今日も仕事をサクサクこなし、早めの帰宅。

思いのほか楽に片付くと、ホントに気分が良い。

振り返れば、今週は意外と平穏だったな。

これが嵐の前の静けさにならなければいいけど・・・(苦笑)

明日は恒例の日帰り出張だが、どうやら帰りは花火大会の渋滞に引っかかりそうだ。

そういえば、昨年の今頃もどこかで渋滞に巻き込まれたんだっけ。

高速道路の高架橋から見る花火は、文字通り高みの見物。

トロトロ走ってでも眺めていたい気持ちは、まぁ、わからなくもない。

あの人と見る花火。

いつか叶うといいなぁ♪

二人で浴衣を着て、土手の上からのんびり眺める。

一瞬の閃光に照らされたあの人の横顔は、さぞやキレイなことだろう。

夜空へ浮かび上がる花火を見に来たのか、それとも浴衣姿のあの人を連れて歩きたいのか。

欲張りな私だから、もちろん両方とも楽しむつもりだ。

薄っすらと汗をかいているのは、暑さのせいじゃない。

隣にいるあの人の細い手を、しっかりと握り締めているから・・・。

そんな夢を胸に抱いて、明日は頑張ってくるとしよう。

今日は久しぶりに楽勝な一日。

何かに追い立てられることもなく、昼休みだってたっぷり取った。

土曜は日帰りの出張が確定したので、明日も頑張って早く帰りたい。

いつもの週末。

あれからまだ、一週間も経っていないのに・・・。

話はガラリと変わるが、ぼちぼち暑い夏がやって来そうだ。

梅雨明けは来週の初めくらいだろうか。

ギラギラと照りつける太陽を想像すると、それだけで涼しい秋の気配が待ち遠しくなってしまう。

まだ扇風機やクーラーなど無かった時代。

市井の人々は、夕刻の打ち水で涼をとっていた。

水を撒く行為そのものの視覚的効果と、気化熱という科学的根拠に基づいた暮らしの知恵。

柳に風を受けるが如く、創意工夫で暑さを乗り切った先人たちは、やはり粋で逞しかったと言わざるを得ない。

打ち水で暑さをしのいでいれば、やがて秋がやって来るのと同じように、私たちにも必ず再会の日は訪れる。

ただひたすら我慢するだけの日々、或いは無理矢理暑くないと自分に言い聞かせることなど、恐らく私には向いていないと思うのだ。

逢えないときでも真っ直ぐにあの人を見つめている自分に誇りを持って、この日常から些細な幸せを拾い集めていきたい。

あの人から届くメール、かけてもらう優しい言葉、そのひとつひとつが私を癒してくれるだろう。

心に打ち水を、そして離れていても幸せな毎日を。

確実に訪れるその日を、私は楽しみに待ち続けたい。

「愛」という字は、心をど真ん中で受け止めると書く。

先人の知恵って、やはり偉大だ。

今日からいつもの日常が始まった。
休み明けだというのに、仕事は深夜まで続くらしい。
夕方になって少しだけ暇ができたので、休憩中にこれを書いている。
帰りは何時になるかわからないが、家に着いたらすぐにアップしようと思うので、日記のタイムスタンプが帰宅時間だと思ってほしい。


緑あふれるこの場所。
都心でも名高い公園として知られるここは、夏休みに入ったせいで家族連れが多い。
貸し切りバスでやって来る人たちは、地方からの観光客だろうか。
老若男女、様々な組み合わせの団体が目の前を通り過ぎてゆく。
そんな中、一組のカップルが列から大きく遅れながらゆっくりと歩いてくるのが見えた。
年の頃なら、60代半ばから70代前半。
仲の良さそうな老夫婦といった感じだ。
足の悪いおばあちゃんは相手のシャツの裾をしっかりと掴み、対するおじいちゃんはそのスピードに自らの歩みを合わせる。
時折見上げるおばあちゃんの幸せそうな笑顔。
それがすごく印象的な二人だった。
信頼と思い遣り。
私はふと、あの人を思い浮かべる。
年を取ったら、こんなふうに一緒に歩きたいものだ。
お互いを気遣いながら、どこまでもゆっくりと。


待っているうちはもどかしいほど長く感じられるのだが、過ぎてしまえばあっという間。
まるでドップラー効果のように、私たちの日々は駆け抜けていった。
お互いの気持ちは、これ以上ないほど十分に伝わっている。
あとは運命に翻弄されることなく、ただただ穏やかに・・・。
それが二人にとって、最良の道筋だろう。


いつまでもずっと愛してる。
その想いを、永遠に贈り続けたい。