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競 馬 伝

競馬も人生もおもしろい!

おもしろく生きよう~!!

そんな競馬と人生について語ります。

3月27日土曜の深夜、ドバイで国際競争GⅠが

 

1日で4レースも行われた

 

どれもこれも高額賞金だけに驚く

 

ドバイワールドカップは

 

なんと1着賞金が7億円を越えるというから

 

ただ驚愕するばかりである

 

高額賞金には仰天するが

 

肝心の出走メンバーは

 

この程度なのかと感じる

 

ベストメンバーが揃ってないのが

 

残念である

 

日本馬は遠征とこのコロナ禍で

 

よく頑張ったほうだろう

 

クロノジェネシスには

 

あの程度のメンバーなら

 

ぶっちぎって欲しかったが

 

北村友一騎手も慣れてないぶん

 

取りこぼした感がある

 

宝塚記念と有馬記念の

 

ドリームレースを連破した

 

その最強馬が

 

競って負けたのには

 

牝馬なのか

 

なにか惜しい気がする

 

このような国際競走は

 

いつまで続くのだろうか

 

近未来、オイルマネーにも

 

翳りがくるに違いない

 

それはそうと

 

どこの国の競走馬が

 

その年の一番の最強馬なのかを

 

決めるレースが見てみたい

 

最近では外国馬も日本には来なくなった

 

それだけ日本馬が強くなった証でもある

 

私は第1回のジャパンカップから

 

観戦しているが当時は本当に

 

興奮したのを覚えている

 

第1回は米国の牝馬「メアジードーツ」が

 

レコードタイムで優勝したのである

 

しかしこの勝利の裏には米国による

 

駆け引きがあったのである

 

それは東京競馬場の

 

「芝に水をたっぷりと含ませろ」

 

という要求であった

 

良馬場にも拘わらず日本中央競馬会は

 

参加辞退を畏れるが為に、水をまき

 

芝をソフトになるようにしたのだった

 

中央競馬会もなめられたもんだ

 

「郷に入っては郷に従え」だと思う

 

来日した米国馬は2選級ではあるが

 

ソフトな馬場が得意な様子である

 

迎え撃つ日本勢は当時の最高峰であったが

 

ソフトなコンデションは得意ではなかった

 

この結果をみた日本の競馬関係者並びに

 

ファンのショックは計り知れないものだった

 

私もホームのレースで惨敗だっただけに

 

おおきく失望したのを覚えている

 

そして第2回は世界のNO1ホースと

 

呼ばれた馬が来日したのである

 

この時のこともよく覚えている

 

その馬の名は

 

「ジョンヘンリー」である

 

名実共に世界NO1の馬

 

来日が決定してからは毎日のように

 

新聞で、またTVでも取り上げていた

 

このジョンヘンリーの獲得賞金は

 

当時の金額にしても9億円以上稼いでいた

 

今にしたらその3倍以上はあるだろう

 

そんな世界NO1が来るとワクワクしていたが

 

実はこの馬には何とも言えない

 

「陰の部分」があったのだ

 

この「ジョンヘンリー」出生した時は

 

全く期待されておらず、わずか30万円ほどで

 

取引され気性が悪いという事で

 

「去勢」された

 

そして馬主も転々と変わったのだ

 

ところがニューヨークからサンフランシスコに

 

本拠地を移してからこの馬が

 

激変しだしたのである

 

連戦連勝!!

