喪服の似合うエレクトラ
ユージン・オニール作の「喪服の似合うエレクトラ」を新国立劇場で見てきた。
大竹しのぶは好きな女優というのではないが、舞台俳優としての才能を評価しているので、舞台作品はけっこう観に行っている。
TPT「ルル」(堤真一と共演)、「奇跡の人」(菅野美穂のヘレンはなかなか良かった)、「パンドラの鐘」(蜷川演出バージョン)、「太鼓たたいて笛吹いて」(井上ひさし)、「ママが私にいったこと」等をこれまで見ている。
「ロミオとジュリエット」の稿でも書いたように、欧米人のバックグラウンドにはギリシャ神話世界とキリスト教世界という相反するものがある。歴史的には後者が前者を超克する形だが、この戯曲は、ギリシャ神話をキリスト教的価値観で解釈したらどうなるか(しかもアイルランド系のオニールは厳格なカトリック教徒の家庭に育った)という大変興味深い試みに挑戦している。
しかも、オリンの母への異常な執着は、エレクトラ・コンプレックスのみならず、エディプス・コンプレックスまでこの劇が取り込んでいることを示している。
ギリシャ風の巨大エンタシスを配した舞台装置、第2幕でのラヴィニアの衣装が母親と同じものという点も成功していた。
大河ドラマ「新選組!」の山南敬助で評判になった(映画「壬生義士伝」では沖田総司だったが、同じ役作りだったのには笑えた)堺雅人の弟オリンの演技もその線の細さが生かされて良かった。
ちなみに、パンフレットの「ブロードウェイ便り」で、現在、「12人の怒れる男」がブロードウェイでは初めて上演されていることを知って意外だった。舞台劇がもとの映画だとばかり思っていたが、TVドラマから芝居になったがそれはブロードウェイではなかったようだ。
開演前に、ロビーで「12人の優しい日本人」で陪審長役を演じた塩見三省を見かけたので、また少々関連妄想。
大竹しのぶは好きな女優というのではないが、舞台俳優としての才能を評価しているので、舞台作品はけっこう観に行っている。
TPT「ルル」(堤真一と共演)、「奇跡の人」(菅野美穂のヘレンはなかなか良かった)、「パンドラの鐘」(蜷川演出バージョン)、「太鼓たたいて笛吹いて」(井上ひさし)、「ママが私にいったこと」等をこれまで見ている。
「ロミオとジュリエット」の稿でも書いたように、欧米人のバックグラウンドにはギリシャ神話世界とキリスト教世界という相反するものがある。歴史的には後者が前者を超克する形だが、この戯曲は、ギリシャ神話をキリスト教的価値観で解釈したらどうなるか(しかもアイルランド系のオニールは厳格なカトリック教徒の家庭に育った)という大変興味深い試みに挑戦している。
しかも、オリンの母への異常な執着は、エレクトラ・コンプレックスのみならず、エディプス・コンプレックスまでこの劇が取り込んでいることを示している。
ギリシャ風の巨大エンタシスを配した舞台装置、第2幕でのラヴィニアの衣装が母親と同じものという点も成功していた。
大河ドラマ「新選組!」の山南敬助で評判になった(映画「壬生義士伝」では沖田総司だったが、同じ役作りだったのには笑えた)堺雅人の弟オリンの演技もその線の細さが生かされて良かった。
ちなみに、パンフレットの「ブロードウェイ便り」で、現在、「12人の怒れる男」がブロードウェイでは初めて上演されていることを知って意外だった。舞台劇がもとの映画だとばかり思っていたが、TVドラマから芝居になったがそれはブロードウェイではなかったようだ。
開演前に、ロビーで「12人の優しい日本人」で陪審長役を演じた塩見三省を見かけたので、また少々関連妄想。
中国語は面白い
年始にあたり、勉強に関する記事がいいだろうと、香港に住んでいた頃書いた文章をupすることにした。
一、はじめに
私は香港に来て一年数ヶ月になる日本人主婦です。
せっかく中国語圏に来たのだから、と中国語を勉強しています。
はじめは汎用性のある普通話だけを習うつもりだったのですが、香港であまりにも英語が通じないのにびっくりして、生活の必要性から広東語も始めました。
中国語は日本ではかじったことすらなく、「ニーハオ」と「謝々」しか知りませんでしたが、今ではその面白さにすっかりはまってしまいました。といっても週一回ずつ習っている程度なので、まだまだ「中国語学習」について偉そうに語れるほどの実力はありませんが、私のような初心者にさえわかるこの楽しさをぜひみなさんにご紹介したいと思い、筆を執りました。
二、中国との強い絆
私たちがとても頻繁に使う日本語の中に、広東語が起源のものがあるのをご存知ですか?香港に来たばかりの頃、お店に入ると、店の主人が「はい、はい」といって出てくるのにびっくりして「あれ、日本語できるのかな」と思ったら違う、ということがありました。これは、日本語の「yes=はい」が、広東語のbe動詞に近い意味の「係(ハイ)」から来ていることによるものとされています。通説によると、明治初期、岩倉具視の欧米使節団が帰りに香港に立ち寄って、この言葉を聞き及んで、(それまで、日本語には、「ござ候」とか長いYesはあったけれど短い言葉がなかったので)これは便利と取り入れるようになったというのです。戦後、欧米文化を必死で求めてきた日本人は、同時にまた、土着のアイデンティティの喪失という、西欧流の近代人としての孤独(ハイマートロース)をも背負うことになりましたが、遠い昔、漢字を教えてもらったのみならず、たった100年ほど前に、このような基本的な言葉についてもお世話になっていたと知った時、中日間の強い紐帯を感じ、日本はアジアの孤児ではなくその一員なのだと思え、胸に暖かいものが流れたような気がしました。
