皆さま〜こんにちはニヤニヤ

香港在住のAsakoです。

 

 

 

この記事は、

コンプレックスに悩んでいる人、

自分に自信が持てず苦しんでいる人、

そういう方に向けて書いています。

 

 

 

 

宝石ブルー容姿にコンプレックスがある人へ↓

身体醜形障害、顔にメスを入れる前に

 

宝石ブルー恐るべし、思い込みの威力がこれ↓

身体醜形障害って、こんな感じ

 

宝石ブルー思い込みを書き換える為にはこれ↓

身体醜形障害、言葉を変える

 

 

 

 

自分に自信がないのに、

めちゃくちゃ表に出て行動してきた、

自分がやりたかったからなんだけど、

そこにはチグハグさが隠れてたから、

ついに壊れちゃったよ、って話しを

前回書きました、今日はその続き。

最初から読んで頂いた方が、わかりやすいかな。

宝石赤身体醜形障害、歩んできた歴史その1

 

宝石赤身体醜形障害、歩んできた歴史その2

 

 

 

 

 

「身体醜形障害」

 

 

 

ついに突き止めたのだ、黒幕を。

 

 

 

しかしこの黒幕、

いつからどうして、どうやって、

私の中にやってきて、

そのまま住みつくことになったの?

そしてこの黒幕を追い出す方法は?

 

 

 

--------------

 

 

 

こんなに好きなことを堂々とやってきて

人の注目を浴びまくって、

自信満々に生きていそう乙女のトキメキ乙女のトキメキ

 

 

 

・・・なわたしが、実は、

 

 

 

自分に自信がなくて、いつも怯えてて

自分のことが大っ嫌いなんだ・・・

ずっとずっと、苦しんできたんだ、

 

 

 

っていう、

死んでも誰にも言わないつもりだった

私のほんとうの心の中を、

結婚13年目にして夫に言えたことで、

 

 

 

私の中で、何かが少し変わってきた。

 

 

 

世界中で私一人しか知らなかった、

絶対的なタブー、秘密を、

私以外のひとに打ち明けたことで、

 

 

 

なんだか、少しだけ、軽くなった。

 

 

 

けど「癒やし」までにはほど遠く、

「辛い」ことには変わりなく、ただ、

それを夫と共有できたことで、

荷物を1個だけ持ってもらえた、という感じだったのね。

 

 

 

でも、それでじゅうぶんだった。

夫が理解してくれた、それだけで、

私は自分の人生の中で、大きく、

大きく前進したのだ!!

※だって死んでも言わないつもりだったんだから

 

 

 

 

 

すると、一つ成し遂げたことで、

わたしはチカラを得たみたい。

幼い頃から知らず知らずのうちに

内側に溜め込んできた怒りが、

ものすごく大きく膨らんできて、

なんじゅう年も蓄えてきたマグマが

もう、ダラダラと流れ出てきて止まらない。

そして私は・・・

 

 

 

 

親にぶちまけた。

 

 

 

 

黒幕の正体、それはまさしく、

幼少期から言われ続けた、

「言葉」だった。

それは殆どが、母親からの言葉だったの。

 

 

 

ずっと抱えてきた怒りの正体が、

母親から言われた言葉だったってことが、分かったの。

 

 

 

と書くと、いかにも私の母が、

「娘を傷つける酷い母親」

のように聞こえるかもしれないけど

ここから先は必ず、読んでほしい。

世の中の親たち、またその予備軍にも

関係のある身近な話だから。

 

 

 

私の母は、

世間から悪者に仕立て上げられるような人ではない。

 

 

 

母は子供への愛情が深く、いつも

子供たちのことを考え、

添加物を避けた食事を作り、

ケーキやお菓子も手作りし、

社会にでて人に不快感を与えないような

最低限の言葉づかいやマナーも

根気よく教え続けてくれた。

 

 

 

私の帰りがちょっと遅くなると、

家の外にでてウロウロしていたし、

家族で毎年、キャンプに行ったし

何より、私のやりたいことを、

なんでも否定せず、応援してくれた。

これが1番、嬉しかったよね。

 

 

 

よくあるふつうの家庭の、

子供のことを想う、ふつうの母親。

親から愛されているという自覚は、あった。

 

 