 

あっという間に数々の名馬が作り上げた

 

記録を塗り替えたのである

 

米国の年度代表馬にも選出されて

 

今回の「ジャパンカップ」に来たのだ

 

私はこのジャパンカップを特集した雑誌を

 

何度も読み漁った覚えがある

 

作家の寺山修司が話していた

 

「ジョンヘンリー」の名前の由来であるが

 

「ジョンヘンリー」とはある黒人の労働者の

 

代名詞として有名な人物に由来している

 

産業革命で労働者が不用になりかけている所に

 

この黒人の労働者は自分たちの

 

労働を確保するために「ジョンヘンリー」は

 

立ち上がる

 

「自分はハンマー使いの鉄人」である

 

機械には負けられない

 

蒸気機械と優劣を決めるために

 

必死にハンマーを振りかざして

 

蒸気ハンマーに勝利したのだった

 

しかしその後

 

心臓発作で亡くなるのである

 

死を賭けて労働を守り抜く

 

そういう話だった

 

そういえば合点がいく

 

この来日した「ジョンヘンリー」は

 

もう7歳馬であった

 

通常なら種牡馬として第2の生き方に入るのだが

 

この馬は去勢手術を受けているために

 

一生、競走馬として走る運命なのか、、、

 

この世界NO1の馬が気の毒になったのを

 

覚えている

 

そしてこのジャパンカップは

 

もちろん1番人気だっが13着と振るわなかった

 

その後、米国で9歳の時にまたしても

 

年度代表馬に選ばれて活躍したが

 

10歳まで競走馬として走りぬいたのである

 

日本でも地方競馬に行くとたまにいるが

 

良かったのは引退後に引き取りたいと

 

沢山の施設から依頼があったことだ

 

「ジョンヘンリー」は長生きをし

 

2007年10月に亡くなった

 

32歳であった

 

 

 

 

中山競馬

 

1R

⑧ ⇒ ③、⑨、⑦、②、⑯、④

 

2R

⑮ ⇒ ①、④、⑨、⑩、⑫、⑭

 

3R

⑨ ⇒ ⑫、⑯、⑭、⑬、⑪、⑦

 

4R

③ ⇒ ⑧、⑦、⑤、①

 

5R

⑩ ⇒ ⑥、⑪、⑨、①、⑮、⑯

 

6R

⑪ ⇒ ①、⑧、⑯、⑨、⑩、⑮

 

7R

⑩ ⇒ ⑨、⑤、①、⑧、⑫、⑥

 

8R

⑧ ⇒ ⑦、⑥、④、⑤

 

9R

⑩ ⇒ ⑦、⑨、②、⑧、⑤

 

10R

③ ⇒ ⑩、⑦、②、⑨、⑤

 

11R

⑥ ⇒ ⑧、⑫、⑪、⑦、⑨、⑬

 

12R

⑤ ⇒ ⑮、⑫、⑪、⑧、④、⑭

 

マルチ3連単、マルチ馬単、3連複、馬連の予想です

 

 

阪神競馬

 

1R

① ⇒ ④、⑤、③、⑪、⑦、⑥

 

2R

⑭ ⇒ ⑯、⑪、②、⑰、⑩、⑧

 

3R

⑪ ⇒ ⑦、⑧、③、⑥、⑤、①

 

4R

⑤ ⇒ ④、⑩、⑪、⑦、①

 

5R

⑨ ⇒ ⑧、①、⑤、④、⑦、⑩

 

6R

④ ⇒ ⑧、⑨、⑭、②、⑦、⑩

 

7R

③ ⇒ ⑥、⑤、⑧、⑨、⑦

 

8R

③ ⇒ ⑧、⑨、⑪、⑫、①

 

9R

⑨ ⇒ ⑤、④、⑥、⑧、③

 

10R

⑥ ⇒ ⑨、⑧、⑩、⑪、⑤

 

11R 毎日杯

⑥ ⇒ ⑦、④、①、⑤、⑨

 

12R

⑩ ⇒ ④、⑪、②、⑭、⑨、⑦

 

マルチ3連単、マルチ馬単、3連複、馬連の予想です

 

 

 

 

 

中山競馬予想

 

1R

⑦ ⇒ ②、⑨、⑭、⑧、④、③

 

2R

⑧ ⇒ ⑦、⑭、⑮、⑬、④、⑩

 

3R

⑤ ⇒ ⑥、⑭、⑮、④、①、⑩

 

4R

⑪ ⇒ ⑩、⑤、⑧、⑦、⑫、⑥

 

