相手のちょっとした表情の曇りや、
連絡の返信が少し遅いだけで、
「何か悪いことしたかな?」
と一日中悩み続けてしまう。

豆腐メンタルな私は、
常に他人の顔色をうかがい、
空気を読みすぎては
勝手に疲弊する毎日を送っていました。
「自分を守るために、断る勇気を持とう」
とよく言われますが、
私にはその一言を口にするハードルが
エベレストより高く、
できない自分を責めてばかりいました。

そんな私が最近、
人生の停滞感を抜け出すために
ひそかに始めたのが、
「言葉にされていないことは、察しない覚悟」
を持つことです。
相手が不機嫌そうに見えても、
直接言葉で伝えられない限り、
「私のせいではない」
「きっと相手自身の問題だ」と、
あえて鈍感なフリをするようにしました。

最初は
「冷たい人間だと思われるのでは」
と罪悪感でいっぱいでしたが、
続けていくうちに、
一つの大きな事実に気づきました。
それは、
私の「察しすぎ」のほとんどは
取り越し苦労で、
私が勝手に怯えていただけで、
誰も私を責めてなどいなかった
ということです。

「察しない」ことは、
決して思いやりの欠如ではなく、
すり減りやすい自分の心を守るための
立派な自衛手段でした。
他人の無言の感情まで
勝手に背負い込むのをやめたら、
心の重りが取れて、
他人の機嫌より、
まずは自分の心の平穏を優先する。
これからも、
この「あえて空気を読まない覚悟」
を大切なお守りにして、
焦らず自分のペースで、
明るい方へと歩いていきたいです。
