競 馬 伝 -9ページ目
「余命半年」
もしあなたがこの宣告を
受けたとしたら
残りの時間を
あなたならどう生きますか?
ここにその宣告を受けた男がいた、、
男の職業は医師である
片田舎だが病院と老人ホームを経営し
ここまで順風満帆に生きてきた
少し体の異変に気付いた医師は
胸部のレントゲンを撮ってみた
すると肺の部分が真っ白に写っていた
末期癌である
残り少ない寿命を悟った医師は
妻に打ち明けたのである
「あと数週間しか生きれないだろう」
治療に専念することと
これからのことを相談した
その2日後に病院と老人ホームは
他の人に譲ったのである
男は東京の病院に入院し
治療に専念する
投薬治療によって白い影は
半分になっていた
しかし
医師である男には
余命が延ばされただけとわかっている
「残りの時間をどうしよう、、」
「やりたいことがある、、、」
男は自分の人生を振り返えり考えていた
男には小さい頃からの夢があったのである
それは馬主になって
広い競馬場を走りいく
愛馬を眺めたいという夢だった
何度も何度もその夢を語る、、
家族はその男の我がままを受け入れた、、
しばらくして
春にデビューする予定のある牝馬を
買い求めることができた
男はその牝馬に名前をつけた
「グッバイマイライフ」
それを聞いて
妻である茂子さんが
「彼の人生を全て預けたような名前だ」
と感じた
おそらく男はこの牝馬である
「グッバイマイライフ」に
自分の人生を託したのであろう
初勝利は4戦目だった
騎手は武幸四郎
武豊の弟である
男の夢が叶った、、
同時に元気を取り戻したようであった
しかしその後の
「グッバイマイライフ」号は
5回出走すれど勝てなかった
そんななか故障して
5月、休養に入ることになる
一旦、競走馬が故障すると
復帰するのに時間がかかる
人間でもそうだがリハビリは簡単ではない
ましてや全力で走る競走馬には
時間を要するのは仕方ないところである
一方
医師である男の方の体調も
「グッバイマイライフ」号と
時を同じくして急速に悪化してきた
残り少ない時間を悟った男は
「グッバイマイライフ」号の
調教師に毎日のように電話をする
「馬の走る姿が見たい、、」
「勝てなくてもいい、、」
「走る姿だけでも、、、」
毎日、電話をした
しかし
「グッバイマイライフ」号は
まだ出走できる状態ではない、、
いつしか、、
男の声がもう出なくなっていた、、
男はFAXで自分の気持ちを送信した
医師である男は
「グッバイマイライフ」号に
自分を重ねていたんだろう
「このまま終わりたくない、、、」
FAXには書かれていないが
そう読み取れる、、
「グッバイマイライフ」号を
預かる調教師も状況をくみ取り
出走させることにした
そして10月19日、
病院ではなく自宅で
家族と一緒に
TVで観戦することになった
結果は2着だった
「もう少しだったのになぁ」
家族の一人が言った
男は大喜びである
男だけではない
家族の皆で喜びを分かち合えている
精一杯に走ったのを知っている
故障明けのなか
精一杯、頑張ったのを誰もが知っている
男は自分自身と重ねていたに違いない、、
数日後、
「さらば我が人生」
と名付けた馬主で医師である男は
静かに息をひきとった、、
それから
「さらば我が人生」いや
「グッバイマイライフ」号は
翌年2月に武豊が騎乗して
2勝目を挙げている
通算成績
18戦2勝
男の人生にもう少し時間があれば
馬の名前も変わっていたかもしれない
「グッバイマイライフ」
ではなく
「ハッピーマイライフ」
だったかもしれない
夢の途中で終わるのは
本当に悔しい気持ちで
一杯だっただろうけど、、
精一杯やり切った感もあったであろう
私も
グッバイマイライフと
笑って言いたいものである