5R

⑩ ⇒ ⑤、⑦、⑨、②、①

 

6R

⑦ ⇒ ②、③、⑤、①

 

7R

⑯ ⇒ ⑬、⑪、⑨、⑦、⑥、⑤

 

8R

⑮ ⇒ ⑥、⑧、⑭、⑫、⑨、④

 

9R

⑪ ⇒ ①、⑯、⑥、③、⑭、⑩

 

10R

⑥ ⇒ ②、⑭、⑫、⑬、⑦、⑨

 

11R

⑦ ⇒ ②、⑫、⑬、④、⑤、⑧

 

12R

⑩ ⇒ ⑪、⑥、⑤、①、⑧

 

マルチ3連単、マルチ馬単、3連複、馬連の予想です

 

 

 

「キーストン」て知っているだろうか

 

アメリカのN.Yとペンシルベニアを結ぶ

 

超特急の汽車の名前である

 

その超特急の名を馬に付けていた

 

競走馬の話しである

 

そのキーストンのデビューは実に

 

華やかなものだった

 

初戦を10馬身差で圧勝

 

その後5連勝してその内レコード勝利が3つ

 

超特急の名に相応しいスピードだった

 

このキーストンを語るには外せない

 

良きライバルがいた

 

その名も「ダイコーター」

 

この2頭はこれから死闘を繰り広げるのである

 

キーストンはスピードが身上の馬だけに

 

距離に対して不安があると見られていた

 

それに対してダイコーターは

 

距離が伸びてこその馬であった

 

そしてこの話しを語るに

 

このキーストンに騎乗している山本庄司と

 

ダイコーターに騎乗している栗田勝騎手の

 

二人の騎手も大いに関係しているのである

 

山本騎手にとって栗田騎手は兄弟子である

 

二人は同じ厩舎の所属だったが

 

良い馬に恵まれない騎手だった山本騎手が

 

新天地を求めて

 

他の厩舎に移籍した

 

このまだ未知であった「キーストン」と

 

ここで出会ったのであった

 

キーストンが走る馬だとは

 

まだ誰も知らない

 

調教の練習で山本騎手が見出したのである

 

そして昼夜を共にしたキーストンと山本騎手は

 

まさしく人馬一体となってここまで来たのであった

 

皐月賞の前哨戦

 

スプリングステークス1800m

 

2頭の戦いとなったが、ダイコーターの勝利となり

 

キーストンにはやはり距離の壁があると

 

思われたレースとなった

 

そして迎えた皐月賞、20頭、2000m

 

ダイコーターが圧倒的1番人気

 

離れた2番人気にキーストン

 

しかしレースはダイコーターが2着となり

 

キーストンは14着と惨敗した

 

だがキーストンの馬主は

 

負けたのは未熟な騎手の所為ではないかと

 

騎手の交代を示唆したのだった

 

これを聞いた元厩舎の調教師武田文吾が

 

馬主のいる東京まで出向き

 

このまま山本騎手に騎乗出来るように

 

説得に行ったのであった

 

本来ならば自分の厩舎を

 

飛び出した新人騎手を

 

そこまでかばう必要はないが

 

武田はやっとつかんだ山本騎手の

 

将来を案じたのだろう

 

本当に武田という調教師は

 

面倒見のいい男だった

 

そしてキーストンと山本騎手とのコンビは

 

さらに絆が深まり信頼関係を強くした

 

絆を強く持った人馬は次のレースを勝利して

 

迎えたのは日本ダービである

 

東京優駿22頭、2400m

 

またしても1番人気はダイコーター

 

復活した人馬のキーストンは2番人気

 

レースは雨の不良馬場のなかスタートした

 

キーストンは雨のなか先頭で逃げた

 

ひたすらに逃げたのである

 

そして直線に入ってもキーストンは

 

止まらない、逃げる、逃げる、、、

 

追いかけるダイコーター

 

ただ1頭、泥を浴びずに綺麗なままの

 

