山田 優 (Yu Yamada), 外国からの学生で全国統一試験制度を専攻 (2017年)
偉大な方々が回答してる中で生意気ながら、まだ16歳の私がこの質問に回答してみようと思います。
 

私は帰国子女ですが、中学受験では一般入試ののちに御三家に入学し、今は海外のインターナショナルスクールに通い、大学受験に挑んでいるものです。このように私は多種多様な教育制度を経験することができた、大変恵まれた学生です。アメリカ式、日本式、そして英国式の教育制度を経験した後、私が考えるのは理想的な教育の姿です。どの国の教育方針にも長所と短所があると、私は考えます。では、日本の教育制度の問題点が何なのかを三つの項目に分けて私なりに話してみます。
 

1. ロボット育成教育

日本の教育で特徴的なのは型にはめられた狭苦しい教育環境だ。賢い者は最前列であくびをかき、追いつけない者はどんどん残されていく。美術に関心を持っている者は見下され、給料目当ての医者や弁護士ばかりが育たれていく(中には勿論尊い弁護士や医者もいる)。私が最近見たテレビでは、新東大生がインタビューで将来の夢を聞かされると、なんとなく、という理由で銀行員や商社マンと答えるものが多数いた。日本一の天才たちとして魅力を感じていたが、これを聞いてなぜか私は残念な気持ちだった。型にはまった教育により、日本の学生は受験、就活、そしてサラリーマンへ、という定められた道を歩くことを制されている。「自分の頭で考えて自分の体で動く」という自律性を無くしているようにも思える。このロボット化された人間で形成される日本社会の情勢は石田徹夜の絵にも投影されている。

もっと多種多様な職業を尊重するべきではないか。もっと個性を尊重することにより、一人一人の能力を最大限に発揮出来るのではないか、と思う。日本のIT事業への出遅れは東洋のエロンムスクになる可能性のある子供の夢を抹消したからなのではないか。発明者になりたい、映画監督になりたい、アプリを作りたい、という様々な方向性を認めることにより、日本の将来性も広がっていくと私は思う。


2.島国教育

次に重要な部分は国際意識だ。日本には未だ、外国=アメリカ、という考えを持つものが多々在する。中国が今世界に置けて大きな社会力を持っていることも知らずに、中国人を人種差別をする者も多く残る。日本が英語教育の開始を小学へと早まらせたことで喜んでいる中、世界各地では既に中国語の教育へと意識が移っている。日本の名門高校に通う学生と香港のローカルの学校に通う学生とで、国際意識を比べると日本の学生は歯も立たない。鎖国していたからといえ、今後日本が世界で活躍していくには個人の国際力が欠かせない。これには語学力だけではなく、世界に通用する話力も必要である。日本人は控えめで「建前」という文化を持っている。私自身もガンガン自己主張をする外国人の友達に囲まれ、なかなか自分の意見を言えない、ということを良く経験し、今でも悩んでいる。しかし私は「それなら建前なんかいう文化は捨てるべきだ!」という考えには同感しない。相手、そして自分の国の歴史と文化を理解し、分かち合えたところで初めて国を超えたコミュニケーションは成立する。決して「日本の国際化=日本の文化を捨てる」ことになってはならないと、私は考える。また時々私は、第二次世界大戦で日本が犯した過ちについて、同級生から意見を問われることがある。この時に、意味もわからずムキになるのは日本人としての恥だ。しっかりと両国の事実関連を理解することでまともな対等な立場に立てる。つまり、日本が国際的に力を発揮するには言語の教育にとどまらず、歴史、政治情勢なども含めた知識を育てることが求められる。これらの教育に置いて重要なのはディベートではないか。