私が競馬を興味を持ち始めた頃
名馬といえば誰もが口にするのが
「シンザン」であった
だがそれは書物で見るか
映像で見るぐらいしか
語れる知識はない
数々の記録を打ち立て
戦後、初の3冠馬となり
天皇賞と有馬記念も勝利して
「5冠馬シンザン」
と形容されて呼ばれていた
実際には宝塚記念も勝っているので
6冠馬である
19戦15勝、2着4回
全て連に絡んでいる
素晴らしい実績である
JRAのキャッチフレーズも
「シンザンを越えろ」
となっていた
確かにこの馬には逸話が多すぎる
まず最初に戦績である
デビューから引退レースまで
全てに連続連対しているのだ
19回連続は日本レコードである
ちなみに2番目は
ビワハヤヒデの15連続連対で
あるが全てではない
でもそんなシンザンでも最初から
期待されていた馬ではなかった
シンザンは関西馬である
初めて関東に遠征した時の
スプリングステークスでは
6番人気であった
今から考えると美味しい馬券で
10,6倍も単勝で付いていた
この馬は他のレースでは
単勝の元返しが4回も記録している
100円で買っても100円である
なんの得もない
冷や冷やする気分が味わえるから
スリルが好きな人には良いだろうが
私は好きでも買いたくない
シンザンは走る毎に強くなっていき
3冠目の菊花賞の時には
京都競馬場の入場者数と売り上げの
レコードを更新する人気者になっていた
そしてこの馬の蹄鉄だが
「シンザン鉄」と言って
特注で作られいて重さも通常の
2倍もあるもので調教していた
それはこの馬の脚力を語るのにも
分かるぐらいに蹄鉄の減るのが
早かったからである
普通の競走馬なら3週間ぐらいもつ
のだがシンザンは2週間と持たないのである
それだけ脚力が強くなっていたのだが
強すぎて前脚にあたりケガ防止のためにも
特注の蹄鉄をしていたという
シンザンは強いだけではなく
利口でもあったそうである
ゴールを知っていたらしく
ゴール板を過ぎると急に脚を緩めるらしく
省エネに徹していたらしいのである
負けた4回の2着はそうした
省エネの走法だったらしいが
ここ1番では必ず勝利した
こうして戦後初の3冠を達成させ
古馬となってからも
宝塚記念、天皇賞と勝利を重ね
最後に有馬記念を勝利して
引退したのであった
この馬は引退してからも凄かったのである
沢山の活躍した産駒を作り続けて
海外種牡馬の多いなかでも
7回も種牡馬ランキングトップ10に
入りこみ内国産馬に貢献したのである
そして極めつけは長寿記録であった
最近までその記録は保たれていたが
36歳までと長生きをして
テンポイントと同じ2頭目の
土葬で盛大に行われた
その功績は今もなお
正月に行われる
「シンザン記念」
として讃え「神馬」と称し
その走りは「ナタの切れ味」と
形容された
「馬が合う」何気によく使う言葉である
馬が合うとは、気がよく合う
意気投合するという意味だろう
元々は騎手と馬の呼吸が合って
よく走れる様子からきているようだ
でも大概の場合、気に入った人とか
異性に対して気持ちが通ずるとか
特別な間柄の表現として使うことの
方が多いのではないかと思う
私の場合は人ではなく物に対しても
よく使う
長く競馬を観ていると
不思議と新馬戦から見た時に
気になる馬に出会うことがある
そしてそれは馬だけでなく騎手にも
同じことがいえる
関東でよく馬券と気が合うのは
横山騎手に蛯名騎手、田辺騎手
以前は後藤騎手が好きだったので
彼が騎乗する馬は常に買っていた
人気のない馬を連れてくるのが上手だった
関西では福永騎手、和田騎手、松山騎手
そして一番合うのは池添騎手である
昔なら田原成貴が断然だった
これはあくまでも馬券の相性がいいと
言ってるだけで成績とは関係ない
たまたまこの馬がいいなと思って
鞍上をみたら上記の騎手だったことが多い
私は基本、本命戦はあまり買わないので
どうしてもルメール騎手、武豊騎手、
川田騎手等はいつも1番人気なので
買っても配当が期待しづらいので
2着、3着の人気のない馬を狙いにいく
迷った時は騎手で買うこともあるし
数字で買うことも結構ある
馬好きの私が言うのもなんだが
数字の足し算、引き算で決着すること
が多々あるのである
実際に私が良い思いをした時の
番号をみると不思議と縁のある番号に
なっていることがあるのだ
これも馬が合うことの1つかな
いずれにしても「馬が合う」ことは
人にしても物にしてもいいことだ
これからは「人生に馬が合う」
ちょっと聞いたことない言葉だけど
「健康に馬が合う」
そして
「お金にも馬が合う」ようにしたいものだ
一生、付き合うわけだから
「馬が合う」て楽しいよね

少頭数ながらいいメンバーが揃った
前日の雨で緩い馬場が
どうでるかだが
この距離でこのメンバーなら
④のグローリーヴェイズが
押し切るであろう
相手は⑩のポタジェと
3冠牝馬①のデアリングダクトである
3着狙いに②のサンレイポケットが怖い
そして大穴は⑧のペルシアンナイトである
3着なら十分に狙える
買い方は3連単2頭軸マルチか
3連単フォーメーションで悩んでいるが
まだ決まらない、、、

