混ざった環境で育っているわけで、すごく自然だ。でもメインはボーカルで、そのあたりがインディーズでありながら、今どきのメジャーレーベルぽくはある。。なのだが、彼はちょっとムカつくわけだ。MCのコメントに険がある。まあそれはいい。京都っていうと自分が知ってるのはロットンなのだけど、どこかニュアンスが似ている。音の作り方にしろ、演奏そのものにしても、キャッチーだ。
MADBEAVERS。ZIGGYは名古屋ラスト(かラス前)で金山にある文化市民会館で初めて見たのだけど、あのときは豆粒レベルで。ZIGGYは最後のアルバムしか持っていない。実はオイちゃんのいないZIGGYしか知らない。おいちゃんはダスボンで初見だった。まあそんなわけで、JOE氏をガン見。そうか、こんな叩き方するのか。スティックの持ち方とか。満園氏とも大山氏とも当然違うわけで。当たり前だけど。たぶんこの中では一番ステディな叩き方じゃなかろうか。90年代にV系と呼ばれたバンドって生で近くで見たことなかったので、そういう人の演奏はなんだか妙に感心しながら見てしまう。あんな恰好をしていたわけだけど、不思議とそれぞれの人が自分の楽器に対してどこかに真摯なところが共通してあるような気がする。まあ、誰もがそうなのだろうけれど。ストイックに自分がコレと選んだ楽器のスペックに忠実であろうとしているというか、楽器に忠実であろうとしているというか。
そして、ラストがVEZ。うーむ、VEZである。
2回目なのだが、バンドとしてうんぬんより、個人のキャリアがそれぞれ長いので、一曲ずつそれぞれのメンバーが独断で勝手に作って、他のメンバーはその時は忠実にその人に従う的なものを見たい気もする。名古屋は大阪よりenなどもあって曲目が多かったみたいだ。個人的には夜虹を聞きたかったのだけど。ていうかメロディー主体のはBlack sheep tailだけだった。欲求不満だ。なので、帰りがけに名古屋にソロで来てくれとスタッフの人に告げ愚痴。それまでは、クリパ@UPSETで買い損ねた(イヤミ笑)CDで食いつなぐことにしておいてやる。

ソロと言えば鴉空もそうだ。NACANOとPINSALOCKSでしかYANA氏を名古屋で見てないのだが。。あとGHEEEだ。なのに、何故に鴉空で来ない?どーいうわけだ!まったく。明日というか今日ZIONに行って毒を吐いてやろうか。