3.マニュアル教育

私は中学受験をする際に、多くの日本の子供たちと同じように塾に通っていた。そこでは暗記、暗記、暗記という毎日で、お陰様で四年たった今でもまだ覚えている知識が多々ある。確かに、25の二乗や紫陽花の雌しべの数などを暗記していて外国の友達を驚かせることはできた。しかし、今大学受験をしている中で、私は自分の能力のおびただしさを改めて実感している。今まで日本では暗記をして教科書を鵜呑みにしてテストで良い点数を取ることばかり教わってきたせいか、いざ自立して勉強しろと言われると混乱してしまう。自分がどういう歴史に興味があり、それに対してどのような意見を持っているのか、自分にあった勉強法は何なのか、自分は何を学びたいのか。はてなだらけで今まで暗記してきたものは全く役には立たない。良く私の母親は「ザビエルが何年に来日したなんか知ってても知らなくても社会に出ればどうったことないわよ」と、勉強に追い込まれる小学生の私を励ましてくれていた。今思えばこれはある意味事実であり、日本に置ける教育の大きな落とし穴とも言える。日本では世界を変えたい天才よりも、豆知識を持ちすぎたナルシスト達を育ててしまっている気がする。東大生クイズに出ている人たちよりも、がん細胞の研究に打ち込む学生達の方が、私は倍を増した魅力を感じる。

この三つの点を中心として日本の教育制度は劣っていると私は考えます。教育はどの人間の人生においても多大な影響を与え、一国の社会と政治を考える上でもとても重要です。これはあえて16歳の未熟な私の考えなので、訂正すべき部分も多々あると思いますが、批評をくだされば、私の勉強にもなるので是非お願いします!
引用サイト:https://jp.quora.com/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E5%88%B6%E5%BA%A6%E3%81%AE%E4%B8%80%E7%95%AA%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C%E7%82%B9%E3%81%AF
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この記事を読み、私と思っていることと同じで、しかし私は海外で生活をし、海外の人と毎日コミニュケーションを取っているから
強く感じているけれど、もう既にこの子より何十年もオバサンだ。
この子はまだ16歳。16歳の時点で日本の教育の矛盾点とどうあるべきかと意見をだせるというのは素晴らしい。

この夏、習い事の関係のイベントで、
娘が5人でテーブルに集まり、初めて問題解決についての手法を学んだ。
会社の社内教育でもやった経験があるが、20年以上前ではあるが、小中学校の国語の研究発表でも
何度か経験したことがある。

イベントでは親は周りで見てよいと言われたので、背後から静かにグループの動きをみていたのだが、
うちの娘の短絡的な発言や、どうだからどうだ、という説明がなく、なぜそれを選んだのかも理解できないような
まとめ方で、ため息が出た。もちろん利発な子も多くいた。

ため息が出たのは、娘を過大評価していたわけでなく、
自分の方がもう少しできていた記憶があったからだ。

私の小学校は、作文トレーニングという時間が毎日あり、
自分を表現する力は、何もやっていない娘と違い、正直もう少しあったように思う。

そのような、トレーニングはないのですか?
と小学校の先生に折を見て聞いてみたところ、
昔と比べて土曜日もなくなり、英語や道徳なども増え、時間内に終わらせることの方が
優先になってしまって、サブのトレーニングについては、手を回せる時間も取れないと
言われた。実際に学校で出される宿題でさえ、親が丸付けをしている学校もある。
授業でやったことの演習でさえままならないというのが公立小学校の現状である。

海外へ教育を向けるどころの次元ではなく、むしろ私の時代と比べてもどうなんだという不安が残る。

また、私立小学校では、生徒を選抜するため、通常授業のスピードを速めることができ、
ディスカッション、作文も手広くやれていることが多い。そして、私立小学校に行きながら
公立小学校の子達と同じように基礎学力を上げるような塾や、そろばん、くもんなど、小さいころから行っている。
教育費は毎月20万近くになると思うが、正直、同じ小学生でさえも、環境によって能力に差がついて当然であるような
時代になってきているのも感じる。

しかし、私は決して私立へ行かせるという選択肢が100%よいとも思っていない。
公立だと、その教育費20万と、学校が近いことで、お金と時間が浮かせることができる。
私たち母親が、小学校時代に、本当の自分の子供に必要なもの、おいしいところだけ取れれば
さらに効率の良い時間の使い方になると思う。

続く。