キーストンが逃げ切り優勝した

 

その後人馬はさらにパワーアップして

 

菊花賞までに3連勝とした

 

ライバルのダイコーターも3連勝で来ていた

 

迎えた菊花賞18頭、3000m

 

1番人気はダイコーターである

 

2番人気はキーストン

 

2頭の死闘の闘いは最後の直線にまで続く

 

ゴール寸前まで2頭の叩き合いとなったが

 

最後にダイコーターが少し出て優勝した

 

しかし翌年以降ダイコーターは不振に陥り

 

復活することなく引退をした

 

激闘の疲れなのかキーストンも不振に陥り

 

長い休養生活に入り復活にかけた

 

そして復帰した2戦目から4連勝を挙げた

 

キーストンと山本騎手との固い絆は

 

もう誰もが認めるところとなっていた

 

そして運命の日

 

地元の阪神大賞典3100mに出走した

 

5頭立てのレースで楽勝と思われていた

 

最後の直線でラストスパートをし始めた

 

 

その時である

 

 

キーストンは急に前のめりになり

 

山本騎手は前に振り落され

 

強打して脳震盪を起こし

 

意識を失ったまま、、

 

動かなかったのである

 

場内は騒然となりアナウンサーも

 

動転として実況していた

 

そしてキーストンも

 

その勢いで転倒したが

 

すぐに起き上がったのである

 

倒れこんでいる山本騎手の方に

 

歩み寄るのだが、、

 

様子がおかしい、、

 

真っすぐに立てないでいる、、

 

見ると、、

 

左前脚がブラリとしている、、

 

脚は皮だけで繋がっていた、、

 

懸命に歩こうと、、

 

3本の脚で歩み寄る、、

 

真っすぐに歩けない、、

 

フラフラとしながら、、

 

一歩、一歩と

 

なおも全身を使いながら

 

歩み寄る、、

 

痛みで身体が震えているのに、、

 

そして倒れた騎手を気遣うように

 

顔を近づけた、、

 

意識の戻った騎手は

 

自分の所に戻って来た

 

キーストンの顔を胸で抱きしめる

 

キーストンは甘えるように

 

顔を何度も、何度も擦りつける、、

 

全身を震わせながら、、

 

それはもう、、

 

別れを惜しむように、、

 

何度も、何度も

 

激痛があるはずなのに、、

 

誰の眼でも、

 

その痛みがみえる、、

 

観衆はその人馬の

 

互いに思いやる気持ちを

 

静かに、静かに見守っていた、、

 

こんなことがあるのだろうか、、

 

人と人との絆があるように

 

馬と人にも強い絆があった

 

生きるものの愛は

 

本当にただ無償の愛である

 

 

「キーストン」

 

君はペンシルベニアの

 

超特急のように去った、、

 

絆という文字を人の心に残して、、

 

生涯成績25戦18勝

 

   ー  絆  ―

 

この動画は是非見てほしい

 

 

 

 

 

戦後初の3冠馬が誕生した話は

 

先日のシンザンのところで

 

ふれたが、その後はなかなか

 

現れなかったのである

 

シンザンの前に3冠馬となったのは

 

1941年の「セントライト」

 

1頭だけである

 

その功績を称えて

 

「セントライト記念」が

 

菊花賞への関門レースとしてある

 

そのセントライトが

 

シンザンから23年前のことであった

 

そしてそのシンザンから19年後に

 

私は新たなる3冠馬を

 

目の当たりにしたのである

 

この19年振りの3冠馬はちょっと違う

 

やはり3冠馬となる馬はなにもかも

 

桁外れな馬でないと

 

なれないのだろうと思う

 

また他の3冠馬と異なるのは

 

この世代の馬たちが強かったことである

 

名前をあげると

 

日本で最初のジャパンカップを

 

勝利した「カツラギエース」

 

今の3歳馬で有馬記念を

 

勝利した「リードホーユー」

 

