象の夢を見たことはない -101ページ目

三昧 柳ヶ瀬ants編

先週金曜日からライブ祭り。

$ニャンちゅうなブログ-Jerks Cruisin’ Tour TOKAI 2013 SUMMER

ラディカルズのKELLYちゃんが行程ツイートしてくれていたのだが。
しかし、なんだかすごいわ。バンドと関係者30名くらいでバーベキューしたり、夜はセッションしたりとか楽しそうな。

行ったのは柳ヶ瀬antsと上前津zion。
7/12(金)柳ヶ瀬はOPEN 9:00PM。antsは行くのは3回目。
場所も覚えたのでちょっと歩いてみようと違う道を散策。
案の定迷ってしまい。まあ迷うのが目的でもあったのだが。
高島屋前で道をわたったら、夜の匂いがする。

目の前をお姉さん方が歩いているわけで。
フラフラついていったら、いきなり濃いところへ入り込む。
そうかこれが柳ヶ瀬かと。ええなあ岐阜。

そのままアーケードを抜けたら、ホテルのビアホール。ざわざわ。
金曜の夜のあの雰囲気なのだ。
そして一泊1500円のビジネスホテル。前にポルノ映画館。
昭和だ。すげえぜ。いいわあ。
もしかしてフトシ氏が泊まったのってこれかと思いつつ。
そしてやっぱり思った通りドンピシャでants前に出た。

まあそんな感じで、9時過ぎにライブ会場着いたけど、
ボムで予約しましたと告げるとまだ着いてないと笑。
ライブは始まってるのかと思ったらDJタイムでさらに1時間。さてはボムのせい?

10時からようやくBROTHELS。しかし先輩ばかりでこれからの3日間大変そうだ。
次はDUB4REASON。この店ってDUB4のカメさんのお店だったのね。
いちから作ったとか。すごいわ。かっけー。
自分の店だからもうスモークとか完璧。DUB4の世界に入り込めるわけで。

で、体揺らしてる間に11時30分。タイムアップで帰りました。
ちなみにボムは25時からだったらしく。無理笑

アンダーグラウンド

決して日の当たる場所っていうのが面白い場所っていうわけでもなくて。

そういえば、『アイズ・ワイド・シャット』という映画があった。
スタンリー・キューブリック監督の遺作となった作品で。
ニューヨークの開業医が、ひょんなことで、ディープなパーティに入りこんでしまう。
そこは、彼の知らない世界だった。



知らない世界に迷い込む過程は、案外生活の傍にあって。
そこに入り込んでしまったせいで、まったく日常生活では考えられなかった未知の恐怖を味わうことになるのだけれど。わけのわからない脅迫におびやかされ、得たいの知れない影に追いまわされることになる。

友達と酒を飲んで話していると、そういう話が出てくることがある。めったにないけど。
いままで知らなかった世界。
なかなかそういうレベルのところまで入り込むことはない。海外旅行での話だと結構ある。

結局、それこそが秘匿された人生の楽しみだろうと思う。たとえ、その実態が味わったことのない恐怖やイヤな体験であっても。パック旅行では味わえない世界。個人でいろんな場所に旅行したことがある人は、そういう経験がある筈で、それこそが旅の醍醐味だったりする。

仕事だって同じ。
ギャンブルっていうのは、かけるものが大きいほど得るものも大きい。
もちろん失うものもデカい。負けたらそれまで通りの生活が保障されることなどない。そういう場面でこそ、その人の生が試される。でも、それを経験することは、たぶんそれまでのその人の人生すべてと同じ意味がある。意外とそういうのって小さなことだったりする。転勤だってそうだし、やったことない仕事に挑戦することだったりもそう。

誰も通ったことない場所の情報っていうのはほとんどない。
そしてそこに最も大事なことがある。ひっそりと。
そういう単純な法則に案外気付かないものなんだと思う。

まあ、そこまで大層な話ではないけど、ライブに行って来た。
で、買った。

$ニャンちゅうなブログ-ミッドナイトラバー

THE MIDNIGHT LOVERS。ステッカーは貰った笑

$ニャンちゅうなブログ-頭がおかしくなるくらい

「頭がおかしくなる位大きな音にして下さい!」だってさ。
そうなのだ。そういうとこに人生の大事な部分はあったりするのよね。
そういうのを知らせることって大事なことだと思う。

まあでも、レコードじゃなくてライブ。
さらに大事なことって、その場所にいるっていうことなんだと思う。
4Kテレビとか3Dとか、今の時代そんなものに意味なんてない。

そしてもちろんこれは腰ぬけの自分に言っているのだ。
動け!オレ。

煽り

このコたちは、いったいどうしちまったんだろう?

