飼育員2人がヒグマに襲われ、
死亡した秋田八幡平クマ牧場
(鹿角市)。
飼われていたヒグマやツキノワグマは
動物愛護法で、人に危害を及ぼす
恐れがある「特定動物」になって
いる。
しかし、1年前の事故当時、
牧場に何頭いて、どこで生まれ、
どう飼われていたのか、行政も
把握できていなかった。
なぜ、このような状況になったのか。
●入場者数年々減少 経営者6人が交代
牧場が開園したのは1987年。
最初は鹿角市の実業家が経営していた。
アラスカ生まれのヒグマなど51頭を
北海道の四つのクマ牧場から購入した
という。
当時を知る地元の男性は
「観光の目玉になるという期待感が
あった」と話す。
90年に3万人あった入場者は年々減り、
6千人前後に低迷。
資金不足や経営者の死去などで経営権は
転々とした。
6人目の経営者が、事故当時の大館市の
造園業長崎貞之進さん(69)だ。
引き継いだのは08年。
「秋田の観光のためと思い、
うまくやれば収入が上がるとも考えた」
経営を始めた時、ツキノワグマ5頭、
ヒグマ43頭がいた。
テレビ出演など話題づくりに取り組んだが、
経営は厳しかった。
従業員の給料支払いも滞り、
クマの飼育にも困った。
長崎さんは「山に放すわけにもいかない。
安楽死にもためらいがあった
。自然に死ぬのを待つしかなかった」。
頭数は年々、減った。
事故直前、牧場にいたのは
ツキノワグマ6頭、ヒグマ27頭。
子グマが生まれたこともあったが、
老衰などで死んだクマを牧場内で
埋葬していた。
飼育許可を出していた県は、頭数の報告や
飼養管理台帳の作成などを
再三指導していたが、改善されることは
なかった。
●各地の殺処分回避へ
最後の「駆け込み寺
八幡平クマ牧場では別の理由で
飼育されていたクマもいた。
捕獲された野生クマの行き場がなくなって
いるからだ。
環境省によると、有害駆除などで
2012年度に捕獲されたのは全国で
3200頭余。
9割以上が殺処分され、山に戻す
「放獣」はわずか数%だ。
事故当時、牧場にいた6頭のツ
キノワグマは、有害駆除などで捕獲されたが、
行き場のないクマだった。
「どこにも引き取ってもらえない。
八幡平は最後の駆け込み寺だった」。
ある自治体の鳥獣保護担当者は打ち明ける。
6頭の中に2歳のクマの姉妹「あいち」と
「とよこ」がいる。
秋田から千キロ。
自動車産業が集まる愛知県豊田市で
10年秋、中心部から車で1時間の山あいの
集落で生け捕りされた。
この年、地元で高級地鶏
「名古屋コーチン」の鶏舎が壊される
被害が相次いだ。
市などが鶏舎脇にわなを仕掛けると、す
ぐに母親グマと、生後間もない
子グマ2頭が入った。
愛知県にはツキノワグマがいないと
されてきた。
県も02年、ツキノワグマを絶滅危惧種に
指定、有害駆除以外の狩猟などの自粛を
求めてきた。
だが近年、目撃例が増え、この親子グマが
県内初の捕獲となった。
鶏舎の経営者(72)は
「本当にいるとは」と驚いた。
困ったのが豊田市環境政策課だ。
「捕まえたものの、どう対処していいか
分からなかった」。
放獣を検討したが、住民の合意が得られない。
絶滅危惧種で殺処分にはためらいもあった。
苦慮した末、市は全国121の動物園や
牧場に受け入れを要請。断られ続ける中
、唯一受け入れに応じてくれたのが
秋田八幡平クマ牧場だった。
●子グマ効果も一時的
ふくらみ続けた赤字

愛知県豊田市で捕獲された「あいち」(手前)と「とよこ」=秋田県提供
愛知県豊田市で捕獲された「あいち」(手前)と「とよこ」=秋田県提供
長崎さんは「親子グマで集客できるかも
しれない」と受け入れを決めた。
豊田市は「放せず、殺せずの中で
大変ありがたかった」。
決定から6時間後、市職員がトラックに
3頭を乗せて出発。
牧場に引き渡した。
母グマはまもなく衰弱死したが、
牧場は、「あいち」と「とよこ」を
PR。
最初の1カ月は入場者が急増、
狙いは当たった。
が、効果は一時的だった。
赤字はふくらみ、「お金はすべて
クマ飼育に吸い取られてしまう。
もう限界だ」。
そんな時に事故は起きた。
牧場は廃業。
「とよこ」と「あいち」は昨秋、
北秋田市の阿仁熊牧場に移った。
残りのクマも今年中に移動する。
動物の展示には、経営者に終生飼育の
努力義務がある。
殺処分は最終手段。
一方で、危険動物を、経営者が経済的に
飼育できなくなった時にどうするかは
想定されていない。
長崎さんは「クマ牧場経営は個人が
できる範囲を超えていた」。
県は環境省に、飼育許可の基準に
「経済的基盤」を加えることを
要望している。
全国のクマ牧場を調査してきた
自然生態写真家の江川正幸さん(59)は
「観光目的の飼育自体が間違っていた。
自然や動物への意識を変えなくては」
と話した。
(大久保貴裕)
(朝日新聞 2013年4月21掲載)