2023年10月6日 産経新聞
動物虐待は凶悪事件の前兆―。こんな言葉を聞いたことはないだろうか。欧米では動物虐待と対人暴力の連動性が解明されつつあり、つながりを意味する「LINK(リンク)」と呼ばれている。国内でも過去の凶悪事件の加害者が事件前に動物を虐待していた例が確認されており、研究が進む。専門家の見解を聞いた。
《僕は左手で猫の首を掴(つか)み、そのまま締め上げた》。神戸市須磨区で平成9年に起きた連続児童殺傷事件で、当時14歳で逮捕された加害男性が事件の経緯や心境をつづった手記「絶歌」(太田出版)には残忍な動物虐待の描写がある。
加害男性は手記で、猫などの小動物を虐殺して快楽を得ていたと吐露。次第に「人を殺してみたい」という願望を抱くようになったとした。
長崎県佐世保市で26年、同級生の女子生徒の首を絞めるなどして殺害し、逮捕された当時15歳の加害女性も事件前、猫の解剖を繰り返し「人間でもやってみたかった」と供述していた。
いずれも「攻撃」の対象が動物から人へ変わったことがうかがえる。筑波大大学院の原田隆之教授(犯罪心理学)は、こうした未成年者による動物虐待について「パーソナリティー障害の可能性が高い」と指摘する。
原田氏は、好奇心からアリやカエルをつぶすといった行為は子供にありがちだとしつつも、躊躇(ちゅうちょ)なく動物に虐待行為を繰り返す場合は「著しい共感性の欠如がみられる人格障害といえる」との見解を示す。
子供の場合、攻撃対象が自分より弱い小動物に向きやすいが、「成長し体力が増すとともに、対象が人間に変わることもあり得る」という。
動物虐待について「内面にため込んだ攻撃性の発散」と分析するのは、凶悪犯罪者の人格形成を研究する桐蔭横浜大の阿部憲仁教授(国際社会病理)だ。
阿部氏によると、人格の土台が形成される0~3歳に保護者から身体的・心理的な虐待を断続的に受けると、子供の精神に甚大な影響を及ぼし、次第に攻撃性を持つようになるという。それはときに性的衝動とも結びつき「動物への虐待で快楽を得て解消するようになる」。
幼少期に受けた虐待の種類や度合いは多岐にわたり、個人差もあるが、「人(保護者)から受けた攻撃(虐待)を小動物で発散し続けていると、最終的に人に向けたくなる傾向がある」と説明する。
阿部氏は、動物虐待の加害者が人にも危害を及ぼした過去の犯罪事例をさらに蓄積する必要があると指摘。その上で「関連性の研究が進めば、動物虐待の段階で被害を食い止める機運が高まったり、加害者に有効な治療をできたり対策を講じることにつながる」と語った。
虐待後の「リスク」共有を
警察庁によると、令和4年に犬や猫、ウサギなどの愛護動物に虐待を加えたとして警察が摘発した事件は全国で166件あり、統計を始めた平成22年(33件)の5倍に上った。
厳罰化の動きも進み、令和2年には改正動物愛護法施行に伴い、殺傷した場合の罰則は「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」から「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」に引き上げられた。
動物虐待への社会的関心が高まる一方、獣医師で帝京科学大の佐伯潤教授(臨床獣医学)は「獣医師や警察、行政関係者の間で、動物虐待の『その後の可能性』が十分に認識されているとは言い難い」と指摘する。
虐待が疑われる動物を診察したり発見したりした獣医師は、同法に基づき行政などへの通報が義務付けられているが、佐伯氏は「証拠がない場合も多く、通報をためらう獣医師もいる」と明かす。だからこそ「虐待の対象が人に変わるリスクもあるという認識を関係機関が共有することが重要だ」と訴え、匿名通報の窓口「アニマルポリス」を自治体が整備するなど対策が求められるとした。(中井芳野)