女性を捜す大阪市交通局の張り紙=大阪市中央区の御堂筋線淀屋橋駅
大阪市営地下鉄御堂筋線・淀屋橋駅(大阪市中央区)のホームで昨年末、心筋梗塞(こうそく)で心肺停止状態の男性(73)=堺市=が、乗客や駅員らの救命措置を受けて、一命を取り留めた。人工呼吸を施して、名も告げずに立ち去った若い女性に「お礼が言いたい」と捜している。
男性は昨年12月15日、大阪府守口市であった元職場の同僚との忘年会に参加した。帰宅途中、午後10時ごろ、ホームで倒れた。
乗客から通報を受けて駆けつけた駅員5人と、仕事帰りに居合わせた枚方市民病院(大阪府枚方市)の看護師伊藤美奈さん(23)が、まず救命措置にあたった。改札近くに設置された自動体外式除細動器(AED)で電気ショックを与え心臓マッサージをしたが、駅員は「息も脈も戻らず、命の危険を感じた」と言う。
「松田直樹メモリアル」が燃えた!! 中田、中山らが感じた“つながり”。
後半ロスタイム、昨シーズン限りで引退を表明したゴン中山こと中山雅史が、相手GKの股を抜く“技ありシュート”を決めた。元日本代表、マリノスOBが集う「Naoki Friends」が松田の出身地である群馬県出身のJリーガーチームに4-4の同点に追いついたその瞬間、1万人を超える観衆をのみ込んだ正田醤油スタジアム群馬がドッと沸いた。
観客の投票によってMVPに選ばれた中山は試合後、張りのある大きな声で集まったファンに挨拶した。
「マツがこの状況を見て、笑顔でいてくれることを祈ります!」
割れんばかりの拍手がスタジアムを包んだ。晴天に恵まれた1月20日の日曜日、松田の故郷で行なわれた追悼のチャリティーマッチ。ここにいる誰もが、あのニカッと笑う松田の豪快で愛くるしい笑顔を自分の心に映し出したはずだった。
■中田、名波、福西、前園らが一堂に会する凄い光景が!
あれからもう1年半の歳月が経つ。
松本山雅(当時JFL)でプレーしていた松田は練習中に倒れ、急性心筋梗塞でこの世を去った。日本を代表する偉大なディフェンダーの突然の死は、国内にとどまらず、世界に大きな衝撃をもたらした。
その後、サッカーに対する彼のほとばしるほどの情熱をサッカー界に刻むべく、親友の安永聡太郎、佐藤由紀彦が中心となって一般社団法人「松田直樹メモリアル」を設立。昨年1月には日産スタジアムで「松田直樹メモリアルゲーム」が大々的に開催され、「Naoki Friends」、横浜F・マリノス・OB、松本山雅が参加した。「Naoki Friends」には中田英寿をはじめ松田とともに日の丸をつけて一緒に戦った面々が一堂に会した。
今回は横浜開催から1年ぶりとなる第2弾。「Naoki Friends」には冒頭の中山、中田に加えて、名波浩、久保竜彦、福西崇史、三浦淳寛、中西永輔、田中誠、前園真聖らが参加。現役選手の招待が難しいという事情もあってOB中心の編成となったが、豪華なメンバーが忙しいスケジュールの合間を縫って顔をそろえた。イベントが一過性で終わるのではなく、第2弾でも仲間が次々に集まってきたことに意義を感じる。
■安永が語る“命のつながり”と“仲間のつながり”。
安永はイベントの前、ファンに向かってこのように言っていた。
「去年のメモリアルマッチからこの1年、“つながり”というテーマを持って取り組んできました。まずひとつが“命のつながり”。そしてもうひとつが“仲間のつながり”」だと――。
仲間のつながりとは言っても、「Naoki Friends」という名目で集まってただカタチだけサッカーをやればいい、というわけではない。松田はミニゲームだろうが何だろうが、とにかく負けるのが嫌いな男だった。だから、この日の“仲間”たちも、故人の思いが乗りうつったかのように、時間が経つにつれて徐々に熱くなっていった。
チームで数少ない現役組となった佐藤由紀彦も、どこかうれしそうだった。
「みんな熱くなって、段々とスイッチが入っていきましたよね。松田直樹という男は、場をわきまえてサッカーやることを嫌うタイプ。おとなしくやっていたら自分の温度を2度ぐらい高くして“お前らも同じように2度上げろ”って言うと思うんです。もし変わらない温度でやっていたら、猛烈に怒ると思いますよ(笑)。でもきょうのメンバーなんかはその部分でも直樹と共感できていて、サッカーが好きだし、直樹と同じ感覚で戦えるというか。そこを味わうことができて、楽しくサッカーをやれましたね」
プレーを通じてサッカーに対する松田の思いを伝え続けていく。
ただ人が集まるだけのつながりではなく、“松田を感じながら”一緒になってプレーすることこそが安永の言う「仲間のつながり」を指しているのかもしれない。