阪神競馬予想
1R
⑯ ⇒ ⑭、②、①、⑬、⑤、⑦
2R
④ ⇒ ②、③、⑥、⑧
3R
⑯ ⇒ ⑭、⑪、⑥、④、⑦、⑧
4R
⑥ ⇒ ④、⑦、①、③
5R
⑬ ⇒ ⑨、⑯、②、⑥、⑮、⑧
6R
⑦ ⇒ ⑥、③、①
7R
② ⇒ ①、⑭、⑯、⑪、⑫、⑬
8R
⑨ ⇒ ⑤、③、⑦、④
9R
② ⇒ ④、⑥、⑤
10R
⑥ ⇒ ⑤、⑧、⑨、⑦、⑩
11R
⑯ ⇒ ⑧、⑨、⑪、⑤、⑬、③
12R
⑭ ⇒ ⑨、⑪、⑧、⑫、⑬、⑥
3連単、3連複、馬単、馬連の予想です

中山競馬予想
1R
⑭ ⇒ ⑯、①、⑤、⑬、⑦、②
2R
⑦ ⇒ ③、⑧、⑬、⑫、⑩、⑨
3R
⑬ ⇒ ⑭、⑦、⑩、⑪、②、⑨
4R
⑩ ⇒ ②、①、③、⑪、⑤、⑬
5R
⑮ ⇒ ⑥、①、⑬、③、⑪、②
6R
⑩ ⇒ ⑥、①、②、⑨、⑤、⑧
7R
⑦ ⇒ ⑥、⑬、③、⑧、⑮、⑤
8R
⑩ ⇒ ⑫、⑧、⑤、⑪、④、⑨
9R
⑪ ⇒ ⑨、⑧、⑦、②、⑩
10R
⑫ ⇒ ⑧、⑨、⑤、①、⑭、④
11R
⑤ ⇒ ⑬、⑧、④、⑦、⑥、⑮
12R
⑦ ⇒ ⑬、⑫、⑩、②、⑯、⑧
3連複、馬単、馬連の予想です

阪神競馬
1R
⑥ ⇒ ⑦、④、⑧、⑤
2R
④ ⇒ ⑤、⑭、⑧、⑨、⑮、①
3R
⑦ ⇒ ⑧、④、⑤、②
4R
② ⇒ ⑨、⑮、⑩、⑪、⑭、⑬
5R
⑫ ⇒ ⑤、③、⑥、⑩、⑦、⑬
6R
⑦ ⇒ ⑥、⑨、④、②
7R
⑧ ⇒ ③、②、④、①
8R
④ ⇒ ②、⑥、⑤、①
9R
⑨ ⇒ ⑦、⑧、⑥、②、⑤
10R
⑩ ⇒ ①、⑨、③、⑤
11R
⑨ ⇒ ⑫、⑧、②、⑦、⑭、⑮
12R
① ⇒ ③、⑧、⑨、②
3連単、3連複、馬単、馬連の予想です
中山競馬予想
1R
② ⇒ ③、⑧、④、⑤、⑫、⑨
2R
⑮ ⇒ ⑬、⑫、⑪、②、①、③
3R
⑤ ⇒ ④、⑧、⑩、⑨、⑪、⑬
4R
④ ⇒ ①、⑧、②、⑨、⑬、⑦
5R
⑧ ⇒ ②、⑥、⑨、⑫、⑤、⑪
6R
⑯ ⇒ ⑪、⑨、②、⑩、③、①
7R
⑩ ⇒ ⑥、④、⑨、②、①、⑪
8R
⑩ ⇒ ⑫、⑪、⑯、⑮、⑭、⑨
9R
⑬ ⇒ ⑪、③、④、⑭、⑧、⑤
10R
① ⇒ ⑮、⑫、⑭、⑥、④、⑩
11R 中山牝馬ステークス
⑬ ⇒ ⑤、②、⑨、③、⑪、⑭
12R
③ ⇒ ⑦、⑤、⑥、⑩、①、⑫
3連複、馬単、馬連、ワイドの予想です

