平良とみさんに会った!

クリスマスに沖縄に旅行した。
沖縄は大好きで6回目。
高校のときの地理の先生(現在は琉球大学教授)が授業で沖縄問題(2度にわたる琉球処分、基地問題等)を取り上げてから、本土が近代史の負の部分を全て押し付けてきた所なのだという負い目があった。
とくに、大和の人間になりたい、だから人一倍愛国心を示さなければならない、という沖縄人の気持ちを利用した第二次大戦の時の扱いはあまりにひどい。
米国留学中に見たワシントンの歴史博物館の日系人の歴史展示で、日系人のヨーロッパ戦線での勇敢な戦いぶりを見たときもそれを思い出した。
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今も、内地の文化に合わせようとする気持ちから、やまとんちゅーが失った古き良きものを残していたりすることに気づく。言葉遣いもそうだし、たとえば、今の十代の女の子で子のつく名前はかなり少ないのに、speedの4人中3人がそうだったりする。(speedは大好きで、東京ドームの解散コンサートにも行った。)
でも、数年前に離島に行った時、宮古島にある人頭石(沖縄本島が離島に課した重税)を見たり、小浜島、竹富島等は石垣とは違う町なのに町役場は石垣島にあり、また、それらの行き来は直接する航路は公のものはなく、一度石垣島に行かなければならないこと等を知って、内地→沖縄の抑圧の構造は、本島→メジャーな離島、メジャーな離島→マイナーな離島というように重層的になっているのだと気づいた。さらに、その外側には、安保の名を借りた米国→日本の抑圧の構造があるだ(それが基地問題に表れている)のだ。
沖縄に行って癒されるのは、そのような悲劇を背負いながら、この地が現代人が失った生の根源的なものをもっているから。生と死、生者と死者、人間と神がないまぜになった、民俗学の世界が今もある。実際、どこまでも青い海、サトウキビ畑、それを望む丘にある亀甲墓を見ていると、死は単に丘の下から上への移動に過ぎないような気がしてくる。
さて、今回は、やちむんの里という焼き物の工房が集まっているところで、女優の平良とみさんに会った。「ナビイの恋」を見て大感激して以来のファンだったからとてもうれしかった。
同じ監督の作品「ホテル・ハイビスカス」は期待ほどではなかったが。
「ちゅらさん」については稿を改める。
日米法学会・樋口陽一先生ゼミ同窓会
9月に成蹊大学で開かれた(初めて行ったがアイビーリーグみたいなきれいなキャンパスにびっくり)日米法学会。
夫に付き合ってもらい、吉祥寺のアムリタでいっしょにエスニックを食べてから出席した。
ちょうどお祭りで、大学に行くバスの中から白い神馬が道を行くのが見えた。
学習院大学の紙谷雅子先生が発表された米国の同性婚をめぐる動きが興味深かった。
同性婚に市長等がwedding licenseを発行しない
→そのことを州憲法違反として提訴
→違憲判決
という流れで、その後、ハワイのように(今春ハワイに視察に行った際もフォスター先生がそういう話をされていた)、州憲法自体を改正して、同性婚禁止が違憲でない状態に持っていった州と、バーモント州のようにむしろいろいろな形での家族の結合を認める方にいった州がある。
その後の大統領選と同時にいくつかの州が、ハワイと同じように憲法改正するための住民投票を実施し、大半の州で可決された。同性婚禁止を合憲化する憲法改正のために投票所に足を運ぶ有権者はほとんどブッシュ支持者だから、そのこともケリーの敗因の一つだといわれている。
以前から興味をもっているアメリカ法のテーマに、夫婦関係の取り扱い(日本では、身内を庇うことが認められるという点では夫婦も親子も同じ扱いなのに、アメリカ法ではたいてい夫婦のみ)のことがあるが、そのことにも有益な示唆を与えていただいたし、同姓婚禁止の状況はジェンダーと法の授業でもとり挙げた。
夜は、樋口陽一先生のゼミの同窓会に初めて参加した。
今までいけなかったのは、星野ゼミ同窓会と同様、気後れするという理由から。
先生は古稀とは思えない相変わらずのダンディぶりだった。