超快速馬「ニホンピロウイナー」

 

堅実馬「スズカコバン」

 

女王「ダイナカール」

 

桜女王「シャダイソフィア」

 

未完の大器「メジロモンス二ー」等

 

個性のある強い同世代がいたのである

 

しかし個性ならこの馬の右に出る

 

馬はいないだろう

 

それほど強烈な馬だった

 

この馬の父親は一世風靡した

 

「トウショウボーイ」である

 

母親も重賞を3勝した

 

「シービークイン」である

 

面白いのはこの両親は

 

同じ新馬戦で共に戦っている

 

この馬の戦法は超追い込みである

 

いつも最後方からついていき

 

3角辺りから捲りぎみに追い上げ

 

直線でさらに突き放す

 

勝てば豪快な走り方に見えるから

 

誰もが圧倒される

 

でもその圧倒的な強さに

 

最後方から追い込む必要があるのかと

 

いつも不安視され

 

批判的な意見も多かったのである

 

だが騎手の吉永正人はこの戦法を

 

頑として変えなかったのである

 

彼にはこの馬の気性を分っていた

 

一番の理解者でもあった

 

それは自分の人生とも重ねて

 

いたのかもしれない

 

牧場の次男として生まれ

 

早くから騎手になるように

 

命じられて育ち

 

厳格な父親のもとで中学校卒業と

 

同時にこの松山厩舎に門下生として

 

騎手を目指してきた男だった

 

愚直で不器用な人間なんだろう

 

人に迷惑を掛けてまではやりたくないと

 

言ってこんな極端な戦法しか

 

とらなかったのである

 

そんな気性がこの出遅れ癖のある馬と

 

ピタッと息があったのであろう

 

この競馬史上3頭目の3冠馬の名前は

 

「ミスターシービー」である

 

この名コンビはデビューから引退まで

 

同じ騎手が手綱を握った最初の

 

3冠馬である

 

私はこの3冠馬となった当日、

 

京都競馬場の4角スタンドにいた

 

いつも競馬ファンの友人が集まる

 

場所である

 

このスタンドからの眺めは最高である

 

4角から直線に入った所なので

 

どの馬が最後の力を振り絞り

 

決め脚を発揮するのかが

 

上からだとよく観えるのである

 

難点は一つ

 

ゴール付近の接戦は

 

全然わからないことである

 

だがこの日の

 

「ミスターシービー」は違った

 

4角で早々と先頭に立っていた

 

もう他馬とは残りのスタミナと

 

力が全然、比べようがないほど

 

違って見えたのである

 

3冠馬とはこういうものなんだ

 

とつくづく思った次第であった

 

テンポイントの仔がいれば

 

このミスターシービーと張り合って

 

いただろうなぁと

 

一人思いを巡らせていた

 

どっちもMr.だなぁと、、、

 

しかし今日はトウショウボーイの

 

産駒である

 

実にその精悍な顔の両者

 

「吉永騎手とミスターシービー」

 

京都競馬場でその雄姿を観たのである

 

19年振りの偉業達成は本当に

 

凄いものであった

 

 

 

 

 

昨日のWIN5は惜しかった~

 

4レース目と5レース目を1点で勝負したのが

 

明暗を分けた

 

3レース目も1点でいったので

 

その分を廻していたら、、

 

的中者の一人になっていたのに、、

 

タラレバだが思案のなかに

 

あっただけに残念である、、

 

15、615、390円かぁ

 

アリストテレスとボーデンが

 

いつものコース取りで外を周って

 

いたら結果は違っていたと思う

 

そもそもルメール騎手と川田騎手の

 

騎乗に納得がいかない

 

昨日は不良馬場である

 

その一番悪い内コースを走ったのが

 

力が出せなかった原因だろう

 

経済コースは分かるが

 

昨日は内から伸びた馬はいない

 

特に中山の芝馬場の勝ち馬は

 

ほとんどが向こう正面でも

 

外々を走っていた

 

しかし残念ながら

 

