朝夕が随分過ごしやすくなった。もう9月も終わりに近づいている。
ここは米国のサウスカロライナ州の沿岸部の街。もうこの土地にきて9年になる。夏の日中は外を出歩くなんてとんでもないくらい暑くなる。冬でも日中はシャツ一枚で過ごせる時があるし、この土地に来てからはダウンジャケットなんて着たことがない。
雪も見なくなった。数年前の1月に一度だけ雪が降ったことがあった。その時、ここの人々は雪の道に慣れていないのだろう。大学も閉鎖になった。
そういう自分は渡米してからはコネチカット、オハイオと寒い地域にいたので雪や凍結した路面の運転にも慣れている。普通に仕事にでかけた。
最近、ふと思い出したことがある。
石油ストーブを使うこと。
有名すぎるほど有名な古典、徒然草の『春はあけぼの』の冬の一節に、
『冬はつとめて。 雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るも、いとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。』
というのがあり、『冬は早朝に趣がある。雪の景色は言うまでもなく美しく、霜の白もまた趣がある。さらに、大変寒いときに、火を急ぎおこして、(廊下を通って)炭を持ってくるのも良い感じで、昼になって次第に暖かくなり、火桶の炭が白く灰になっていくのはあまりよくない』というようなことが書いてある。
現代ではどうだろうか。早朝の寝起き、あるいは仕事から帰ってきて、あまりの寒さゆえ、オーバーやダウンジャケットを脱ぐ前に、石油ストーブに火をいれる。タンクに石油がまだ残っているかーっとまずメーターを確認して、ダイアルを回して芯を上げ、マッチあるいはチャッカマンで火をつける。石油の匂いがツンと鼻につく。ストーブがぼ、ぼ、ぼっと燃え始めるのを目と耳で感じながら火が安定するのを待つ。「うーさぶ」と思いながら手を摩り、暖かくなってくるようやく一息つくことができる。
なんでこんなに寒いねんと不愉快に思いながらも、こういう冬の日常があった。
アメリカに来てからはこのような日常は無い。部屋全体を温めるヒーターを使うし石油ストーブなどもない。
石油ストーブが欲しくなってきた。