angoの世の中フラリフラリと -120ページ目

ようするに酔っ払いとじじイだ

SNSをNSNという馬鹿なじじイイだ

何も通じまい

阿呆を自覚したのだよ

だからって
治らんさ

ごめんなすって

Sissi

このくらいの映画になると

この人を主人公にした映画だと
この人が主演だと

もう何語でもいいのです


どうでもいいのです

あのバーバリアの狂王の従姉
エリザベトをロミー・シュナイダーなんですから

まぁ
こうしてとって置いて
後でゆっくり観ようって算段です



ギロチン考

あの海が戻るわけでもない

今後は
水害も起きるだろう
塩害も起きるだろう
農作物の被害は兎も角
人的被害は兎も角

反対だけは貫いたあれは
彼にとってのひとつの成果だが



ギロチンとはいい言葉を思いついたものだ

ただしギロチンについての知識の方向が違っている
当時の死刑の質は兎も角

ギロチンという方法に携わっていた執行人は
実に責任感が強く
非人としての立場に甘んじる期間を持つ事で
後世に残したものは大きい

医学を語る時にギロチンの意味は変わった角度から考察されるべきでは在ったが

短絡に言えば
ギロチンは単に殺人だということになったのだろう

あれをギロチンに擬えた者の脳味噌に何も期待はしないが

知らぬ者が短絡の表現に踊る例など幾らでもある
知らぬという事がどんなに有用なものか表現された様な気がする

センセーショナルな表現ではあったが的は外れていた


今後の被害を見てみたい






お日様発電考

市場で世界第一位
規模では一位ではないそうだが

要するにコストの高さが市場の規模をそうさせたのだ

これを儲けのネタにするなら此処の方が良かろうという事で
外資辺りも参入で
どうせシナがと言うことだろう

少しづつ弊害も見えて来て計画中止や撤回もあるようだから
あの
高値固定での買い取り制度を変えれば
あっという間にこの市場は冷えて
一時の投資熱での自然破壊は止まるかもしれない

私は
あの太陽光発電は失敗すればこれほど良い事は無いと思っている
あれは駄目だ
発電量だとか蓄電能力だとかそういう事はそもそも話の中心ではないと思う

自然環境破壊を加味すれば
あんな効率の悪い広範囲にダメージを与える発電など
無い方がいいのだ

風力も同じ
地上でのあれは良くない

そもそもこんな風変わりな事をし始めなくても
化石燃料もあるし
何とかガスもあるようだし

燃やせばいいのだ
燃やすとナントカが地球をどうにかするか

しないでしょ

人の言ってきた事が確かなら
もう既に人の殆どは飢餓で死に掛けてみたり
石油はないし
どうしようもないのです

飢餓対策で人口を増やして来たのは人間で
どうも贅沢になったようでドンドン車の排気量は増えているし

やっぱり市場価値として
電力関係は切っても切れない道具なので突込みが効くのです

突っ込みの効かない市場に投資しようという企業家は居ないし
それと組みたくない政治家も居ない

あれだけあからさまな二人三脚を法律に仕立てたのはやはり
悪事の達人だと尊敬せざるを得ない


新しいおもちゃが


政治家や自称政治かも含め
やはりまだ
NSNは使えないだろう

余りにも下らない使い方で
世の中の雑音が増えるだけ

NSNなど目を向けなくても
そこでの雑音が世の中に聞こえてくる

馬鹿な使い方の種類がいくつかあるが
どっちにしても

禁止でもいいかな

それとも
今より正体見えるしいいのかな
どうも
政治の質が地に落ちた中でこれを遣っている景色は頂けない

頂けないけど
こうでもしないと見えない者に騙される

字数が少ないのだから
頭整理してからポチポチする位のセンスは欲しい

センス磨き過ぎて裏をかく
どこかの市長も居るが
さすがにあそこは海の向こうに良い事しないと人気度が下がるのだろう

あそこがどこかは良く知らない  


本題は
選挙でネットを使える下地が無いという事だったけど
流行には乗りましょうの景色にしか見えない
子供に持たせるとエロサイトに行ってしまうのです
職員室が大変だろう

アナログな立会演説会の方がはるかにハッキリと相手がわかる
解かっちゃ困るという事までは私でも解かる




















Hans Bellmer

1902年生まれだから既に100年以上前にポーランド産まれたハンス・ベルメールは
後にナチスの党員になりナチスに傾倒した父親に真っ向から反発する為に
ナチスが最も嫌う荒廃のイメージだけで作品を創り出す

先ずは人体をバラバラにし
次にそれらを組み合わせる
それぞれはどこにでも結合できるので
如何なる組み合わせも可能になり

荒廃のイメージが膨らむ

理想的なポーズで
それを写真に撮り
人形という写真集を出版する

貴族の子飼いの時代が終わって
芸術家は表現し戦う事を覚えた

これは単に批判である嫌悪である
批判と嫌悪の作品なのだ

綺麗でしょ
可愛いでしょ

そう言う事ではない強烈な発信で
気分さえ悪くなるかも知れない


人形には普通魂が宿るから
オモチャの人形で無い限り
何かを発信するものだと思う


この場合
人形という題に適したものかどうかも定かではない

東欧の芸術家の奥は今でも深いと思う





The April Fools

幸せはパリで
そんな変な邦題で公開された映画で

確かこれはアメリカ映画だから
結末に心配は要らないのです

テレビでしか観て居ないような気がする
でも
映画館で次の時間を待っている間には流れていた様な気がするサウンドトラックが
いいです

今風に言えば不倫の映画だけれども
好き嫌いに倫理なんていうものがあるかどうかは・・・

ジャック・レモンは大物俳優ではなかったけれど
熱病に犯された演技に特徴があった

シャーリー・マクレーンとの
アパートメントも演技も大変な熱病患者だった

恋愛物は面倒に創ってはいけませんという事です


つまり
これはいい頃の映画だと思う







ひまわり

もっともっと昔の映画だと思っていたら
70年だった

おじさんのさっきである

さっきが嘘でもちょっと前ではある
時間などいい加減なものです

映画の音楽があった頃









詰らない事を言ってしまうと
こういう映画を観て
戦争はいけない

いつでも被害者は女と子供だ
等といい加減な事を発想してはいけないと思う

悲劇は悲劇で
最も解かり易いのが戦争であったとしても
男は頭を飛ばされたり
体がチリジリに吹っ飛んだりするので
確かに悲劇を感じる暇があるかどうかは解からないけど

フェミニズムみたいな臭いをさせた反戦は
凡そ嘘の取り繕い


戦争を無くそうと躍起になったら戦争を存続させようとする相手と戦争になるだろう

戦争の質が変わってきたから面倒なだけだ
無くなるなんて恐ろしい事は想像も付かないのです




恐るべき子供たち

ジャン・コクトーの私小説を映画化したのが

1950年
Youtubeには本編がない・・・・・・
DVDになら有るか!

河出書房からの翻訳本が本屋にあるでしょう


球体がテーマだ
白い球体が黒い球体で終わる

球体というのは
よく小説のテーマになるけれど

その隠れたテーマを持つ小説も映画も
解からない人には批判的に観られる事がよくある


球体の答えは
立方体よりも理解されにくい物なのでしょう

自然過ぎるのかもしれない

と思ったり









地下鉄のザジ

予告と本編
何も書かない方がいい映画だと思う

サブタイトル欲しい・・・・