また、以下は言語学的にはまちがっているのかもしれない、私のまったくの自説ですが、男性の名前につける敬称の「先生(シンサン)」の省略形で「李生(レイサン)」とか呼びかける人を見ていると、ひょっとして日本語の敬称の「さん」はここから来たのじゃないか、と思えます。また、「すみません」という意味の「口吾好意思(ムホウイシ)」は、早口で繰り返すと「もしもし」にも聞こえ、この言葉の語源もひょっとして、と思い始めています。日本語で「1ケ、2ケ」と数える、「ケ」は、「個」の簡体字がそっくりなのでそこから来ている気がしますし。全部学問的には誤りかもしれませんが、そういう想像をするだけでも楽しいじゃないですか。
三、漢字の別の面を知る
私たち日本人は、漢字が中国から来たことを知っていますが、「意味は大体同じだろう」ということ以外、中国ではどのように使われているか案外知りません。
まったく同じ意味の場合も多いのですが、少し違う意味で用いられている漢字に、その文化の違いが投影されているのを発見して興味が尽きません。たとえば、広東語の「抵(ダイ)」は、単に絶対的な値段が安いだけでなく、「ものの値段と質・量がバランスが取れていてリーズナブル」という意味です。「抵買」は「(元々高価なものが安くなっていて)お買い得」という意味です。「抵」は、日本語では「さわる、触れる」という意味ですが、この広東語の意味を知った時、私の頭に浮かんだのは、経済学理論のひとつ、限界効用論に出てくるような双曲線のグラフです。グラフが数直線に「さわる」ぎりぎりのところが、値段と価値が限界的にマッチングしているところ、と考えると、妙にしっくりくるのです。
このように、日本語を覚えるとともに使い始め、既に自分の血肉になっているともいえる漢字というものの別の顔を知ることができるということも、まるで長年連れ添った夫に今までまったく知らなかった特技や美点を発見するような、中国語学習の醍醐味なのです。
四、カタカナ文化への挑戦
1.漢字の造語力
中国語を勉強するということは、日本のカタカナ文化というものに、不断に挑戦状を突きつけられているようなものです。はじめは、ひらがな、カタカナという専用の表音文字をもっていることが、日本語の中国語に対する優位性のひとつであると考えていましたが、中国語を学ぶにつれ、その考えは変わってきます。
中国語では、外来語を採り入れるとき、音よりも意味から造語することが多く、私が知る限り、4パターンあります。①原語を分解してそれぞれの意味から漢字を充てる(例:手袋(handbag))、②原語全体の意味から漢字を充てる(例:電梯(エスカレーター))、③原語の音から漢字を充てる(例:口可口楽(Coca Cola))、④一部は意味から、一部は音から漢字を充てる(例:口卑酒(ビール))というように、造語力に創造性が生きています。
それに対して、日本では、カタカナという便利なものがあるばかりに、日本人の西欧礼賛主義に基づく「漢語より外来語の方がおしゃれ」というイメージともあいまって、安易に音からカタカナにするだけ、しかも「ナイーブ」「スマート」等、原語とはまったく違う意味で用いられている外来語もある、等お寒い状態です。せっかく漢字というすばらしい文化をもっているのですから、せめて映画の題名だけでも、「シックスセンス」等、安直にカタカナに頼らず、気のきいた邦題を考えたらどうでしょうか。
2.固有名詞の表記
ついでに、外国人の名前の表記の仕方については、欧米人については、音からだけです。阿諾・舒華辛力(アーノルド・シュワルツェネッガー)とか。カタカナよりよほど原語に近い場合もあります。それなのに、日本人の名前に関しては、たとえひらがな、カタカナの表音文字の名前でも、音から漢字を充てないのがとても不思議です。2パターンありまして、まず、浜崎あゆみを濱崎歩のように、本名を調べてその通りの漢字を充てるもの。松隆子もそうですし、本当によく調べてそのとおりにしています。これはまあ、発音がぜんぜんちがってしまっても仕方ないと納得できますが、問題は、本名と関係ないひらがな名や戸籍上もひらがなの場合です。これは音からとってほしいな、と思うのに、たとえば、「ゆかり」なら、「由香里」等、日本語読みで一番一般的な漢字を充ててしまうから、発音した時には全然元のものとかけ離れたものになっています。ちなみに、木村拓哉は香港女性の間で香港スターより人気がありますが、広東語読みしか知らず、「キムラタクヤ」といってもわからない人が多いです。キムラが香港ではモクチュン、大陸ではムーツンなのは、いってみれば、大天使ミカエルの名が英語圏ではマイケル、ロシア語圏ではミハイル、フランス語圏ではミッシェル、スペイン語圏ではミゲルになるのと同じだと考えればいいような気もします。
五、漢字は一種類ではない
日本の漢字に旧漢字と現在の漢字があることを知っていても、大陸中国の簡体字のことはほとんど知らない私でしたが、ひとつの漢字にいろいろなバージョンがあることも、新鮮な発見です。
これを考えるようになったきっかけは、人民元の札に「圓」と書いてあるのを発見したことでした。また、中国で値段の表示が¥になっているのも、不思議でした。それまでは、日本の通貨の単位は「円」、中国、香港の単位は「元」という別のものだと思っていたのです。しかし、この疑問は、私を、中国・日本両国の漢字簡略化運動について調べるという行動に導き、興味をもって調べるうちに、全部、もともとは同じ「圓」という単位だったことがわかりました。