とずっと思ってたのだ。カオティックな部分がなくなってしまい。
だいたい、メンバーが仲悪かったほうがいい感じになることがあって。
村上龍+坂本龍一の『EV.Cafe』の中で、柄谷行人氏と対談してるんだけど、

坂本:柄谷さんが、バスケットのクラブのことをどっかで書いてたでしょ。あれは、音楽のバンドなんか全くそうでしたね。YMOもそうだけどさ、ほとんど話なんかしないんです。会話がないの。
柄谷:ないね。チームワークとかはウソでね。
坂本:ウソウソ。
柄谷:会っているときはケンカばっかりしてるとか、顔も見ないって、そういう感じ。
坂本:YMOも中期以降はそうだったもんね。ほとんどスタジオに一緒にいないで、僕がパッとやるじゃない?違う日に誰かが来てパパパってやって、細野さんが来てそれをまとめたりとか、もうほとんどバンドとは言えないようなバンドだった。
柄谷:どこに書いたのか忘れたけど、とにかく、パスするときに、必ず1メートルか2メートルか離れたとこにパスするわけですよ。そこにこいつは来てなくちゃいけないって思う。むこうもそうなの。それを逃さないように行くわけよね。もう見ないでパスをやるわけ。そういうのが仲悪い同士でやれてて、それでわりと強かったんだ。
坂本:でも、バンドってそうじゃない?
村上:バンドってそうだよね。
柄谷:意地悪しながらでもさ、試しながらやるっていう感じなのね。でも民主主義っていうのはそうじゃないの?
坂本:そうですね。
柄谷:今度のオリンピック観てても、やっぱり思うのは、アメリカ人っていうのはチューインガムかみながらやってるって感じよね。それで吉本隆明が昔僕に言ったことで戦争中のことで一つだけ自分が判断を間違えたことがある。ほかのことは大体あってても、その一つだというのは、アメリカのニュース映画でアメリカ軍を観て、兵隊が整列してもチューインガムかんであっち見たりこっち見たりしていて、日本軍のようにきちっと整列できてないわけ。こんなんじゃだらしないから駄目だろうと思ったというわけよ。それだけが決定的に間違いだって言ってた。それは正しいんだよ。
坂本:でも日本のロックバンドというとさ、いまだに熱い右翼的な連帯という、そういう感じだね。
柄谷:それは劇団なんか見ててもさ、圧倒的な独裁集団でしょ。僕はああいう組織というのは全然理解できないのよ。僕は学生運動をやってたけども、ブントっていうのは個人主義だったね。全然でたらめで。まあ、少なくとも僕らのときにはひとりひとり違ってたね。それ以後はちょっと。。

なぜか、BYEE the ROUNDを最初に知ったときから、この文章がすごく気になってたのだ。今ちょっとそういう場所から離れてるような気がしてて。独裁はねえ。。
いまいち、サトシくんの変えたギターも小奇麗過ぎてしっくりこないし。。
名古屋のワンマン行ったのだけど、まあ古い曲との相性悪いというか。まあそれは最近ライブでやってなかったからか。

と思ってたんだけど。先日、なにげにcyntiaのazuちゃんのつぶやきで、

今テレビのオープニングでキングブラザーズがながれた!!パワープリンって番組!!!
わー!!!!!
自分の中にくすぶってた何かが動いた気分!!!
ゲロかっこい?(*゚ェ゚*)
KING BROTHERS - XXXXX(PV)