久しぶりに同期の最高裁調査官になっているM氏と話していて、ハワイの視察旅行でご一緒した、尊敬してやまない長野県の女性弁護士TKさんと司法修習で同じクラスだと知って世間の狭さにびっくりした。M氏は、ウイーンに赴任中、ジュネーブに留学していた(この時は夫が単身赴任)夫とは会っているが、私自身は電話や手紙でなく直接会うのは本当に久しぶりだった。
また、自治省から渉外弁護士に転じてもう大事務所のパートナーにもなっているFY氏(学生時代は「うる星やつら」のラムが理想の女性といっていた)が、今日行った成蹊大学の法科大学院で教鞭をとっていると知った。私がその直前に国際商事法務に書いた論文をほめてくれたのがうれしかった。
私たちの期では、夏休みに樋口先生の仙台のお宅にお邪魔したのだが、それが楽しかったので、自分も新入生ゼミの学生や点字サークルの学生を東京の自宅に泊めてあちこち連れて行くという行動につながっている。
私はこれが樋口ゼミの伝統なのかと思っていたが、同窓会で初めて、実は私たちの期が初めて強引に作った前例だと知ってちょっとびっくりした。
スライド上映された、歴代ゼミ生の先生のお宅で撮った写真の中にいる18年前の私は当然ながらかなり若く、懐かしくて仕方なかったが、ついでに下級生に「雰囲気が阪神の岡田(現監督)に似ている」といわれて落ち込んだことまで思い出してしまった。
また、記念写真で隣に座ったさいたま地裁判事のSSさん(女性)とも実際に会うのは本当に久しぶりだった。実は彼女は高校は違うが、高校3年のときに駿台の東大コース(親が学費をなかなか出してくれないので困った。模試で上位に入って学費一部免除を受けようとしたが、3位まで免除があるところ、4位にとどまったりして悔しかった。)で親しくしていたという、法学部でも古い友達。互いに「初めて会ってから24年もたったなんて信じられないね」と話した。
樋口先生は、私が挨拶状や年賀状を出すたびに、独特の流麗な手跡によるはがきをいつもくださる。それにどんなに励まされてこの曲折に満ちた人生を歩んできたか知れない。
夫に付き合ってもらい、吉祥寺のアムリタでいっしょにエスニックを食べてから出席した。
ちょうどお祭りで、大学に行くバスの中から白い神馬が道を行くのが見えた。
学習院大学の紙谷雅子先生が発表された米国の同性婚をめぐる動きが興味深かった。
同性婚に市長等がwedding licenseを発行しない
→そのことを州憲法違反として提訴
→違憲判決
という流れで、その後、ハワイのように(今春ハワイに視察に行った際もフォスター先生がそういう話をされていた)、州憲法自体を改正して、同性婚禁止が違憲でない状態に持っていった州と、バーモント州のようにむしろいろいろな形での家族の結合を認める方にいった州がある。
その後の大統領選と同時にいくつかの州が、ハワイと同じように憲法改正するための住民投票を実施し、大半の州で可決された。同性婚禁止を合憲化する憲法改正のために投票所に足を運ぶ有権者はほとんどブッシュ支持者だから、そのこともケリーの敗因の一つだといわれている。
以前から興味をもっているアメリカ法のテーマに、夫婦関係の取り扱い(日本では、身内を庇うことが認められるという点では夫婦も親子も同じ扱いなのに、アメリカ法ではたいてい夫婦のみ)のことがあるが、そのことにも有益な示唆を与えていただいたし、同姓婚禁止の状況はジェンダーと法の授業でもとり挙げた。
夜は、樋口陽一先生のゼミの同窓会に初めて参加した。
今までいけなかったのは、星野ゼミ同窓会と同様、気後れするという理由から。
先生は古稀とは思えない相変わらずのダンディぶりだった。
久しぶりに同期の最高裁調査官になっているM氏と話していて、ハワイの視察旅行でご一緒した、尊敬してやまない長野県の女性弁護士TKさんと司法修習で同じクラスだと知って世間の狭さにびっくりした。M氏は、ウイーンに赴任中、ジュネーブに留学していた(この時は夫が単身赴任)夫とは会っているが、私自身は電話や手紙でなく直接会うのは本当に久しぶりだった。
また、自治省から渉外弁護士に転じてもう大事務所のパートナーにもなっているFY氏(学生時代は「うる星やつら」のラムが理想の女性といっていた)が、今日行った成蹊大学の法科大学院で教鞭をとっていると知った。私がその直前に国際商事法務に書いた論文をほめてくれたのがうれしかった。
