ペットと同じように常に愛情を持って
「つらい経験は」
「やめたいと思ったことは」
と聞くと、「Never(一度もない)」と
答えてくれたオーウェンさん。
長期に及ぶ試験であれば、愛する動物の
死に直面することもあり、精神的な
ダメージを受けることも
あるのではないかとの問いにも、
動物愛護の規制の中には、
テクニシャンへの配慮もあり、
実際に実験動物が安楽死する場面や、
苦しがっている姿を目にすることは
ほぼないという。
それでもオーウェンさんは現場の
立場として、感情が揺さぶられるような
出来事を一つだけ教えてくれた。
「イヌの52週試験では、最終的には
麻酔薬を投与し、と殺を行って解剖を
行う。自分がつらいというところまでは
いかないが、なんとも言えない気持ちに
なった」。本来なら目にしたくない
光景だが、こうした経験も、「医薬品が
人の健康に寄与し、人々の生活に役立つ
ことを考え、誇りを持って仕事をしようと
思った」とより強い気持ちになったという。
私生活ではインドの蛇を1匹、イヌを
1匹飼っている。「目的を持ってラボで
過ごしている実験動物に対しても、
コンパニオンアニマルと同じように
愛情を持って接している。自分が
管轄している動物がストレスなく
過ごしてくれるのを確認したときに
やりがいを感じる。動物愛護法を
厳守し、医薬品開発を行っている
からこそ、自分の仕事に誇りを
持っている」。
重労働だけどやりがい

左からオーウェンさん、通訳を挟んでマーティンさん
女性テクニシャンの
ジョー・マーティンさん。
エンヴィーゴに入社して25年が経過し、
実験動物の採血や被験物質の投与を
担当している。学生時代の頃は、
動物病院の看護婦になりたかったと
いう。卒業前にキャリアイブニングと
呼ばれる就職説明会に参加し、
エンヴィーゴ
当時ハンティンドンリサーチセンター)
の代表者と話をしたところ、
テクニシャンという職種に出会った。
多くのプロジェクトを受け持った。
医薬品だけではなく、工業製品の成分と
なる化学物質の環境に対する
安全性評価する動物試験も担当し、
「人の健康だけではなく、環境にも
貢献できることが誇りだ」と話す。
とはいえ、テクニシャンの仕事は
重労働で、実験動物の管理は日夜
追われることもあり、家族との時間は
持てなくなることもしばしば。
マーティンさんは、
「夜遅く帰ってきたり、朝早く帰って
きたりすると、子どもと触れ合える
時間が取れないのが厳しいところ」
と言う。
テクニシャンになりたいという
若者にどのようにアドバイスするかを
聞いたところ、「動物が好きであること」
との条件を挙げる。
では、動物が好きだけでテクニシャンの
仕事をやっていけるかと再度質問すると、
ノーと答える。「医薬品開発の目的を
きちんと知り、勤務時間外でも働ける
責任感の強さ、スキルを磨くために自ら
資格を取得する積極性を持った人材で
なければならない」と話す。
マーティンさんが考える
動物愛護とは、「自分のベストを
尽くして動物をお世話し、なるべく
自然な環境で動物が過ごせるように
してあげること」。その上で、
「動物愛護と医薬品開発を並行して
進めていく。それがわたしたちの目標」
と、オーウェンさんと同じように、
“プライド”という言葉を使って、
強い思いを表現してくれた。
英国には支える環境が整う‐
日本は全体的に理解不足
二人が「誇りを持って
動物テクニシャンの仕事を行っている」
と言えるのは、動物試験を支える
社会環境が英国に存在するからだ。
その一つが、動物試験に対する
社会的理解。英国の調査機関が行った
リサーチでは、なんと英国民の8割が、
医薬品開発の動物実験に対して
「規制に準拠し、医薬品開発に
貢献するならば支持する」という
結果が得られている。
そしてテクニシャンのキャリア支援も
整備されている。テクニシャンのスキルに
対して、基準を満たせば段階に応じて
資格を付与する制度も設け、キャリアと
しての可能性も用意されているという。
その一方で日本はどうか。
医薬品開発の効率化が進む中で、
非臨床試験を簡素化する動きが進む。
製薬企業からCROへの外部委託も
加速しているものの、国内CROの
経営基盤は決して安定しているとは
いえず、今後日本で非臨床試験を
どう動かしていくか不透明な状況だ。
治験では、世界先進国という
高い目標を掲げるが、国内での
非臨床試験はどう位置づけるのか。
細胞レベルのインビトロ試験を
代替していく動きが見られるが、
動物試験でなければ化合物の毒性を
評価できないものも多く残されている。
動物試験への理解不足もある。
動物試験に反対する団体と製薬業界の
対話の場はなく、お互いの立場には
隔たりがある。医薬品開発における
動物試験の意義や必要性はあまり
知られておらず、テクニシャンという
仕事も理解されていない。日本にも
多くのテクニシャンが存在し、
それぞれが動物愛護を考え、誇りを
持って仕事に取り組んでいるにも
かかわらず、オーウェンさん、
マーティンさんのように、思いを
主張するのも難しい環境がある。
非臨床試験を支える若い人材も
後に続かない。私立大学で学生向けに
動物実験の実技などを教える教授は、
「動物が好きで入学してくる学生が
多いが、今の非臨床業界は自信を
持って勧められる状況でないのが残念」
と話す。非臨床試験での人材が
枯渇すると、医薬品の安全性は
おぼつかなくなる。
オーウェンさんは、
「英国における社会的な理解、
国の支援、会社や周囲のサポートが
支えになっている」と感謝する。
そして現場の目線から、
「日本も同じ環境になれば、
テクニシャンがプライドを持って、
もっと幸せに働けると思う」との
メッセージを送った。