「松田直樹メモリアル」が燃えた!! 中田、中山らが感じた“つながり”。

 後半ロスタイム、昨シーズン限りで引退を表明したゴン中山こと中山雅史が、相手GKの股を抜く“技ありシュート”を決めた。元日本代表、マリノスOBが集う「Naoki Friends」が松田の出身地である群馬県出身のJリーガーチームに4-4の同点に追いついたその瞬間、1万人を超える観衆をのみ込んだ正田醤油スタジアム群馬がドッと沸いた。

 観客の投票によってMVPに選ばれた中山は試合後、張りのある大きな声で集まったファンに挨拶した。

「マツがこの状況を見て、笑顔でいてくれることを祈ります!」

 割れんばかりの拍手がスタジアムを包んだ。晴天に恵まれた1月20日の日曜日、松田の故郷で行なわれた追悼のチャリティーマッチ。ここにいる誰もが、あのニカッと笑う松田の豪快で愛くるしい笑顔を自分の心に映し出したはずだった。

■中田、名波、福西、前園らが一堂に会する凄い光景が!

 あれからもう1年半の歳月が経つ。

 松本山雅(当時JFL)でプレーしていた松田は練習中に倒れ、急性心筋梗塞でこの世を去った。日本を代表する偉大なディフェンダーの突然の死は、国内にとどまらず、世界に大きな衝撃をもたらした。

 その後、サッカーに対する彼のほとばしるほどの情熱をサッカー界に刻むべく、親友の安永聡太郎、佐藤由紀彦が中心となって一般社団法人「松田直樹メモリアル」を設立。昨年1月には日産スタジアムで「松田直樹メモリアルゲーム」が大々的に開催され、「Naoki Friends」、横浜F・マリノス・OB、松本山雅が参加した。「Naoki Friends」には中田英寿をはじめ松田とともに日の丸をつけて一緒に戦った面々が一堂に会した。

 今回は横浜開催から1年ぶりとなる第2弾。「Naoki Friends」には冒頭の中山、中田に加えて、名波浩、久保竜彦、福西崇史、三浦淳寛、中西永輔、田中誠、前園真聖らが参加。現役選手の招待が難しいという事情もあってOB中心の編成となったが、豪華なメンバーが忙しいスケジュールの合間を縫って顔をそろえた。イベントが一過性で終わるのではなく、第2弾でも仲間が次々に集まってきたことに意義を感じる。

■安永が語る“命のつながり”と“仲間のつながり”。

 安永はイベントの前、ファンに向かってこのように言っていた。

「去年のメモリアルマッチからこの1年、“つながり”というテーマを持って取り組んできました。まずひとつが“命のつながり”。そしてもうひとつが“仲間のつながり”」だと――。

 仲間のつながりとは言っても、「Naoki Friends」という名目で集まってただカタチだけサッカーをやればいい、というわけではない。松田はミニゲームだろうが何だろうが、とにかく負けるのが嫌いな男だった。だから、この日の“仲間”たちも、故人の思いが乗りうつったかのように、時間が経つにつれて徐々に熱くなっていった。

 チームで数少ない現役組となった佐藤由紀彦も、どこかうれしそうだった。

「みんな熱くなって、段々とスイッチが入っていきましたよね。松田直樹という男は、場をわきまえてサッカーやることを嫌うタイプ。おとなしくやっていたら自分の温度を2度ぐらい高くして“お前らも同じように2度上げろ”って言うと思うんです。もし変わらない温度でやっていたら、猛烈に怒ると思いますよ(笑)。でもきょうのメンバーなんかはその部分でも直樹と共感できていて、サッカーが好きだし、直樹と同じ感覚で戦えるというか。そこを味わうことができて、楽しくサッカーをやれましたね」

 プレーを通じてサッカーに対する松田の思いを伝え続けていく。

 ただ人が集まるだけのつながりではなく、“松田を感じながら”一緒になってプレーすることこそが安永の言う「仲間のつながり」を指しているのかもしれない。

■試合前に行われる、AEDを使った救急医療講習。

 そしてもうひとつ“命のつながり”にも触れておきたい。

 今回、試合前にピッチで行なわれていたのがAED(自動体外式除細動器)講習会。「松田メモリアル」は心臓マッサージとAEDによる心肺蘇生の講習を展開する「PUSHプロジェクト」に参加しており、AEDの使用法や心臓マッサージのやり方などが分かりやすくレクチャーされた。

 松田が亡くなって以降、JFLでもAED常備が義務付けられてはいるが、「松田メモリアル」はサッカー界だけでなく広範囲にわたるAEDの普及、心臓マッサージの重要性を呼びかける活動に力を入れている。

■「1回だけでなく、来年、再来年と続けていくこと」

 海外ではこれまでも心臓発作による悲劇が繰り返されてきた。

 昨年4月14日、セリエBのリーグ戦でリボルノのピエルマリオ・モロジーニが倒れ、意識が回復することなく亡くなっている。25歳という若さだった。また、2009年には中村俊輔の同僚だったエスパニョールのダニエル・ハルケが急性心筋梗塞によって他界。2007年8月にはセビージャでプレーしていたアントニオ・プエルタ、12月にはスコットランドリーグ、マザーウェルのフィル・オドネルが亡くなっている。日本でも松田の死をきっかけにして救急に対する意識が高まってきたと言えるのかもしれない。

 救急の輪を広げていくことの使命。集まったファンに対して発信することが「命のつながり」。今回の収益の一部も、AED購入費としてスポーツ団体などに寄贈されることになっている。

 松田の名を刻んでいくには、まずもって「メモリアルゲーム」が続いていく必要がある。今回、大会の開催に全面的に協力した「TAKE ACTION FOUNDATION」を主宰する中田英寿も「マツとは中学からの付き合い。1回だけじゃなく、来年、再来年と続けていくことが彼の名をずっと残すことにつながる」と継続の大事さを訴える。

 サッカーを通じて、松田直樹を通じて仲間、そして命のつながりの大切さを知る。

 今後もまた松田の名のもとに人が集まり、「つながり」を感じることのできるイベントが開催されることを期待したい。