去年の熱い夏の日のことである
突然、そのニュースが入ってきた
ここは北海道の十勝である
避暑地にはもってこいだがそれでも暑い
そのニュースは聞く人びとを驚かせた
第1レースに出走予定の
「タケノセーイコー」が
前日に出産のために出走取消となった
前代未聞のニュースが流れた
「はっ?」
「出走する前日に出産?」
「どういうこと?!」
あり得ない事である
普通、競走馬は各馬房に1頭ずつ
分けられている
競走馬同士が接触することはない
馬房からは顔を出せる程度である
隣の馬房にいる馬とひそひそ話は
出来ても情事はあり得ないだろう
馬の妊娠期間は普通人間より
少し長く約11カ月である
そうすると去年の秋頃に牧場で
ただならぬ関係を持ったことになる
この「タケノセーイコー」は
まだ3歳である
去年だと2歳になるが
人間でいえば女子中学生ぐらい
だと言われている
きっと牧場でハンサムで筋骨隆々の
牡馬に口説かれその気になったんだろう
アスリートにはよくあることかもしれない
オリンピック村では大量の
コンドームが配られるという
朝にはその使用したものが
あちらこちらに落ちているという
アスリートにはひとつのスポーツかもしれない
鍛えられた肉体同士である
誰もいないこの緑いっぱいの広い牧場で
その気になったんであろう
世間知らずの「タケノセーイコー号」は
まだ恋を夢見る乙女だったに違いない
その乙女がいきなり母親に
なったのである
秋の昼下がりの情事だったんだろう
またその兆候に厩務員、調教師に騎手
馬主も誰もが気付かなかったという
出産して初めて仔馬を産んだと
知ったというではないか
その日、厩務員が仔馬がいることを
見つけて、その母馬である
「タケノセーイコ―号」が
寄り添っていたのでわかったらしい
ということは妊娠中に調教を受けて
その訓練にも頑張っていたのだ
さぞ身重の身では大変だったと思う
8月3日にデビューしたのだが
最後の障害を越えることが
出来なかったという
それはそうだろう
出産間近でレースに出るなんて
ありえないだろう
「タケノセーイコー号」は
このことは誰にも言えずに、
いや、分かってもらえずに
孤独の状況のなか
厩舎の馬房でひっそりと産んだのである
そして競走馬となるのは棄てて
新米ママとして育児の道を選んだらしい
しかし父親が不明である
父親が不明だと競走馬としては
登録されないのである
この仔馬も
競走馬にはなれない運命である
大事に育てられることを
ただ願うものである

その馬は突然に現れた
今日は東京優駿ダービーである
サラブレッドが目指す最高峰のレースである
突然に現れたその馬はこのダービーの
出馬表になんとか名前を記することに
間に合ったのである
「出走できる」
それだけでも大変な名誉なことである
ギリギリ間に合ったのには理由がある
極めて体質が弱く、輸送するだけで肺炎を
起こしたり、熱が出たりした
予定が立たないのである
したがってデビュー戦は遅れて
年明けの1月5日、3歳になってからの
デビューとなった
とにかく体が弱い
競走馬は競馬場へ向かう為に
馬運車に乗って輸送する
レース前の輸送中の段階で熱が出て
レースどころではなくなるのである
この様な馬は呼吸器系が弱く発熱が続くと
肺炎やさらに競争生命まで奪われることがある
陣営は満を持した
デビュー戦は人気に応えて優勝した
目標はあくまでもダービーである
間隔を取っての2戦目も勝利した
賞金加算でクラッシックの
皐月賞への権利を得たが
体調を考えて回避した
目標はダービーだ
ダービーに出るにはもう少し賞金を
加算しないと出走権利が確実にはならない
トライアルレースに出ることに決めた
舞台は東京だ
レースに出走するために東京へ
その向かう輸送中にまたもや発熱する
中止となった
これで夢にまで見た日本ダービーへの
出走が危ぶまれた
もう祈るしか道はない
その祈りが通じたのか
ダービーの出走権を得た
まだ2戦しか経験のないこの
馬にとってライバルは皆だ
ライバルを見渡すと強豪が勢ぞろいである
中でもサンデーサイレンスの若武者が
4頭も出ている
1番人気はダンスインザダーク
2番人気はロイヤルタッチ
3番人気は皐月賞馬イシノサンデー
風のように現れたこの馬はライバルを
1頭に絞り込んだ
勝つにはそれしかない
それはダンスインザダークを徹底的に
マークして戦うことである
この日、風の馬のコンデションは最高だった
そしてファンファーレが鳴り、スタートした
ダンスインザダークはスタートも決まり
絶好位の4,5番手につけている
風の馬の騎手、藤田はその後ろにつける
そして4角を周るところで進路が塞がり
ダンスインザダークに離されるが
直線にはいった中頃で
アナウンサーが叫ぶ
「先頭はダンスインザダーク、外から」
「外から、音速の末脚が炸裂する~」
さらに
「常識を外れた馬がやってきた~」
「優勝はフサイチコンコルド」
そうである
たったの3戦目でダービーを制覇したのは
戦後初の快挙となった
しかしその後も体質の弱さは変わらず
調整が出来ないまま菊花賞に出走
ダンスインザダークに負け3着となり
復帰出来ないままターフを去った
京都競馬場にひとつの爽風が吹いた
ー 風と共に去りぬ ―

