夷をもって夷を征す。この言葉は、蝦夷の信仰心をも利用した坂上田村麻呂の戦略だったのかな
東北で生活していた蝦夷を懐柔したとされる征夷大将軍:坂上田村麻呂は、蝦夷平定後自らを毘沙門天の化身となって「達谷窟毘沙門堂」を建立したそうです。その後岩手には坂上田村麻呂が勧請しておっ建てた『毘沙門天像』が何体か祀られています【御朱印あり】達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわや)/『最強のお札』を頂いてきました☆岩手県にある最強パワスポ『達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)』の最強のお札といわれる牛玉宝印(ごおうほういん)を頂いてきました。しかも、この地がもののけ姫に登場するシーンのモデル?!というウワサの真相も・・その他、御朱印・お札の貼り方などをご紹介致します。ailando-blog.com『北の守護神』や武神と呼ばれる毘沙門天は、もしかしてもとより蝦夷たちの信仰していた神様だったのではないかと思うようになりました。妙見信仰という北極星・北斗七星が神格化した信仰は、遊牧騎馬民族や航海民族の道しるべでもあり信仰の対象だったとされます。私は、渤海や朝鮮半島からの渡来系民族と原住民とが融合した人々が蝦夷と捉えているので、縄文人の自然崇拝と妙見信仰が融合したカタチの神様は北極星(北斗七星) = 妙見菩薩 = 毘沙門天(多聞天・不動明王)習合してすべて同一神になっているのではないかと思いますつまり、アテルイ降伏後(斬首後)も坂上田村麻呂は自らを毘沙門天の化身に仕立て上げることで原住民の蝦夷たちを無理やりにでも崇拝させ服従させた。まさに、夷をもって夷を征す。を実行していたということですね妙見信仰というのは調べればいいろいろな歴史の裏側とつながってきて面白いです。七曜紋といわれるこの家紋はたまに見かけますが。●は星を表していて日・月・火・水・木・金・土や7つの星、北斗七星を表しているとされています九曜紋というのもあり、七曜にプラス『不動明王』と『釈迦星』が追加されているようです坂上田村麻呂の田村氏の家紋も九曜紋を使用しているようなので、蝦夷や坂上田村麻呂も同じく渡来系のことから星神信仰のルーツは同じになってしまいますが、、同じ朝鮮半島からの渡来人でも『百済』と『高句麗』では因縁の関係になるとかならないとか・・私的発見は、神道系神様の『天之御中主神アメノミナカヌシノカミ』も妙見菩薩だったということでした妙見信仰とアメノミナカヌシのルーツを辿るよろしければコチラもご覧くださいませ言霊の効果絶大!★アメノミナカヌシ様のいる神社・お寺をご紹介『アメノミナカヌシ様お助け頂きまして誠にありがとうございます』その正体とは、私たちが身近に願い事をしていたアレです。星に願いを。だったのです。アメノミナカヌシ様の正体や、会える神社・寺社、ご利益など体験談を交えてご紹介していきます。ailando-blog.com秦氏とその民―渡来氏族の実像Amazon(アマゾン)1,190〜2,733円妙見信仰の民俗学的研究: 日本的展開と現代社会Amazon(アマゾン)6,658〜17,615円千葉一族入門事典 日本史を駆け抜けた月星の武士たちAmazon(アマゾン)800〜4,111円御朱印メインのインスタもやっています