1909年に陸費○(しんにゅうに陸と同じつくり)が「教育雑誌」創刊号に発表した「普通教育は俗体字を採用せよ」という論文から始まったとされる中国の簡体字運動は、1956年1月、中国政府が「漢字簡化方案」を公布したことをエポックメーキングな出来事として、その後も数次にわたって改革が進められてきました。漢字の簡略化の方式についてはさまざまな分類がありますが、
1. 繁体字の一部を符号化 (例:学)
2. 繁体字の一部を残す(例:医)
3. 繁体字の音を表す部分を簡略化(例:灯)
4. 新たに形成文字を作ったもの(例:惊(繁体字は驚))
5. 字画の少ない同音字を用いる。(例:元(繁体字は圓))
6. 草書を楷書化。(例:東の簡体字)
7. 会意によるもの。(例:陽の簡体字)
8. 輪郭を象ったもの(例:馬の簡体字)
等があり、通貨の単位を表す「元」は、5.のパターンで、「圓」の簡体字だったわけです。ちなみに、日本では「圓」を「円」と簡略化しましたが、「円」という字は中国にはありません。
日本では、戦後の国語改革で、あやうく漢字廃止、という危機もありました。戦争中の米国人の間では、日本軍があのような無謀な戦争を継続した理由のひとつは、日本語の言霊の呪術的な力に操られていたからだと信じられていたそうです。また、占領軍の中には漢字は未開人種の文字であり、国語をローマ字にすること=近代化という考え方の持ち主が少なからずいたようですし、日本人の国語審議会の委員の中にもローマ字論者やかな文字のみにするという論者がいて、文学者等もまきこんで大変な議論が戦わされました。とくに福田恒存が激烈ともいえる漢字・旧かなづかい擁護論を唱えたのは有名です。結局、1946年、国語審議会が発表した「当用漢字表」はその後も何度も改められていますが、いまだに文学者の間では評判が悪い。
私は、「医」や「学」など、中日で簡略化の方法が同じ字が、偶然なのか、どちらが他方のものを導入したのか、ということに非常に興味を抱いて調べているのですが、なかなかわかりません。ご存知の方、ご教示願えればうれしいです。
さて、元は同じ漢字も、香港や台湾で使われている繁体字、大陸で用いられている簡体字の二通りあり、(両者がまったく同じ場合もありますが)さらに、日本字については、繁体字と同じ(例:開)、簡体字と同じ(例:学)、どちらでもない(例:楽)、というパターンがあります。
ところが、話はもっと複雑なんですね。日本語には「乾」と「干」という字が両方ありますが、実は、これ、後者が前者の簡体字という関係なので、同時には存在しない字(香港は前者だけ、大陸は後者だけ)なのです。それを知った時、「うーん、どうして干が乾の簡体字になるのかな。どこからとったのかな」とずっと疑問でした。しかし、ある日、バスの車窓から街を見ていたら、クリーニング屋の看板にある「乾洗」の「乾」の「日」の下の部分が「十」でなく「干」になっているのを発見し、人目も気にせず「そうだったのかー」と絶叫しました。そういう楽しい「ユリイカ」経験ができるので、移動中のタウンウォッチングも楽しくて仕方ありません。また、タレントの「叶姉妹」が、香港では「葉姉妹」と表記されているのが不思議でなりませんでした。しかし、「叶」が「葉」の簡体字であると知って納得。
ただ、簡体字は省略のしすぎ、かつ、元の部首と省略形の一対一対応関係がないので、正直いって、文化の破壊という面もあるな、と思います。漢字の部首は、意味を反映していたり、音を表わしているので、その語原がわかったり、たとえ未知の字でも意味や音を類推できるという非常に高度な文化的インプリケーションがあります。日本語の新字では、旧漢字の部首との一対一対応関係があるから、そうしたインプリケーションを失わずにすんでいますが、中国の簡体字の場合、「過」の部首と「時」のつくりが両方「寸」になっていたり、ごんべんの省略形は決まっているのに、「護」や「託」という字の簡体字がてへんになっていたりするので、語原等はわからなくなってしまっています。
ただし、「陽」をこざとへんに「日」、「陰」をこざとへんに「月」とか、中国の陰陽思想を適格に反映した面白い簡体字もあったりするのですが。
六、普通話と広東語の関係
1. 異同
私は、夫の仕事の関係で香港にいられる期間が限られているので、普通話と広東語を同時に勉強していますが、本当はごっちゃになるのでよくないといわれています。
確かに、普通話でひとつの文章を完成させるのに、ひとつの漢字だけ広東語読みしてしまうという間違いをよく犯します。
同じ漢字の読み方の違いにもパターンがあって、
(1) 普通話でou:広東語でau (例:有、就)
(2)普通話でw:広東語でm(例:文、晩、万)
(3) 普通話でm:広東語でw (例:旺)
どっちだったっけ、とよくわからなくなります。
でも、だんだん、「叫做」(~という名である)で、「ギウ」ときたら「ジョウ」、「ジャオ」ときたら「ズオ」と自然に正しい組み合わせが出てくるようになるのが不思議です。
2. 政治的状況の反映
ところで、広東語を話す香港でも、文章はほとんど普通話であることはよく知られています。学校でも、教科書は普通話で書いてあると聞いて、それを読むときは広東語に直して読んでいるのかと、私は思っていました。たとえば、「我是日本人」と教科書に書いてあっても、「ゴーハイヤップンヤン」と読んでいるのだろうと。でも違ったのです。普通話なら「我是日本人」と書いて「ウォーシューリューベンレン」と読む、広東語なら、「我係日本人」と書いて「ゴーハイヤップンヤン」と読む。ところが、学校では、「我是日本人」と書いてあるのを、「ゴーシーヤップンヤン」と、普通話の用語なのに広東語読みする、つまり、第三の言語があるのです。これは、広東語を話す権利を守りたい香港人と中国政府との政治的な妥協の産物らしく、「二文三言語主義」と呼ばれています。