 

私から見ても、母から

沢山の愛情を受けたと言い切れる

その母親が、ではなぜ、

娘を傷つけるようなことを、言うことになったのか。

 

 

 

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日本には「謙遜」という

ありがた迷惑な文化があるよね。

 

 

「人の容姿の欠点は、言わないものだ」


そう教わってきたハズなのに、

自分の子供にそれをやってしまう。

それも人前でやる、謙遜がそれをさせる。

 

 

 

「うちの子、チビで」


「うちの子、鼻が低いから」


「うちの子、旦那に似て頭が大きいのよ」


「うちの子、顔じゅうホクロだらけでね」

 

 

 

こんな類のこと、人前で言いがちではない?

 

 

 

「うちの子、忘れ物が多くて」

 

「うちの子、勉強はダメみたい」

 

「うちの子、字が汚くて」

 

「うちの子、大食いで」

 

 

 

私もこの際、白状すると、

「ガリガリ」とか「ノロい」とか

息子が横にいるのに、人前で言ってしまう時がある。

 

 

 

コンプレックスって、容姿だけのことじゃない。

 

 

 

家の中で、子供と一緒のときには

言わなかったとしても、

外で、人前で言ってしまうと、

子供にとってはそれが「ほんとう」になってしまう。

 

 

 

例えば「痩せている」のは一方では、

羨ましがられる事実だけれど、

逆に、コンプレックスにもなりうる。

言葉というのは受け手の捉え方によって

光にも、闇にもなる。

 

 

 

何を言われても気にしないタイプの

スルー力のある子どもならいいけど、

感受性の豊かな子などは特に、

周りから浴びせられる言葉に、

敏感に反応し、心の中にためていく。

 

 

 

私の場合も、そうだった。
「うちの子、ブスでしょう?」
そうハッキリと言われたワケではないおいで

そんなこと、母が言うわけない。

 

 

 

ただ、その言い方の雰囲気、

声のトーンなどで、子供は自分の中で、

 

「良い」

「悪い」

 

を、ジャッジしてしまうのだろうね。

人に会うたび、言うから。

挨拶みたいなもんなんだけどね、雑談の一つ。

 

 

 

それで私は、顔の特徴的な部分のことを

いつもいつも人前で確認され、

その度に私はそれを意識し、
それが積み重なっていくうちに、
私はその特徴を「悪」だと認識するようになったのよ。



「私は、ブスなんだ。美人ではない」


「こんな顔だから、私は何をやっても価値がない」


「私がこの顔で何かをしたって、意味がない」


「こんな私を、好きになってくれる訳がない」



そう、自分のことを決定付けるように

なっていったんだよね。

そんな意図は全く含められていない、

何気なく発せられた親の言葉を、私は

「自分は醜い」と解釈し、

それを信じつづけてきた、

それだけのことだった。

 

 


人前では自分を低く言うっていう

日本にありがちな習慣が抜けずに
「うちの子は・・・」

と繰り返し言っては、
純粋で真っ白な子供の心に、

新たな価値観を刻み込んでいくの。




その言葉1枚、1枚は薄い紙であっても、

長い時間をかけて、分厚くなって

それが大きな壁となって、
ある日突然、目の前に立ちはだかる。

 

 


そうして目の前に置かれた私の辞書には
「自分はダメな人間」

というマイナスな言葉と、類義語が
たくさん、並べられていた。

中学生の時に受け取ったわ(笑)



だからね。

思春期になってその辞書を手にした私は
マイナスをまず、ゼロにするために、
これまで膨大な時間を費やしてきた。

結果を出しても、褒められても、

自分自身がマイナスの所にいる限り

「プラス」になった感覚は、得られないの。

 

 

 

私はずっと訳もわからず苦しんできて、

44歳の時にやっと、正体がつかめた。

 

 

 

けどこの自分で作り上げた価値観は、

光にすることも、

闇にすることも、

できたのよ。どっちにでもなる。

 

 

 

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『私はブス。そう叩き込まれて育った』

信じていたそれは私の完全な、思い込みだった。

 

 

 

母が私を自分の命よりも大切だと思っているにも、関わらず。

 

 

 

そして母はまさか、娘を傷つけているとは思ってもいない。

 

 

 