こりゃすげえわと。でふと思ったわけだ。

もしかして、松山くんはこういうのがやりたいのか?と。
でもホーンセクションないし、ライブバンドっていうスタンスは崩せないという縛り。
なんだか、それも変な話で。
どうせメジャーに入ったんなら、上の人たちに動いてもらってやりたい放題やっちゃえばいいじゃないと。

年寄りは使ってナンボだし、使われてナンボだ。レコード会社なんてバンドからしたら使うためのツールだ。いまどきの会社は、契約したバンドを消耗品としか考えてないからねえ。
ビートルズなんてそういうとこ好き放題してたんだから、レコーディングはレコーディング、ライブのときはライブのときでぜんぜん違うふうに演奏してしまってもいいし、極端な話、ライブではレゲエ調にしたって別にかまいやしないわけで。メジャーでしかできないこと、やっちゃえ、やっちゃえ!!

でも、やっぱりそういう状態でも一人ひとりが野武士みたいに勝手にあさってのほう向いて相手がとれないきわきわのパス出し合って欲しいなあと思うわけだ。
とはいえ、トイレって言ってるのに、サービスエリアぶっちするのは、まあヒドイけど苦笑。そういえば、「うちのオオイユウスケはスキップできないことが判明した」と、コウタくんが東海テレビのクロスミュージックのコーナーでこないだバラしてたぜ!しかも冒頭でいきなりなんの脈絡もなく。と不仲を煽ってみる笑

とにかくバイザは、まだまだこんなもんじゃないんだぜと。
ブチかまして欲しいわけだ。

砂かぶり

ライトニング・ボルトの話をしていたのだ。というか、聞いたのだ。そう、ジムの水泳インストラクターの大学生のコに。フロアで演奏するっていうのが、結構コア系のライブでアメリカのアンダーグラウンドではあるっていう。機材を壊されるっていう危険があるという話もしていて。

昨日、岐阜antsで高木フトシ氏のライブ。
22:30過ぎにスタート。あり得ない。
基本ライブっていうのは、ライブなので、時間通りにうんぬんとか。そういう必要性ってないわけで。まあ終電に間に合わないので、ケツまくって帰ったけど。帰らなくてそのままっていう選択肢だってある。盛り上がり次第というか。あるいはこっちの根性なし加減だったり苦笑 昨日はあきらかにそっちだった。腰ぬけだったわ。やっぱね、ライブとかそういうのは毒を食らわば皿までっていうのがないとダメだ。人生全部そうなんだよね。多分。

店入ったら、いきなり歌声が聞こえて来て。アコースティックライブだったんだけど、ホールではなくて、その前にあるドリンクボックスがある控え室というか。そういう小じんまりした場所で歌ってて。昔、近鉄パッセ名古屋のタワーレコードでTHE PRODIGAL SONS(初期)のインストアで森重氏を見たときほぼ2mで見てたのだけどアコースティックでそれだけ近いとやっぱりヤバイ。フロアで遮るものなし。家の応接間でかぶりつきの感じ。

やっぱり、ステージがなくて、柵もなく。そういう場所だと演者との距離がやばい。スピーカーを通さない生の音が直接身体に入ってくるわけで。森重氏のときは、もう近くからすすり泣きの声まで聞こえてくるわけさ。そりゃ確かに、泣くよ。あんな距離で歌われたら。

まあ、そういうわけでギターと手さばきをガン見。さすがにその距離で直に顔は見れんわ笑
そんなわけで、せっかくライブに行くんなら前でかぶりつかないとダメだと。
この年になって知る。やれやれ。

アンダーグラウンド~夜虹?~days earlier~searching for a heart~star fall~あの花を~Soで23:15 その後enで何か。だったような多分。アンコールが見れず。そうか最終が23:50だったのか。en見れてたな。腰ぬけはやっぱダメだわ。おいしいとこっていうのは、いつも自分のギリギリを越えた所にある。ウォーリーの法則的なアレ。

ガットのギターであそこまで音がでるのね。searching for a heart~star fallの流れが、sevenそのままでやばし。ただ、なぜstar fallがここまでにというか。ライブで聞いてから、CD買ったのだけど、これはもう違うと。別物だと。CD最初に買った人は、ここまでこの曲が化けるなんてわからんかったんじゃないのかと。ほんと曲というのは生きものだと思う。