ポップスの歌詞も、広東語で書いて広東語読みするもの、普通話で書いて普通話読みするもの、普通話で書いて広東語読みするものの3通りあります。
また、四でも触れましたが、欧米の固有名詞は音から漢字を充てることが多いので、人名や地名について、普通話と広東語のどちらの音を採用するかという問題があります。どちらかの発音を採用して漢字を充てると、他方では、その漢字をその地域の読み方をするため全然違う呼び方になってしまうのです。だから、かつては、大陸と香港で発音重視で別の漢字を充てていることが多かったのです。たとえば、シンガポールのことは、大陸では、「新加坡」ですが、香港では「星加坡」とか(星洲炒米はシンガポール風焼きビーフンのこと)。しかし、返還以来、香港でもシンガポールのことを「新加坡」ということが多くなるなど、政治的状況が漢字にも反映しています。
七、最後に
以上からわかるように、中国語を勉強することは、その地域の政治的状況や文化がわかったり、さらに日本語のあり方についても深く考えさせられる作業です。欧米の言語を学ぶ場合、日本語と違いすぎて、日本語自体を見つめなおすことにはあまりなりませんが、中国語の場合、近いだけに、日本語の特殊性がより鮮明になるのです。
このように、まだ大して使いこなせるわけでもない中国語の虜になっている私ですが、もっとマスターしたら、次は、現在ボランティアで教えている日本語・英語点字に加え、中国語点字も勉強して、漢字のよりディープな面を探りたいなと思っている今日この頃なのです。
一、はじめに
私は香港に来て一年数ヶ月になる日本人主婦です。
せっかく中国語圏に来たのだから、と中国語を勉強しています。
はじめは汎用性のある普通話だけを習うつもりだったのですが、香港であまりにも英語が通じないのにびっくりして、生活の必要性から広東語も始めました。
中国語は日本ではかじったことすらなく、「ニーハオ」と「謝々」しか知りませんでしたが、今ではその面白さにすっかりはまってしまいました。といっても週一回ずつ習っている程度なので、まだまだ「中国語学習」について偉そうに語れるほどの実力はありませんが、私のような初心者にさえわかるこの楽しさをぜひみなさんにご紹介したいと思い、筆を執りました。
二、中国との強い絆
私たちがとても頻繁に使う日本語の中に、広東語が起源のものがあるのをご存知ですか?香港に来たばかりの頃、お店に入ると、店の主人が「はい、はい」といって出てくるのにびっくりして「あれ、日本語できるのかな」と思ったら違う、ということがありました。これは、日本語の「yes=はい」が、広東語のbe動詞に近い意味の「係(ハイ)」から来ていることによるものとされています。通説によると、明治初期、岩倉具視の欧米使節団が帰りに香港に立ち寄って、この言葉を聞き及んで、(それまで、日本語には、「ござ候」とか長いYesはあったけれど短い言葉がなかったので)これは便利と取り入れるようになったというのです。戦後、欧米文化を必死で求めてきた日本人は、同時にまた、土着のアイデンティティの喪失という、西欧流の近代人としての孤独(ハイマートロース)をも背負うことになりましたが、遠い昔、漢字を教えてもらったのみならず、たった100年ほど前に、このような基本的な言葉についてもお世話になっていたと知った時、中日間の強い紐帯を感じ、日本はアジアの孤児ではなくその一員なのだと思え、胸に暖かいものが流れたような気がしました。
また、以下は言語学的にはまちがっているのかもしれない、私のまったくの自説ですが、男性の名前につける敬称の「先生(シンサン)」の省略形で「李生(レイサン)」とか呼びかける人を見ていると、ひょっとして日本語の敬称の「さん」はここから来たのじゃないか、と思えます。また、「すみません」という意味の「口吾好意思(ムホウイシ)」は、早口で繰り返すと「もしもし」にも聞こえ、この言葉の語源もひょっとして、と思い始めています。日本語で「1ケ、2ケ」と数える、「ケ」は、「個」の簡体字がそっくりなのでそこから来ている気がしますし。全部学問的には誤りかもしれませんが、そういう想像をするだけでも楽しいじゃないですか。
三、漢字の別の面を知る
私たち日本人は、漢字が中国から来たことを知っていますが、「意味は大体同じだろう」ということ以外、中国ではどのように使われているか案外知りません。
まったく同じ意味の場合も多いのですが、少し違う意味で用いられている漢字に、その文化の違いが投影されているのを発見して興味が尽きません。たとえば、広東語の「抵(ダイ)」は、単に絶対的な値段が安いだけでなく、「ものの値段と質・量がバランスが取れていてリーズナブル」という意味です。「抵買」は「(元々高価なものが安くなっていて)お買い得」という意味です。「抵」は、日本語では「さわる、触れる」という意味ですが、この広東語の意味を知った時、私の頭に浮かんだのは、経済学理論のひとつ、限界効用論に出てくるような双曲線のグラフです。グラフが数直線に「さわる」ぎりぎりのところが、値段と価値が限界的にマッチングしているところ、と考えると、妙にしっくりくるのです。
このように、日本語を覚えるとともに使い始め、既に自分の血肉になっているともいえる漢字というものの別の顔を知ることができるということも、まるで長年連れ添った夫に今までまったく知らなかった特技や美点を発見するような、中国語学習の醍醐味なのです。
