残しておきたい記録、1996-1997
小説誌の新人賞などにも応募していましたが、こちらは落選してしまったようです。
ただ二回、小説紙に掲載されたので、まぁ良かったのではないかと勝手ながら思うのです。
普通の書籍でさえ、毎日洪水のように出版されているのですから、雑誌に掲載されたきりでその後書籍化されなかった小説など、なにか特別なことがない限り、消えて行くのを待つばかりでしょう。
それでは余りにも寂しいので、誠に勝手ながら、このブログ上に記録を残させていただきたいと思います。
■週刊小説1996年No.20 9月27日号
江戸市井譚 旗本の生き担保 / 下山 弘
~あらすじ~
生活に困窮したある旗本が、借金のかたに娘を女金貸しに預ける。しかし金貸しは
女装した男だった… 金のため自分の身体を自分のものでなくした娘の運命は?
江戸期、文化文政の時代。当時の風俗を描いた「半日夜話」に記された話の小説化
■週刊小説1997年No.19 9月19日号
江戸市井譚 間男された座頭 / 下山 弘
~あらすじ~
旗本を隠居し気ままに暮らす男が、ある日出入りの座頭から相談を持ちかけられ
る。自分の妻が歌謡の師匠と間男をしたと。最初は興味本位に聞いていたのだが、
事件に首を突っ込むにつれ思いも寄らぬ方向に…
ご静聴(?)有り難うございました。
気負わぬように
今日は早く家に帰れたので、原稿整理の仕事も早くに終わりました。
この作業も残すところあと少し。
これから父がお世話になった編集プロダクションの方へ、作業の
進捗状況を報告する手紙を書きます。
この方に先日お会いした際に、現在出版を巡る状況は厳しい
とおっしゃっていました。
しかし同時に、「日本語にはこんなに味わいのある言葉があっ
たのか?と、この原稿を読んで驚きました。」ともおっしゃって
いただきました。
期待に応えられるよう、、そして少しでも多くの方にこの美しい
言葉たちが接せられるよう、微力ではありますが頑張ります…
なんて気負っても、空回りしないよう、まずは、自分の身体に
この原稿に書かれていることを染みこませることから、ですね。
百人一首から…
父の著作を読み進めるうちに、自分には日本文学の古典の教養が、とても少ない(海外文学もそうですが…)ことを痛感しました。
川柳にしても、(江戸時代よりも)古い文学や和歌や浄瑠璃などを知らないと、理解できない句が多いです。
というか、それらを知ってないと理解できない句を作ることができる、ということが作者の自慢だったようです。
古典文学と一口にいっても幅も奥もとてもひろいですが、まず手始めに「百人一首」から勉強することにしました。
そこで手に取ったのが、
- 原色小倉百人一首―古典短歌の精髄をカラーで再現 (シグマベスト)/鈴木 日出男
のら
- ¥560
- Amazon.co.jp
この本は学習参考書として出版されているものですが、大人にもよく売れているようです。私が購入した書店でも平積みにされていました。全ページカラー印刷で、使われている写真がきれいなのが人気の秘密のようです。
百人一首といえば、子供の頃家族でかるた遊びをしたくらいしか接点がなく、それぞれの歌の有名な、もしくは印象的な文句(ころもほすてふ~ とか、はげしかれ~ とか)を意味は分からないけれど、知ってはいるというような状態でした。
改めてこの本で一つ一つの歌を鑑賞しています。まだ読み終えてはいませんが、好きな歌を二つほど。
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな 伊勢大輔
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを おもふころかな 源重之
原稿整理あと少し
前回のブログで書いたように、様々な資料に当たりもしますが、現在の主な仕事は原稿の整理です。
父が紙の原稿に指定書したものに沿って、ワードデータを並べ直す。ウイークデーは、自分の仕事があるのであまり時間は費やせませんが、毎日こつこつと進めています。
このペースで行けば、今週中にはこの作業は終わりそうです。
作業自体は比較的単純なのですが、たまにキーボードを操作する手が止まる時があります。
原稿中に和歌や江戸時代の川柳、俳句などが引用されており、この意味が分からないものが多いのです。
読書は人並みにしているつもりですが、この分野はとんと弱い、ということを思い知る毎日。日々是勉強かな…
では、昨日に続き江戸川柳の紹介を。
おやじまた西より北へ行く気なり
北とは当時江戸の北にあった吉原のこと。年老いた親仁は、そろそろ西方浄土を願って念仏でも唱えたらいいのに、まだ北(吉原遊郭)へ行きたがっている。
むき出しに吉原といわずに北と洒落たのだが、それとともに西方浄土に対する北方浄土という洒落もきかせてある。遊里は憂き世を忘れる世界だから浄土という論法…
北といわずに、北国と呼ぶ洒落もある。
北国なまりどうしいすこうしいす
北国なまりとは、もちろん吉原言葉のこと。
吉原を中国風の言い方を借りて、北荻(北の蛮人)ともいう。
北荻よりも南蛮でと芝で言い
南蛮とは品川の遊里のことで、芝の寺院の坊主らがそこへ遊びに行くことをいった句
以上、江戸川柳のからくり/至文堂 平成17年2月刊 下山弘 著述分より
北→吉原というように、川柳にはこの言葉にはこのイメージ、という約束事があります。
一見してなんのことやらわからない句でも、このような約束事を覚え解釈していくのは、楽しい作業ですね。
資料さがし
今日は実家に帰り、父の著作に関する資料をさがしてきました。
父が著作として残したものは大きく3つに分類できます。
①江戸時代の風俗や川柳の紹介をテーマとする単行本、新書、文庫本など、一般読者を対象とした書籍
②川柳、雑俳(短句のジャンル)など、江戸時代の文学を扱った趣味家、愛好家、研究者を対象とした書籍
③一般読者を対象とした雑誌への寄稿、連載、インタビューなど
書籍として発売されたものは①、②とも、大体自宅にあるのですが、③の雑誌に寄稿したものは持っていませんでしたし、一部を除き読んだことはありませんでした。
②の特定の読者を想定した書籍も父の研究や、川柳や雑俳などを理解するには重要と思いますが、今回は広く一般に読まれる本の出版を目指していますので、③を知ることがとても重要と思うのです。
つまり、父が世間、一般読者に向けて何を訴えたかったのか?どういうアプローチでそれを行ったのか?を理解できれば、今後の出版が、父の思い描くかたちで出来るのではないかと考えるのです。
1994年に発売された月刊誌「新潮45」2月号に、「定年後の粋の研究」という題で父の原稿が掲載されています。
旅行代理店につとめていた父が、定年を前に「誹風柳多留(はいふうやなぎだる)」という川柳の撰句集に出会い、江戸時代の川柳にのめり込んで行く体験が書かれたものですが、その中で紹介されている句を何点か紹介したいと思います。
料理人すとんすとんと惜し気なし
ただも行かれぬが無沙汰のなりはじめ
この二つの句はわりと分かりやすいと思います。現代でも、同じような場面がありそうですね。では、次の句はどうでしょう?
十二月人をしかるに日を数へ
昔は年末が生活の節目だという意識がたいへん強かった。金や物を借りたら十二月にはぜひとも返さなくてはならない。
そのために皆が忙しい思いをして駆けずり回る。のんびり構えてる人間を見つけると、「今年はもう何日しかないんだよ」と叱るのが当たり前だった…。
その当時の風俗や習慣を理解すると、俄然生き生きとこの句が詠まれた状況が浮かび上がって来ますね。どこかでみたような、ほら、決算前のあなたの職場でも…