こんばんは。ちょっと間があいてしまいましたが
個人的にいろいろ忙してく更新ができなかったです。
そんなこんなで待ちに待った後編です
中編
を書いて内容を読み返すと、うーん、この後編でどうやってまとめようかなって悩んでおります
では続き~~~
リムジンバスで自分の荷物を持っていかれないか不安にながら、終着駅に到着。
荷物はちゃんとありよかったと安心し、切符売りのお姉さんに留学する大学の道を聞いたら、
「わからない。」と言われて、困ったわたし
時間は日付が変わった0時30分。ここから道を間違えなかったら20分くらいで着くはず。
こんな時間だけど、歩いている若者に道を聞くと、一言「あっち」と言われその道を信じて歩く
なzかたどり着かない
カップルの若い大学生に聞いたら反対方向と判明し、タクシー
で行くことを進められる。
悩んでいたら、タクシーを拾ってくれて、それに乗ってホテルの寮へ。
5分で無事にホテル到着!すでに1時
この時点で明日の(正確には今日)授業の参加は出来ないと確定。
ホテルの入り口にはなぜか白人がたむろっている、ロビーにも寝転がっていたりして沢山いる。
異様な光景に一瞬ビビるわたし
受付で自分の名前を言って、寮の鍵をもらう。
お金は前払いというのはわかっていたけど、保証金(押金ヤージン)のことを考えず、お金を準備していた。
しかも空港で両替できなかったので所持金はぎりぎりで
一応、餞別で頂いていたお金で保証金分も払えてチェックイン
この時の所持金は100元・・・うーん。明日は絶対銀行へと誓って寝る準備。
部屋は10年くらい前の留学時代と違い立派でよかったけど・・・やっぱりあれがお風呂からこんばんは!
って出没し驚きながら、立派な部屋でくつろぐ私。(※あれはゴキブ〇)
翌日、11時くらいに入学手続きをするために校内を小雨
の中を歩き回る
事務所がわからず校舎内の人に聞きまくって、事務所に到着。すでに11時40分。
事務員から「もうすぐ昼休憩に入るから、銀行でお金の振り込みが午前中にできなかったら午後に来て」と。
(あぁ、中国は昼休憩が長いのを思い出す。)
校内にいたガードマンに近くの銀行の場所を聞いたら、門を出て隣と言ったけど、ほんまいかな?って
思って門を出たら隣にあって、近すぎてびっくり
銀行の昼休憩が始まる前にトラベラーズチェックの両替ができるわ
これで短期間だけのプチセレブたろうちゃんになれると思いながら、窓口で手続き。
結局、ここの銀行では両替できないと判明。大きい通りの銀行へ行ってと言われる
もう、午後に全部手続きして、腹ごしらえをしよう
寮の中なにあるレストランで肉入りワンタンを(中国語ではウントゥン)注文する。
シャンツァイ(パクチー、香草、コリアンダー)は入れないでねって伝えて。
大量の肉入りワンタンで体が暖かいものでホクホクした時に、伝票を見たら25元・・・・
えっ、そんなに高いのって思いながら物価が上昇に衝撃を受ける。
午後、銀行が始まる時間に到着できるように寮を出発。あまり小さい銀行の入り口のために通りすぎる始末
両替して学校指定の銀行で授業料を振り込んで、残りの手続きをし、中国語のレベルチェック
中国語を教える先生と簡単な会話と教科書の朗読。明日から一番上のクラスへ。
教科書を渡されたがどこから始まるのかと思いながら、1ページ目を予習。
この予習が意味がなかったという次の日の授業
なぜなら授業は7月末から始まっていたので教科書はかなり進んでいたという事実を知り必死に授業についていく私。
初日で白旗をあげそうになりながら、クラスにいた日本人に授業の進め方を聞いて、
やっと意味がわかり最後まで同じクラスに滞在できるのか。先生も心配しながら・・・
一つクラスを落とすのはプライドもあって出来なかったけど、3日目には先生の授業の進め方が理解でき、一番上のクラスで一番下の私でしたがあきらめずに同じクラスに滞在できました
ただ、私が留学して思ったのはやっぱり日常会話は基本的に出来る。
今回は留学ではなく、日本で通訳学校でみっちりしごかれたほうがよかったかもと思うところもあったりしながら、
上海の友人に会えたり、街の発展や現地を堪能できたのはやっぱり良かったと思いました
今回は10年前の留学していた時期より真面目に勉強し、学生生活を満喫しました
この留学で多少の中国語の自信を取り戻し、モヤモヤしていた悩みもすっきりしました
私が10年前と違ったのは無鉄砲な感じで留学し、働き2年半過ごした自分の行動力です
中国国内で一人や友達と旅行したのもすごい行動力と思いました
今回はあまり行動は出来なかったです。
行った時期が抗日関係で盛り上がっていたり、終戦記念日も重なっていました。
街を歩いていたら、たまに聞こえる日本の政治についての若者の討論の内容は・・・
振り返って「私日本人です。」とは言えない状況もありました。
本当に10年前と違って、抗日ドラマが増えていて、終戦関係の内容のテレビが多かったのが印象に残りました。
それだけ私の中国語伸びたから理解できたのかもしれませんが
そんなこんの2週間でした。病気もせず無事に過ごせたのはよかったです
上海の空気は10年前より悪くなっていたのは実感できました。
空が毎日モヤがかかっている天気が多かったです。
上海からの帰りの飛行機は無事に乗り継ぎもでき、予定通りの帰国でした。
乗り継ぎの釜山空港の小ささには驚きました
これで留学シリーズは終わります。
番外編で上海で体験したことを書いていこうと思います。
またまたよろしくお願いしますm(_ _ )m