四、カタカナ文化への挑戦
1.漢字の造語力
中国語を勉強するということは、日本のカタカナ文化というものに、不断に挑戦状を突きつけられているようなものです。はじめは、ひらがな、カタカナという専用の表音文字をもっていることが、日本語の中国語に対する優位性のひとつであると考えていましたが、中国語を学ぶにつれ、その考えは変わってきます。
中国語では、外来語を採り入れるとき、音よりも意味から造語することが多く、私が知る限り、4パターンあります。①原語を分解してそれぞれの意味から漢字を充てる(例:手袋(handbag))、②原語全体の意味から漢字を充てる(例:電梯(エスカレーター))、③原語の音から漢字を充てる(例:口可口楽(Coca Cola))、④一部は意味から、一部は音から漢字を充てる(例:口卑酒(ビール))というように、造語力に創造性が生きています。
それに対して、日本では、カタカナという便利なものがあるばかりに、日本人の西欧礼賛主義に基づく「漢語より外来語の方がおしゃれ」というイメージともあいまって、安易に音からカタカナにするだけ、しかも「ナイーブ」「スマート」等、原語とはまったく違う意味で用いられている外来語もある、等お寒い状態です。せっかく漢字というすばらしい文化をもっているのですから、せめて映画の題名だけでも、「シックスセンス」等、安直にカタカナに頼らず、気のきいた邦題を考えたらどうでしょうか。
2.固有名詞の表記
ついでに、外国人の名前の表記の仕方については、欧米人については、音からだけです。阿諾・舒華辛力(アーノルド・シュワルツェネッガー)とか。カタカナよりよほど原語に近い場合もあります。それなのに、日本人の名前に関しては、たとえひらがな、カタカナの表音文字の名前でも、音から漢字を充てないのがとても不思議です。2パターンありまして、まず、浜崎あゆみを濱崎歩のように、本名を調べてその通りの漢字を充てるもの。松隆子もそうですし、本当によく調べてそのとおりにしています。これはまあ、発音がぜんぜんちがってしまっても仕方ないと納得できますが、問題は、本名と関係ないひらがな名や戸籍上もひらがなの場合です。これは音からとってほしいな、と思うのに、たとえば、「ゆかり」なら、「由香里」等、日本語読みで一番一般的な漢字を充ててしまうから、発音した時には全然元のものとかけ離れたものになっています。ちなみに、木村拓哉は香港女性の間で香港スターより人気がありますが、広東語読みしか知らず、「キムラタクヤ」といってもわからない人が多いです。キムラが香港ではモクチュン、大陸ではムーツンなのは、いってみれば、大天使ミカエルの名が英語圏ではマイケル、ロシア語圏ではミハイル、フランス語圏ではミッシェル、スペイン語圏ではミゲルになるのと同じだと考えればいいような気もします。
五、漢字は一種類ではない
日本の漢字に旧漢字と現在の漢字があることを知っていても、大陸中国の簡体字のことはほとんど知らない私でしたが、ひとつの漢字にいろいろなバージョンがあることも、新鮮な発見です。
これを考えるようになったきっかけは、人民元の札に「圓」と書いてあるのを発見したことでした。また、中国で値段の表示が¥になっているのも、不思議でした。それまでは、日本の通貨の単位は「円」、中国、香港の単位は「元」という別のものだと思っていたのです。しかし、この疑問は、私を、中国・日本両国の漢字簡略化運動について調べるという行動に導き、興味をもって調べるうちに、全部、もともとは同じ「圓」という単位だったことがわかりました。
1909年に陸費○(しんにゅうに陸と同じつくり)が「教育雑誌」創刊号に発表した「普通教育は俗体字を採用せよ」という論文から始まったとされる中国の簡体字運動は、1956年1月、中国政府が「漢字簡化方案」を公布したことをエポックメーキングな出来事として、その後も数次にわたって改革が進められてきました。漢字の簡略化の方式についてはさまざまな分類がありますが、
1. 繁体字の一部を符号化 (例:学)
2. 繁体字の一部を残す(例:医)
3. 繁体字の音を表す部分を簡略化(例:灯)
4. 新たに形成文字を作ったもの(例:惊(繁体字は驚))
5. 字画の少ない同音字を用いる。(例:元(繁体字は圓))
6. 草書を楷書化。(例:東の簡体字)
7. 会意によるもの。(例:陽の簡体字)
8. 輪郭を象ったもの(例:馬の簡体字)
等があり、通貨の単位を表す「元」は、5.のパターンで、「圓」の簡体字だったわけです。ちなみに、日本では「圓」を「円」と簡略化しましたが、「円」という字は中国にはありません。
日本では、戦後の国語改革で、あやうく漢字廃止、という危機もありました。戦争中の米国人の間では、日本軍があのような無謀な戦争を継続した理由のひとつは、日本語の言霊の呪術的な力に操られていたからだと信じられていたそうです。また、占領軍の中には漢字は未開人種の文字であり、国語をローマ字にすること=近代化という考え方の持ち主が少なからずいたようですし、日本人の国語審議会の委員の中にもローマ字論者やかな文字のみにするという論者がいて、文学者等もまきこんで大変な議論が戦わされました。とくに福田恒存が激烈ともいえる漢字・旧かなづかい擁護論を唱えたのは有名です。結局、1946年、国語審議会が発表した「当用漢字表」はその後も何度も改められていますが、いまだに文学者の間では評判が悪い。
