2024年1月に当ブログの記事を訂正し再更新しました。
以下は当時の記録としてご参考までにお読みください。
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さて、息子が2021年6月に突如バタリと倒れこんで、それ以来回復しないまま自宅療養が継続しているわけですが、そうなった大きな引き金があります。
それは、睡眠時間を削った猛勉強でした。
息子は高1に進学する少し前から、難関大学進学を意識し、猛烈に学習量を増やしました。
食事・風呂・睡眠以外は、ずーっと勉強。
現役合格するために、逆算して自分でスケジュールを組み「これを実現するためには、明日は4時起床で勉強だ」とやっていたんです。
1分単位で学習時間を記録し、ゾッとするような学習記録手帳を常に携帯し、学校の友達にも教師にもドン引きされていたそうです(息子談)。
発症直前期は日々の睡眠時間は5時間程度だったと思われます。
私より後に寝ていて、私より先に起きていました。
倒れる1ヶ月前くらいからは、学校から帰宅すると16時から17時まで過眠をとり、また起きてすぐ夜中まで勉強を続けていました。
本人は「自分はちゃんと調べて、睡眠は6時間でいいと分かったから、ジャスト6時間寝るんだ」と言っていました。
この「学校から帰宅したら、いったん倒れ込んですぐ眠り、また起きて活動開始」というは、超危険!警報級レベルの状態なのだと、後に知りました。
この超ストイックに心身を削った生活の果てに突如として破綻し、まさかのロング療養生活となったのです。
睡眠科の医師には「睡眠負債は、借金を返し終わるまでかかるようなもので、長くかかります」と言われました。
息子はおそらく小6くらいから睡眠不足だったと思います。利子ついてるだろうし、かなり長期間返済しなければなりませんね(泣)
息子は、発症後に病院で医師に「病気の原因で思い当たることはない?」と聞かれるたびに、上記のことを説明します。
医師には大抵「え~?それはすごいね。辛くなかったの?」と聞かれます。
息子は「いえ、辛いと感じたことはないんです。親からやれと言われたことではなく、自分で決めて自分の意志でやっていました。自分では無理しているとは全然感じていなかったし、いけると思っていました。自分がどれだけ疲れているか自覚できなかったのだと思います」と答えています。
夫も私も「交感神経」優位なタイプだと思います。
いくつかの感覚過敏があって、常に各種の刺激に対してアンテナが自動的に立ち、生真面目で理想主義です。
容易に覚醒状態が継続してしまうので、二人とも睡眠には苦労しています。
その二人の遺伝子が濃縮して息子にいっちゃった?(泣)という感じです。
現在、夫も私も会社員です。
私自身が学習意欲が高く教育熱心であり、息子には中学受験をさせました(自分自身も中学受験しています)。
息子は育てやすい情緒安定した子で、厳しく叱る必要性もなく健やかに成長しました。
中学受験も標準的な取り組みの末に標準的な結果となり、特段に過酷な状況とまでは言えなかったと認識しています。
家族仲は良好で、何の苦労もなく息子は期待通りに成長していきました。
ただ夫の職業が教育業界なので、息子は自分の進学については早期から意識が高くなっていましたし、私も普通よりずっと教育熱心であれこれ息子に期待をかけてきたと思います。
息子は上記に書いた通り、そもそも極めてストイックに努力する性質です。
そして私のアレルギー体質を引き継いでいます。
こうした素質+環境で、神経破綻へまっしぐらになったんだろうなと思います。
いわゆる「根を詰めたら体を壊すよ」というやつですかね。
昔から言われている表現なんでしょうか、私の祖母が、頑張る私に何度も繰り返し言ってくれたセリフです。
息子が倒れた時、祖母の声が蘇りました。
「そんなに根を詰めたら体を壊すよ」
私がもっとテキトーでグータラだったら・・・いや、大らかにゆったりしていれば、息子は発症しなかったろうな・・・と自分を責める気持ちが湧きます。
でもそれは私に別人になれというくらいのこと・・・私は「根を詰めて体を壊す」人でした。
息子のアレルギー体質、ストイックで真面目な性格を加味し、「慢性疲労症候群」の発生機序から知り得た情報をまとめると
「遺伝的素因を持ったものが、継続して交感神経を稼働した一連のエピソードを機に、体内のアレルギー体質を用いて全身炎症(自己免疫疾患)を起こしてダウン」
というのが、息子の場合の発症メカニズムじゃないかな、と考えています。
発症の原因③へ続く