「この馬は数日のうちに売られ、肉になる」…心揺さぶられ引き取った馬との都市生活は | トピックス

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2023年10月30日 読売新聞オンライン

 

 パカラッ、パカラッ。ひづめの音がだんだんと大きくなる。暑さの残る9月中旬の早朝、愛知県豊橋市の車道脇を、2頭の馬が陽光を浴びて近づいてきた。小さい馬はポニーの「サクラ」(雌、16歳)、大きい馬は「スタールビー」(せん馬=去勢馬、9歳)という。

 

 

 人口約37万人の都市で、新幹線の停車駅にも近い街中を馬が歩く姿は珍しい。ただ、信号待ちの間に若い男女が「やっと会えた」と言って体をなでたり、近所の男性がニンジンを与えにきたりするなど、地元ではおなじみの光景だ。

 

 2頭を飼育するのは、市内の運送会社経営、金田万貴子さん(61)。保健所の許可を得て、自宅でペットとして飼っている。きっかけは、13年前の2010年春に北海道の観光牧場を旅した時のことだ。

 

 1頭の愛らしいポニーが乗馬コーナーを駆け回っていた。しかし、飼育員が発したひと言に耳を疑う。

 

 「この馬は子が産めなかった。数日のうちに3万円で売られ、肉になる」

 

 当時3歳だったサクラは初めての繁殖に臨んだが、失敗。牧場側は、繁殖に向かないと考え、売りに出すことにしたという。

 

 金田さんの心は揺さぶられた。かわいそう。いや、それも現実だろう。でも、一つの命を何とかしたい――。悩み抜いた末、口から出たのは、「私が連れて帰ります」という一言だった。

 

 

 もともと馬が好きで、乗馬が趣味だった。金田さんは自らの言葉に責任を持とうと、自宅に約3か月かけて小屋などを作り、同年秋に馬を引き取った。

 

馬中心の生活

 サクラが来て以来、「すっかり馬中心の生活になった」と金田さん。パートナーの長尾洋治さん(51)とともに家の周りを散歩させ、新たな環境に慣れさせた。本来、馬は群れで生活するため、もう1頭の「スタールビー」を迎え入れた。

 

 人馬が都市で共生するには、訓練も必要。特に苦労したのは、散歩の時に近くで聞こえる車両や、草刈り機の音だ。馬は音に敏感で、サクラも最初は驚き、後ろ脚を蹴り上げた。そのたび「怖かったね。でも大丈夫」と、優しくなだめた。一方、わがままに道草を食って言うことを聞かない時は、厳しく叱った。

 

 今では、膝の調子が悪い長尾さんがもっぱら自転車でサクラをひき、金田さんはスタールビーにまたがって散歩に出かける。道路交通法では、馬は自転車などと同じ「軽車両」。車道の左脇や自転車の通行帯、幅の広い歩道を選ぶという。

 

地域に溶け込んで

 サクラは「少しやんちゃなお姉さん」、スタールビーは「おっとりな弟」という。普段は小屋や敷地内の柵に囲まれた場所でのんびりと過ごしている。そろって仲良く歩く姿から「見ると幸せになれる」との声も聞かれるようになった。

 

 2頭は金田さんの知人が営む障害者施設のイベントに登場したり、近くの市立小学校の授業で版画のモデルになったりと、地域社会に溶け込んでいる。

 

 金田さんは時折、連れてきた2頭が幸せかと問われることがある。そのたびに「馬に聞いてみたい」と答えるようにしている。馬のおかげで、優しくなれた。そして、馬の命を守ったことにも、違いはない。

(文・杉本要、写真も)

 

「犬、猫を家族に」コロナで増加

 コロナ禍では、在宅時間の増加に伴い、新たに犬や猫などのペットを飼う人が増えた。一般社団法人ペットフード協会(東京)の2022年の推計によると、1年以内に飼育が始まった犬は42万6000匹と、コロナ禍前の19年と比べて約2割増え、猫も約1割増の43万2000匹だった。

 

 

 ペットの繁殖を巡る環境整備も進みつつある。狭いケージで犬や猫を多頭飼育し、次々と子どもを産ませるといった悪質な業者を減らそうと、改正動物愛護法が20年に施行され、昨年6月からは飼育頭数の制限も始まった。制限を超えた個体を手放すブリーダーらが増える中、動物愛護団体などが引き取った犬や猫の譲渡会が開かれている。

 

 ペットフード協会の調査では、犬や猫の飼育を検討した際の行動として、「インターネットの譲渡先募集で探した」という人が約半数を占めており、ペットショップが中心だった従来の購入先が今後変化する可能性もある。