ある曲が、生きるか死ぬかっていう場所はやはりライブなんだと思う。
音楽というのは不思議な生き物なんだとあらためて。

そして、それは聴く者にも委ねられている。屁垂れな奴は、結局一生そういうレベルでしか音楽を聞けない。演者にしてもそうで、いまの時代、企業体の中に入るとリスクが優先される。そういうのは、人から生きる意味を取り上げるのだと思う。屁垂れな会社が売り上げ見ながら主導する音楽にほんとの奇跡は起こせない。今の日本の組織は特に。

今のメジャーレーベルとか、それにそっちを目指すインディーズもそうだけど、そりゃ下火にもなるよ。干物だもの。型にはめられてて。生きた何かじゃないわ。今のメジャー主導の音楽シーンなんていっそこのまま潰れてしまえばいいと思うこともある。

作っているのは生きものなのだと。よく命を吹き込むっていうけど、ものを作る仕事は総じてそうなんだろう。あるいは自分そのものを作っているわけで。まがいモノはまがいモノでしかない。そしてそれは、それが使われる現場ではっきりわかるというか、露呈する。音楽なんて特にそう。というか、そこがすべてなんだろう。

自分が現場で使える存在かどうかっていう。
ちゃんとオレは確かめたほうがいい。

泣く女

ピカソは好きではない。
キュビズム以降のピカソなんて見るべきものなんてなにもない。
でも、なぜか『泣く女』だけは気になっていた。たぶん、気になったのは絵ではなく。
『泣く女』という題だったのだと思う。

週末、実家でNHKの『SONGS』で八神純子特集を見ていた。
中学の頃、『ザ・ベストテン』を見ていたその場所で30数年を経て同じ人を見ていた。
当時から色っぽい姉さんやなあと思って見てたのだけど。

名古屋というのは、三重の田舎のほうに住んでいても中途半端な都会のイメージで(今でもそれは同じなのだが)、彼女がいるっていうことで行ってみたい度が数段あがった。その頃は、その気持ちがよくわからなかったのだけど、あれはムラムラしていたのだと思う笑。お嬢だったとは。八神製作所って今なら歩いていける場所だ。さすがに今はもう行かないけれど。たぶん。。いや、わからない。

サンバホイッスルっていうのが欲しかったのだが、やはりそう思った人多数で、たしかベストテンで5千円位するとか紹介があった。いまなら、600円くらいで買える。しかし、なぜサンバホイッスルだったのか?あの時代に。しかもあの曲で。すごく図抜けてる人がいたんだろう。まあ、それはともかく。

八神純子が『泣く女』だったとは。

http://ww.asyura2.com/13/music11/msg/583.html

八神のSONGSでは、渋谷時代の話が出て、いわゆるヤマハ音楽時代のひとりの同期として語られていただけだったのだが、中島みゆきに、彼女の『時代』にそんな想いを抱いていたなんて知らなかった。

コワいな、女の人は。でも、そのコワさこそが自分を惹きつけたのだと思う。女の人の業というか。それが色っぽさの正体であり、エロさなのだと、今ならそんなふうにも思えるのだが、考えてみれば、当時中学生だったとはいえ、そういうのが本能的にわかっていたわけで。そんな自分を褒めてつかわす。




ああ、今はこういうウェットな感じがTVのどこにもないような気がする。怨念的な話だったり。あの時代の横溝正史的なアレ。今はそんな話は、いきなり週刊誌の身も蓋もない話へ直結してしまっていて、なんだかつまらないなあと。人生の含みがないというか。ああ、おいらも年喰ったわ。

そういえば、はじめてのレコーディングで「思い出は美しすぎて」の出だしを何百回もやり直しさせられて、無理だと。ミュージシャンをあきらめそうになったと番組で言ってたのだけど。そういう千本ノックがあっての今なのかもと。なんだか根性という言葉も実体が見えなくなってしまっている時代に本物のそういう人を久しぶりに見た気がした。音域と音量が年齢を重ねても落ちてないというか、凄みを増してるのはなんなんだろう?