私は、「医」や「学」など、中日で簡略化の方法が同じ字が、偶然なのか、どちらが他方のものを導入したのか、ということに非常に興味を抱いて調べているのですが、なかなかわかりません。ご存知の方、ご教示願えればうれしいです。
さて、元は同じ漢字も、香港や台湾で使われている繁体字、大陸で用いられている簡体字の二通りあり、(両者がまったく同じ場合もありますが)さらに、日本字については、繁体字と同じ(例:開)、簡体字と同じ(例:学)、どちらでもない(例:楽)、というパターンがあります。
ところが、話はもっと複雑なんですね。日本語には「乾」と「干」という字が両方ありますが、実は、これ、後者が前者の簡体字という関係なので、同時には存在しない字(香港は前者だけ、大陸は後者だけ)なのです。それを知った時、「うーん、どうして干が乾の簡体字になるのかな。どこからとったのかな」とずっと疑問でした。しかし、ある日、バスの車窓から街を見ていたら、クリーニング屋の看板にある「乾洗」の「乾」の「日」の下の部分が「十」でなく「干」になっているのを発見し、人目も気にせず「そうだったのかー」と絶叫しました。そういう楽しい「ユリイカ」経験ができるので、移動中のタウンウォッチングも楽しくて仕方ありません。また、タレントの「叶姉妹」が、香港では「葉姉妹」と表記されているのが不思議でなりませんでした。しかし、「叶」が「葉」の簡体字であると知って納得。
ただ、簡体字は省略のしすぎ、かつ、元の部首と省略形の一対一対応関係がないので、正直いって、文化の破壊という面もあるな、と思います。漢字の部首は、意味を反映していたり、音を表わしているので、その語原がわかったり、たとえ未知の字でも意味や音を類推できるという非常に高度な文化的インプリケーションがあります。日本語の新字では、旧漢字の部首との一対一対応関係があるから、そうしたインプリケーションを失わずにすんでいますが、中国の簡体字の場合、「過」の部首と「時」のつくりが両方「寸」になっていたり、ごんべんの省略形は決まっているのに、「護」や「託」という字の簡体字がてへんになっていたりするので、語原等はわからなくなってしまっています。
ただし、「陽」をこざとへんに「日」、「陰」をこざとへんに「月」とか、中国の陰陽思想を適格に反映した面白い簡体字もあったりするのですが。
六、普通話と広東語の関係
1. 異同
私は、夫の仕事の関係で香港にいられる期間が限られているので、普通話と広東語を同時に勉強していますが、本当はごっちゃになるのでよくないといわれています。
確かに、普通話でひとつの文章を完成させるのに、ひとつの漢字だけ広東語読みしてしまうという間違いをよく犯します。
同じ漢字の読み方の違いにもパターンがあって、
(1) 普通話でou:広東語でau (例:有、就)
(2)普通話でw:広東語でm(例:文、晩、万)
(3) 普通話でm:広東語でw (例:旺)
どっちだったっけ、とよくわからなくなります。
でも、だんだん、「叫做」(~という名である)で、「ギウ」ときたら「ジョウ」、「ジャオ」ときたら「ズオ」と自然に正しい組み合わせが出てくるようになるのが不思議です。
2. 政治的状況の反映
ところで、広東語を話す香港でも、文章はほとんど普通話であることはよく知られています。学校でも、教科書は普通話で書いてあると聞いて、それを読むときは広東語に直して読んでいるのかと、私は思っていました。たとえば、「我是日本人」と教科書に書いてあっても、「ゴーハイヤップンヤン」と読んでいるのだろうと。でも違ったのです。普通話なら「我是日本人」と書いて「ウォーシューリューベンレン」と読む、広東語なら、「我係日本人」と書いて「ゴーハイヤップンヤン」と読む。ところが、学校では、「我是日本人」と書いてあるのを、「ゴーシーヤップンヤン」と、普通話の用語なのに広東語読みする、つまり、第三の言語があるのです。これは、広東語を話す権利を守りたい香港人と中国政府との政治的な妥協の産物らしく、「二文三言語主義」と呼ばれています。
ポップスの歌詞も、広東語で書いて広東語読みするもの、普通話で書いて普通話読みするもの、普通話で書いて広東語読みするものの3通りあります。
また、四でも触れましたが、欧米の固有名詞は音から漢字を充てることが多いので、人名や地名について、普通話と広東語のどちらの音を採用するかという問題があります。どちらかの発音を採用して漢字を充てると、他方では、その漢字をその地域の読み方をするため全然違う呼び方になってしまうのです。だから、かつては、大陸と香港で発音重視で別の漢字を充てていることが多かったのです。たとえば、シンガポールのことは、大陸では、「新加坡」ですが、香港では「星加坡」とか(星洲炒米はシンガポール風焼きビーフンのこと)。しかし、返還以来、香港でもシンガポールのことを「新加坡」ということが多くなるなど、政治的状況が漢字にも反映しています。
七、最後に
以上からわかるように、中国語を勉強することは、その地域の政治的状況や文化がわかったり、さらに日本語のあり方についても深く考えさせられる作業です。欧米の言語を学ぶ場合、日本語と違いすぎて、日本語自体を見つめなおすことにはあまりなりませんが、中国語の場合、近いだけに、日本語の特殊性がより鮮明になるのです。
このように、まだ大して使いこなせるわけでもない中国語の虜になっている私ですが、もっとマスターしたら、次は、現在ボランティアで教えている日本語・英語点字に加え、中国語点字も勉強して、漢字のよりディープな面を探りたいなと思っている今日この頃なのです。
「ロミ&ジュリ」の千秋楽で三谷幸喜氏に会った!