だからこそ、悲劇なの。




自分を守り、信じるための

様々な技をまだ持たない幼少期に、

子供にとっては親が全てである時期に

繰り返しかけられた言葉によって、

親が意図したこととは全く別の、

勘違いした、間違った思い込みを

私は自分の中に、刷り込んだ。

 

 

 

これは誰にでも、起こりうること。

 



世の中の母親たちがもし、未だにこの

ありがた迷惑な文化を

継承しているのだとしたら、
即刻、やめなければならない。

明らかに良い言葉だけを、かけてやればいい。

 

 


長年、ブス宣告されたと勘違いをして

生きてきた私は、
自分を認めてやれず、結果、

常に心の中に怒りを抱えることになった。



私はやりたいことがあったから、

思うがままに、やってきた、

しかしそれは同時に、

自分がひと目にさらされる事でもあり

やりたいことを、やればやる程、

注目を浴びることの落差に、苦しめられてきた。

 

 

 

もし、過去の私が、

「自分を信頼している」土台のもとに

これらの活動をしていたのなら、

悩み続けることはなかったろうし

チャンスにも力強く乗っかり、

もっともっと、活動の幅を広げていっていたかもしれない。




「かわいい」と言ってくれなくていい。
何も言わないで、欲しかった。

 

 


母親になった私が今、

願うことはただひとつ。
我が子の自己肯定感を、

育ててやること。



私と同じ苦しみを

味わうことのないように、
困難に直面した時、

それに立ち向かう力が湧くように。

 

 

-----------------

 

 

母親にぶちまけたことで、

私はひとつ、癒やしの欠片を得た。

その模様も公開した方が、

どなたかの助けになるかもしれない、

とも思うんだけど、大切な母が

傷つくかもしれないので、

慎重に考えて、出すか出さないかを

判断しなければなりません。

 

 

 

母はもうじゅうぶん、傷ついた。

 

 

 

母はこのことで、

私からのカミングアウトを受けて、

とっても、心を痛めて、

帯状疱疹にもなった。

人間の皮膚と色ではないような。

だって大事な娘を、まさか、

自分が何年にも渡って

傷つけてきたと知って、どれほど落ち込んだか。

 

 

 

でもここまで読んでくれた方は、

もう、分かってくれたと思う。

「仕方なかった」のだと。

これは世の中の全ての普通の親たちが、

悪気なく、やっている可能性があること。

もちろん、わたしも。

とっても、身近な話なわけです。

 

 

 

母は母で、抱えているものがあった。

母自身も、幼少期から受けてきた

親からの悪気のない言葉に、苦しめられてきた。

悪気は全くなかった。

 

 

 

私が全てを話したことで

母を傷つけたのだけど、

でも、これで良かったと思ってる。

母はなんとか、持ち堪えてくれたし

一生懸命に理解をしてくれた。

母が、私が前に進むための

チカラをくれた、それでチャラ。

 

 

 

親子代々、受け継がれていくこと。

それがよくないものなのだとしたら、

それに気づけたのなら、今ここで、

その負の連鎖を断ち切らなければならない。

私たちは、もっと賢くやれるはず。

 

 

 

わたし、今ではこれも経験ができて

良かったって思ってるんだよね。

この難しい、受け入れ難い真実を、

理解してくれた母の強さには、感謝してる。

世の中にはこれがどうしても、

理解できない親も、存在するのだからね。

私は恵まれていますお願い

 

 

 

 

いまの私は、

こんなにも自分が大好きで、

こんなにも信頼できる人はいない、と思ってる。

※自分で自分のことを

 

 

 

長く抱えてきた怒りの正体を、

突き止め、

その過去に正面から向き合った。

そして今の自分がある。

 

 

 

私はいまの自分が好きだ。

そして今の自分へなれたのは、

過去のわたしがあったからだ。

だから私は現在も過去も、

まるごと、愛おしい。

 

 

 

長いのに、読んでくれてありがとうニコニコ

 

少しでも何か伝わっていたら、嬉しい。

 

 

 

 

 

 

ピンク薔薇この記事は公開前に、

母に読んでもらい了解を得ました。

母にまだ恐れがあるなら、

これは公開しないつもりでした。

母の強い勇気にも、感謝です。

 

 

 

 

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