両者は内々の不良馬場で

 

体力を消耗して

 

直線で外に出す作戦では

 

もう脚が残っていなかった

 

良馬場なら力の違いは

 

はっきりしているのは明白である

 

馬場が悪ければ騎手の

 

一流といわれる腕をみせて

 

欲しかったものである

 

先日、「馬があう」で述べたように

 

最も好きな騎手の二人

 

和田竜二騎手と池添謙一騎手が

 

それぞれの勝利を手中にした

 

実況を見ていて

 

実に判断が良いと感じた

 

なんか愚痴っぽくなってきたが

 

強い馬はどんな馬場でも強いと

 

信じている

 

名馬は皆そうであった

 

それほどあの2頭には

 

名馬になれる強い馬だと

 

みていたのだが残念である

 

今後の奮起を期待したい

 

私もそれを見越して予想の

 

判断にしないといけないと

 

反省するばかりである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

WIN5予想

 

WIN1レース目阪神10レース

①、②、⑨、⑫、⑭

 

WIN2レース目中山10レース

①、②、④、⑤、⑬、⑯

 

WIN3レース目中京11レース

④、⑤、⑮

 

WIN4レース目阪神大賞典GⅡ

 

WIN5レース目中山スプリングステークスGⅡ

 

単勝、馬単予想です

 

 

中山競馬予想

 

1R

④ ⇒ ⑥、②、⑩、③、⑨、⑤

 

2R

⑦ ⇒ ⑥,⑪、①、②、⑨、⑩

 

3R

① ⇒ ⑤、⑨、③、②、⑫、⑦

 

4R

⑭ ⇒ ⑥、①、⑨、⑩、③、⑦

 

5R

① ⇒ ②、⑥、⑧、⑪、④、⑬

 

6R

④ ⇒ ⑨、⑩、②、⑪、⑫、⑮

 

7R

⑯ ⇒ ⑥、⑨、③、②、⑭、④

 

8R

① ⇒ ③、⑩、⑥、⑧、④、⑦

 

9R

⑭ ⇒ ⑮、⑫、④、⑤、③、⑧

 

10R

⑯ ⇒ ②、⑤、①、④、⑬、⑮

 

11R

⑩ ⇒ ①、⑭、⑥、⑪、④、⑨

 

12R

⑫ ⇒ ⑪、①、③、②、⑦、⑤

 

マルチ3連単、3連複、馬単、馬連の予想です

 

 

 

マイネル軍団の総帥 岡田繫幸氏が

 

誕生日の今日、3月19日に亡くなられた

 

優れた相馬眼の持ち主で

 

TVでも馬の能力の見方など

 

1頭、1頭の馬体、血統についての

 

コメントとか解説には

 

本当に鋭いものがある人であった

 

競馬界においてもまた一つ

 

輝かしい巨星が墜つることになった

 

ご冥福をお祈り申し上げます

 

 

中山競馬予想

 

1R

⑧ ⇒ ⑯、⑭、⑩、①、⑪、②

 

2R

⑫ ⇒ ④、⑦、③、①、⑬、⑥

 

3R

① ⇒ ⑪、④、⑬、⑭、②、⑥

 

4R

⑫ ⇒ ⑩、⑭、⑮、⑧、⑨、⑬

 

5R

② ⇒ ④、⑤、⑨、⑪、⑮、⑭

 

6R

③ ⇒ ⑦、⑧、⑨、②、⑩、⑫

 

7R

⑬ ⇒ ⑪、⑤、⑥、⑨、⑫、⑩

 

8R

③ ⇒ ⑬、⑭、②、①、⑨、⑩

 

9R

⑦ ⇒ ①、②、⑥、⑤

 

10R

⑫ ⇒ ⑥、④、①、⑧、⑨、⑦

 

11R

⑬ ⇒ ⑯、③、⑥、⑪、⑤、⑧

 

12R

⑯ ⇒ ①、⑧、⑩、⑭、②、⑨

 

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