藤原竜也・鈴木杏の「ロミオとジュリエット」の千秋楽に行ったら、隣の席に戸田恵子さんがいて、その隣には三谷幸喜氏がいたので、ずうずうしさも省みず、話しかけてしまった。
(前の席には鴻上尚史氏がいた)
「私は大学で法律を教えているんですが、裁判員制度を取り上げた際に、『12人の優しい日本人』を使わせていただきました。本家の『12人の怒れる男』と対比させたのですが、やはり同じ日本人の方が学生には実感がわきやすかったようです」といったら、三谷氏は、「そうですか、映画を見ながらやったのですか?」と気さくに応じてくれた。
三谷氏については、1994年の「古畑任三郎」を見てファンになり、惜しいことに東京サンシャインボーイズはすぐ解散してしまったが、95年の「君となら」以来、ほとんどの舞台を観ている。
香港にいる間も、2002年3月に中国法の講演を頼まれて帰国した際に、「彦馬が行く」の再演と、鹿賀丈史の降板で話題になった「You are the top」を見たくらいだ。代役の浅野和之はその後ドラマにひっぱりだこだが、私は1991年の大河ドラマ「太平記」で塩谷判官の役をやったのだけを覚えていた。というのも、文楽・歌舞伎では、浅野内匠頭を塩谷判官に、吉良上野介を、判官の奥方顔世御前に言い寄った高師直に置き換えているから、判官の役を「浅野」という俳優がやるのは面白いと思ったからだ。夢の遊民舎出身でとても芸達者な役者さんだ。
(ちなみに、一週間の日本滞在で、講演と上記2芝居のほか、「放浪記」(森光子の年齢から帰国後はもうやっていないと思ったので。しかし、小鹿番が最近なくなったので、菊池寛そっくりさんが見られて良かったが。)、「天保15年のシェークスピア」(上川隆也が出ていたので)やアフガン映画「カンダハル」を見たり、母と那須の温泉に行ったりしたので、香港に戻ってすぐ高熱を出して寝込んだ)
今考えると失礼だったかな、と反省するが、以下のような質問を三谷さんにしてしまった。
「『今夜宇宙の片隅で』の最終回で安井昌二さんが出てきましたが、あれは奥様のエッセイで、大沼公園のロケのとき、お店で安井さんのお嬢さんの四方晴美さん(チャコちゃん役の子役)に間違えられたことと関係あるのですか?」
三谷さんは、「いいえ、安井昌二さんは前から大好きな俳優さんなので出ていただいたのです」と答えた。
あとでよく考えたら、三谷さんはどこかで、「妻には作品を見られたくないし、私も妻の出るドラマ等はいっさい見ない」と書いていたから、馬鹿な質問だったかも。
戸田さんには、「ドラマ23の『帰っていいのよ今夜も』で、電話交換手の役ででていらっしゃいましたよね」というマニアックな質問をしてしまった。
二人の会話を聞いていたら、三谷さんが「福山みたいな顔だったら人生違っていたのに」というのが聞こえて思わずぷぷぷ…だった。
本当は赤い洗面器のなぞ(三谷作品で繰り返し出てくる「水の入った赤い洗面器を頭の上にのせて歩いている女性」)も聞いてみたかったが、あまり不躾だろうと遠慮した。
肝心な「ロミオとジュリエット」、藤原竜也も鈴木杏もさすが若手ナンバーワンの演技力だ。
ただし、細かいことを言うと、ばあやの従者がピーターなのに、「聖ペテロ教会」が出てくるのはおかしい。
欧米人の名前は新旧聖書等に出てくる聖人の名からとっていることが多いが、聖ペテロは、イタリア語では、ピエトロ、英語ではピーター、ドイツ語ではペーター(ハイジの友達)、ロシア語ではピョートル、スペイン語ではペドロになるから、同じ文学作品「ピーター」と「ペテロ」という言葉が出てくるのは変だ。
ちなみに、大学の見田ゼミの先輩岸本葉子のエッセイにイタリア取材の際、パウロとかヨハネとか「時代がかった名前の人が多い」というくだりがあるのに首をかしげた。それって、英語圏ならポールとジョンになるから、全然珍しくない。先輩に対して悪いけど、教養を疑いたくなった。
といっても、私も留学中、英語のヨーロッパ・ツアーにたびたび参加して、いろいろな人名の英語表示に接し(日本語だとカタカナになってしまうからわかりづらいが)、初めてわかったことなんだが。聖人以外にも、ユリシーズがオデュッセウスと同じものだとわかるまで時間がかかったりした。本当にギリシャ神話およびキリスト教文化圏は一つなのだと実感した。
初めてヨーロッパの美術館めぐりをして、「ギリシャ神話と新旧聖書の知識がなければ、美術品を半分しか理解できない」と感じたのを思い出す。
(ちなみに現在のいいとも青年隊のジョンとイワンも実は同じ名前ということになる)
藤原竜也は『身毒丸』を見て、童顔に似合わない声と演技力に圧倒され、舞台をよく見に行っている。身毒丸と同じ民話を基にした三島由紀夫近代能楽集の「弱法師」で主人公をやったのももちろん彩のくにさいたま劇場まで観に行った。
そういえば、三谷さんが倉本聡と自殺した野沢尚と競作したドラマでは「ジュリエットは生きている」というタイトルで書いていたのだったと思い出していた。