■試合前に行われる、AEDを使った救急医療講習。
そしてもうひとつ“命のつながり”にも触れておきたい。
今回、試合前にピッチで行なわれていたのがAED(自動体外式除細動器)講習会。「松田メモリアル」は心臓マッサージとAEDによる心肺蘇生の講習を展開する「PUSHプロジェクト」に参加しており、AEDの使用法や心臓マッサージのやり方などが分かりやすくレクチャーされた。
松田が亡くなって以降、JFLでもAED常備が義務付けられてはいるが、「松田メモリアル」はサッカー界だけでなく広範囲にわたるAEDの普及、心臓マッサージの重要性を呼びかける活動に力を入れている。
■「1回だけでなく、来年、再来年と続けていくこと」
海外ではこれまでも心臓発作による悲劇が繰り返されてきた。
昨年4月14日、セリエBのリーグ戦でリボルノのピエルマリオ・モロジーニが倒れ、意識が回復することなく亡くなっている。25歳という若さだった。また、2009年には中村俊輔の同僚だったエスパニョールのダニエル・ハルケが急性心筋梗塞によって他界。2007年8月にはセビージャでプレーしていたアントニオ・プエルタ、12月にはスコットランドリーグ、マザーウェルのフィル・オドネルが亡くなっている。日本でも松田の死をきっかけにして救急に対する意識が高まってきたと言えるのかもしれない。
救急の輪を広げていくことの使命。集まったファンに対して発信することが「命のつながり」。今回の収益の一部も、AED購入費としてスポーツ団体などに寄贈されることになっている。
松田の名を刻んでいくには、まずもって「メモリアルゲーム」が続いていく必要がある。今回、大会の開催に全面的に協力した「TAKE ACTION FOUNDATION」を主宰する中田英寿も「マツとは中学からの付き合い。1回だけじゃなく、来年、再来年と続けていくことが彼の名をずっと残すことにつながる」と継続の大事さを訴える。
サッカーを通じて、松田直樹を通じて仲間、そして命のつながりの大切さを知る。
今後もまた松田の名のもとに人が集まり、「つながり」を感じることのできるイベントが開催されることを期待したい。
都内には約40万6000人の外国人が住んでおり、他に年間400万人以上の外国人観光客が訪れる。都が11年秋に在京外国人らに実施した調査では、約4割が東日本大震災に遭うまで地震を経験したことがなく、約1割は震災当日に自宅にたどり着けなかった。
外国人向け防災訓練は今年が7回目だが、震災を受けて今回は初めて、避難所生活の体験を盛り込んだ。都の防災語学ボランティアの通訳を受けながら、参加者は8グループに分かれて段ボールハウスや簡易ベッドを実際に使ったり、紙スリッパや組み立て式ランタンの使用方法を教わったりした。
また、子供のころから避難訓練を経験していない外国人も多いため、地震からの身の守り方の基礎も練習。震度6弱の地震が起きたとの想定で、避難の方法やAED(自動体外式除細動器)と消火器の使い方などを学んだ。
大使館に勤めるコロンビア人女性(38)は「災害時は一人一人の判断が求められ、訓練ができてよかった。東日本大震災の時は母国に電話が通じず、日本語が分からないため周囲ともコミュニケーションが取れなかった人も多かったので、外国人にどう分かりやすく情報を伝えるかが大事だと思う」と話した。
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市消防団本部分団長も務める齊藤さんは一昨年、県消防学校の研修を受けて、緊急時のAEDの有用性を実感。「1台で大人用と子ども用の対応ができる。緊急時の救命率向上に役立ててほしい。これを機に各分団に配備が広がることも願っている」と話した。
釜石市内では全小中学校と公共施設の計32施設など約60カ所にAEDが配備されているが、消防団分団への配備は初めて。贈呈を受けた第5分団本部の佐々木耕太郎分団長は「国道283号沿いに位置しており、緊急時の初動救命に有効的に使えるよう訓練を充実させていきたい」と述べた。
巨人の1、2軍トレーニングコーチら15人が21日、G球場で心肺蘇生法の講習を受けた。国際武道大の山本利春教授から学科、実技の講習の後、試験を受けた。球団として初の試みとなった。
2010年には木村拓也コーチがくも膜下出血で、11年にはサッカー元日本代表の松田直樹さんが急性心筋梗塞で突然グラウンドで倒れ命を落としている。AED(自動体外式除細動器)などによる素早い措置が重要となっており、山本教授は「真っ先に対応するのはトレーナー。スポーツ界のリーダーである巨人軍から講習を率先してやっていただき、すべてのスポーツ団体に広まってほしい」と説明した。