動画ニュース(206) | 新MUのブログ

新MUのブログ

2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

全国戦没者追悼式 天皇陛下のお言葉全文(8/15)

 

戦後77年の終戦の日の15日、天皇皇后両陛下は、日本武道館で行われた全国戦没者追悼式に出席されました。天皇陛下のお言葉全文です。

 

日本の暗部を担った「第三の男」(3)(8/6)

 

 

【天皇陛下のお言葉】

 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。 

 

終戦以来77年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。

 

消えた原爆(2019/10/22)より

 

私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による様々な困難に直面していますが、私たち皆が心を一つにし、力を合わせてこの難しい状況を乗り越え、今後とも、人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います。

 

 ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。(2022年8月15日)

 

ヘリから叫びたかった「現場はここだ!」37年前、元記者の後悔(8/13)

 

日本航空のジャンボ機が群馬県上野村の山中に墜落し、520人が犠牲になった事故から12日で37年を迎える。(中略)

 

1985年の事故当日、朝日新聞社ヘリで現場を取材した元記者・藤森研さん(73)とともに、空から見た。

 

人間の運命はわからない(2016/12/1)

123

 

1985年8月12日、午後7時過ぎ。朝日新聞東京本社の編集局で、誰かが叫んだ。

 

「日航機がレーダーから消えた!」

 

瞬間、フロア中が総立ちになった。

 

その場にいた記者が、運輸省(現・国土交通省)や羽田空港を担当する記者のポケベルを次々に鳴らす。

 

そんな中、社会部長から「羽田のオペセン(オペレーションセンター)に行ってくれ」と指示を受け、ハイヤーに飛び乗った。

 

空港に着くまでの道中も、車内の無線から指示が飛ぶ。

 

「墜落した場所がわからない。羽田に着いたら、ヘリに乗ってくれ」(一部転載終了)

 

3年ぶりに「阿波踊り」~8月15日まで(8/13)

8月12日に開幕した徳島の阿波おどり。踊り子たちは三味線や笛の音に合わせ、華麗に舞う「女踊り」や躍動的な「男踊り」を披露しました。

 



新型コロナウイルスの影響でおととしは戦後初めて開催が中止され、去年は屋内のみの開催となりました。今年は3年ぶりに街中に観覧席を設けての通常開催です。8月15日まで。(引用終了)

 

8月は原爆の日、JAL123便墜落事故、終戦記念日、旧盆、靈的には最も重要な月となっております。

 

全ての御魂に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。 お願い

 

★過去記事