私たちの期では、夏休みに樋口先生の仙台のお宅にお邪魔したのだが、それが楽しかったので、自分も新入生ゼミの学生や点字サークルの学生を東京の自宅に泊めてあちこち連れて行くという行動につながっている。
私はこれが樋口ゼミの伝統なのかと思っていたが、同窓会で初めて、実は私たちの期が初めて強引に作った前例だと知ってちょっとびっくりした。
スライド上映された、歴代ゼミ生の先生のお宅で撮った写真の中にいる18年前の私は当然ながらかなり若く、懐かしくて仕方なかったが、ついでに下級生に「雰囲気が阪神の岡田(現監督)に似ている」といわれて落ち込んだことまで思い出してしまった。
また、記念写真で隣に座ったさいたま地裁判事のSSさん(女性)とも実際に会うのは本当に久しぶりだった。実は彼女は高校は違うが、高校3年のときに駿台の東大コース(親が学費をなかなか出してくれないので困った。模試で上位に入って学費一部免除を受けようとしたが、3位まで免除があるところ、4位にとどまったりして悔しかった。)で親しくしていたという、法学部でも古い友達。互いに「初めて会ってから24年もたったなんて信じられないね」と話した。
樋口先生は、私が挨拶状や年賀状を出すたびに、独特の流麗な手跡によるはがきをいつもくださる。それにどんなに励まされてこの曲折に満ちた人生を歩んできたか知れない。
中国民法・星野英一先生ゼミ同窓会
学生時代ゼミでお世話になっていた星野英一先生とお会いし、中国民法研究のことでいろいろと親身なアドバイスをいただいた。
先日ジェンダー法学会があった日の夜、毎年開かれる星野ゼミ同窓会で、最近先生が中国民法典編纂にご協力されていることを情熱的に話されていたが、まさか一対一で教えていただく機会を作っていただけるなんて思わず、本当に光栄なことだと思う。
東大法学部の場合、ゼミは担任的な要素はなく、単なる選択科目の一つにすぎないから、その中でもけして出来が良かった方ではない(ゼミの卒業生はそうそうたる方ばかりだから、「私なんぞが末席を汚すのは…」と気後れして、大学教員になるまで、同窓会もほとんど欠礼していた)私にこのように時間を割いてくださるご親切が本当にもったいないくらいだ。
それにしても、78歳にして、年間何度も中国にご自身行かれるなどして取り組んでおられる情熱、中国語の勉強も最近始めたとおっしゃる向学心に、本当に頭が下がる。
学者としての資質は比べること自体が全く失礼だが、その情熱だけはなんとか見習いたい。
その数日後には、山梨学院大の主催する中国法シンポジウムにも出席したが、そこでも先生は熱心に発言されていた。
私も中国民法学者(日本語での発表がすばらしいのに舌を巻いた)に質問したが、物権法草案における物権変動と契約法の関係でずっとわからない部分がある。新しい資料も多数入手できたので、正月休みにもう一度じっくり検討してみようと思う。
先日ジェンダー法学会があった日の夜、毎年開かれる星野ゼミ同窓会で、最近先生が中国民法典編纂にご協力されていることを情熱的に話されていたが、まさか一対一で教えていただく機会を作っていただけるなんて思わず、本当に光栄なことだと思う。
東大法学部の場合、ゼミは担任的な要素はなく、単なる選択科目の一つにすぎないから、その中でもけして出来が良かった方ではない(ゼミの卒業生はそうそうたる方ばかりだから、「私なんぞが末席を汚すのは…」と気後れして、大学教員になるまで、同窓会もほとんど欠礼していた)私にこのように時間を割いてくださるご親切が本当にもったいないくらいだ。
それにしても、78歳にして、年間何度も中国にご自身行かれるなどして取り組んでおられる情熱、中国語の勉強も最近始めたとおっしゃる向学心に、本当に頭が下がる。
学者としての資質は比べること自体が全く失礼だが、その情熱だけはなんとか見習いたい。
その数日後には、山梨学院大の主催する中国法シンポジウムにも出席したが、そこでも先生は熱心に発言されていた。
私も中国民法学者(日本語での発表がすばらしいのに舌を巻いた)に質問したが、物権法草案における物権変動と契約法の関係でずっとわからない部分がある。新しい資料も多数入手できたので、正月休みにもう一度じっくり検討してみようと思う。