theater goerの私も千秋楽は初めてだったが、演出の蜷川さんも舞台に出てきて、紙ふぶきが舞ったのに興奮した。
(前の席には鴻上尚史氏がいた)
「私は大学で法律を教えているんですが、裁判員制度を取り上げた際に、『12人の優しい日本人』を使わせていただきました。本家の『12人の怒れる男』と対比させたのですが、やはり同じ日本人の方が学生には実感がわきやすかったようです」といったら、三谷氏は、「そうですか、映画を見ながらやったのですか?」と気さくに応じてくれた。
三谷氏については、1994年の「古畑任三郎」を見てファンになり、惜しいことに東京サンシャインボーイズはすぐ解散してしまったが、95年の「君となら」以来、ほとんどの舞台を観ている。
香港にいる間も、2002年3月に中国法の講演を頼まれて帰国した際に、「彦馬が行く」の再演と、鹿賀丈史の降板で話題になった「You are the top」を見たくらいだ。代役の浅野和之はその後ドラマにひっぱりだこだが、私は1991年の大河ドラマ「太平記」で塩谷判官の役をやったのだけを覚えていた。というのも、文楽・歌舞伎では、浅野内匠頭を塩谷判官に、吉良上野介を、判官の奥方顔世御前に言い寄った高師直に置き換えているから、判官の役を「浅野」という俳優がやるのは面白いと思ったからだ。夢の遊民舎出身でとても芸達者な役者さんだ。
(ちなみに、一週間の日本滞在で、講演と上記2芝居のほか、「放浪記」(森光子の年齢から帰国後はもうやっていないと思ったので。しかし、小鹿番が最近なくなったので、菊池寛そっくりさんが見られて良かったが。)、「天保15年のシェークスピア」(上川隆也が出ていたので)やアフガン映画「カンダハル」を見たり、母と那須の温泉に行ったりしたので、香港に戻ってすぐ高熱を出して寝込んだ)
今考えると失礼だったかな、と反省するが、以下のような質問を三谷さんにしてしまった。
「『今夜宇宙の片隅で』の最終回で安井昌二さんが出てきましたが、あれは奥様のエッセイで、大沼公園のロケのとき、お店で安井さんのお嬢さんの四方晴美さん(チャコちゃん役の子役)に間違えられたことと関係あるのですか?」
三谷さんは、「いいえ、安井昌二さんは前から大好きな俳優さんなので出ていただいたのです」と答えた。
あとでよく考えたら、三谷さんはどこかで、「妻には作品を見られたくないし、私も妻の出るドラマ等はいっさい見ない」と書いていたから、馬鹿な質問だったかも。
戸田さんには、「ドラマ23の『帰っていいのよ今夜も』で、電話交換手の役ででていらっしゃいましたよね」というマニアックな質問をしてしまった。
二人の会話を聞いていたら、三谷さんが「福山みたいな顔だったら人生違っていたのに」というのが聞こえて思わずぷぷぷ…だった。
本当は赤い洗面器のなぞ(三谷作品で繰り返し出てくる「水の入った赤い洗面器を頭の上にのせて歩いている女性」)も聞いてみたかったが、あまり不躾だろうと遠慮した。
肝心な「ロミオとジュリエット」、藤原竜也も鈴木杏もさすが若手ナンバーワンの演技力だ。
ただし、細かいことを言うと、ばあやの従者がピーターなのに、「聖ペテロ教会」が出てくるのはおかしい。
欧米人の名前は新旧聖書等に出てくる聖人の名からとっていることが多いが、聖ペテロは、イタリア語では、ピエトロ、英語ではピーター、ドイツ語ではペーター(ハイジの友達)、ロシア語ではピョートル、スペイン語ではペドロになるから、同じ文学作品「ピーター」と「ペテロ」という言葉が出てくるのは変だ。
ちなみに、大学の見田ゼミの先輩岸本葉子のエッセイにイタリア取材の際、パウロとかヨハネとか「時代がかった名前の人が多い」というくだりがあるのに首をかしげた。それって、英語圏ならポールとジョンになるから、全然珍しくない。先輩に対して悪いけど、教養を疑いたくなった。
といっても、私も留学中、英語のヨーロッパ・ツアーにたびたび参加して、いろいろな人名の英語表示に接し(日本語だとカタカナになってしまうからわかりづらいが)、初めてわかったことなんだが。聖人以外にも、ユリシーズがオデュッセウスと同じものだとわかるまで時間がかかったりした。本当にギリシャ神話およびキリスト教文化圏は一つなのだと実感した。
初めてヨーロッパの美術館めぐりをして、「ギリシャ神話と新旧聖書の知識がなければ、美術品を半分しか理解できない」と感じたのを思い出す。
(ちなみに現在のいいとも青年隊のジョンとイワンも実は同じ名前ということになる)
藤原竜也は『身毒丸』を見て、童顔に似合わない声と演技力に圧倒され、舞台をよく見に行っている。身毒丸と同じ民話を基にした三島由紀夫近代能楽集の「弱法師」で主人公をやったのももちろん彩のくにさいたま劇場まで観に行った。
そういえば、三谷さんが倉本聡と自殺した野沢尚と競作したドラマでは「ジュリエットは生きている」というタイトルで書いていたのだったと思い出していた。
theater goerの私も千秋楽は初めてだったが、演出の蜷川さんも舞台に出てきて、紙ふぶきが舞ったのに興奮した。