
入所者の男性に体をなでてもらう生前のかえで。犬用カートに乗って、一人ひとりの足元をまわった=大分市竹矢
人間で言うと100歳近い犬が7月、
がんでこの世を去った。
高齢者施設などに出向いて入所者をいやす
「ふれ合い犬」だった。
6月まで活動を続け、高齢者を笑顔に
し続けた。
6月19日、大分市竹矢の
特別養護老人ホーム。
ゴールデンレトリバーのかえでは
犬用カートに乗り、飼い主の
外川水奈子さん(39)に押されて
やってきた。
輪になって座った入所者たちの足元を
、カートでゆっくりと回っていく。
息が荒く、ほとんどは横たわって
いたが、時折前脚にぐっと力を
入れて体を起こすと、
大きな目で入所者を見上げた。
「具合悪いか。大丈夫か」
入所者のおじいさんに優しく声を
かけてもらい、頭をなでてもらった。
「よかったね」。外川さんがまたなでる。
終わり際、車いすのおじいさんが、
かえでに手を差し出しながら言った。
「お互い元気にね。今度来るときは、
ごちそう用意しとくけんな」
かえでは1998年9月、
外川さんの自宅で生まれた。
一緒に生まれた10匹の中で一番小さくて
控えめだったため、1匹だけ
もらわれずに残った。
外川さんは、犬用の美容室「りあん」
(大分市廻栖野)を運営する傍ら、
引退した盲導犬や介助犬の面倒をみる
NPO法人の代表も務めている。
店で仕事をする日中は、かえでもここで
過ごした。
月に数回、他の引退犬たちと
一緒に高齢者施設に訪問し
、ふれ合い活動に参加していた。
4月、かえでの歯茎に
腫瘍(しゅよう)が見つかった。
5月に摘出手術を受けて調べると、
皮膚がんの一種の悪性黒色腫
(メラノーマ)だとわかった。
それまで元気だったかえでの調子は
、だんだん悪くなった。
体を重そうにして歩き、横たわる時間が
長くなった。
トイレのために引っ張って体を
起こせるよう、胴体には専用の
バンドを巻いた。
勢いよく倒れ込んで頭を
打ちつけないよう、首にドーナツ型の
クッションも付けた。
そんな姿に外川さんは、
「もう施設の訪問には行けないかも」と
感じた。
6月のふれ合い会の当日、
かえでは朝から外川さんのまわりを
ゆっくりとうろついた。
いつもより元気そうな姿に、
外川さんは「行きたがっているかな」と
思った。
約30分の活動を終えたかえでに、
外川さんは顔を近づけた。
「おつかれさま」と言って、
いとおしそうに抱きしめた。
7月に入り、かえでの食欲は落ちた。
お見舞いに人が来ると、少しだけ頭を
上げる程度になった。
苦しそうに息をしながらも懸命に生き、
12日の朝、外川さんのそばで息を
引き取った。
「人が大好きで、いつも訪問を
楽しみにしていた。
最期まで本当によく頑張って
くれて、ありがとう」
(河合達郎)
(朝日新聞 2013年8月3日掲載)