何年ぶりだろう~~~若い人たちが手作りで頑張っているようなお芝居を観てきました。
姪っ子からのLINEで「大学の先輩たちとお芝居をやる

」と送ってきたので、チケットを1枚購入させてもらったのです。
私が、20歳から25歳までのおおよそ6年間、演劇に身をおき、小さな小劇場で舞台を踏んでいたときに、たった1枚のチケットを購入してもらうのがとても難しかったことをよく知っていたから・・・
そして、心のどこかで懐かしさに少し灯がともったから
姪っ子は、精一杯舞台をつとめていましたが、演じているのか

いつものままなのか
でも、いきいきと舞台に立っている姿を見ると、彼女の思春期からの葛藤を見てきている私にとっては、輝かしい姿に映りました。今のこの瞬間の煌めきが見られたから・・・
ちょうど、私の舞台を母が大阪からわざわざ駆けつけて観に来てくれた時、亡くなった母はどんな気持ちで観ていたのか・・・ちょっと聞いてみたい気持ちです。
姪っ子が出ている舞台は、まだ、荒々しい演出でありながらも、意味がつながらない言葉が降り注いでいても、若さが放つエネルギーのもとで小さく心がときめきました。
私が若かったころ、渡辺えり子さんの劇団3○○、野田秀樹さんの劇団夢の遊眠社などの舞台を袖で観ていて、裏方のお手伝いをしたころが懐かしく思い出されます。
あのころ、私は何故舞台を芝居を志していたんだろうか・・・

と考えると
女優になりたいとか、誰かのために演劇を通して楽しませたいと思ったわけではなかった気がします。ただ、ただ、「自分が何者か

」「何ができるのか

」「何のために生まれてきたのか

」ってな自分探しをひたすらしていたようにも思えます。私の人生の中では、25歳くらいまでは、ひたすら自分の内側に向かっていた時期。かなり暗く、長いトンネルのように思っていました。見た目が明るく、元気そのものに観られるので、自分の内側で起こっていることとのギャップにもがいていたのかもしれません。訳の分からないお芝居を通して、自分をわかろうとしていたのかもしれません・・・
ダンスの指導やフィットネスの指導を始めてから、とらえどころのある身体に気づき、人とつながることの面白さを感じたことが、今の自分に繋がっています。
たとえて言うならば、「自分を知りたい」「誰かとつながりたい」という気持ちを「演ずる」という代償行為で得たかったわけです。それが、「舞台」であり「芝居」だったわけです。
今では、フィットネスクラブやスタジオなどが舞台となり、運動指導者、健康教育者という役を演じているのかもしれません
25歳で芝居の世界から離れたけれど、自分自身を振り返ると、そうやってどこかいつも自分は舞台を踏んでいるようなところがあるなぁ~~と思います。そして、何かの役を演じている自分にも出くわします。
つまり、今の自分が本当の自分か

って問いかけが永遠に続くのです。
最近では、とらええどころのある身体って思ってたけど、実は身体も心と同じくらいとらえどころがないんだ~って気づいてみたり・・・
だから、感覚を大切に、感情を豊かに、そのために思考を自由に・・・って思うわけです。
姪っ子たちの舞台で交わされていた、セリフのやり取りのなかで、その捉えどころのない、観客それぞれに投げかけられたであろうメッセージに触れて、30年以上を一気にタイムスリップしていました。
若いということ、何かをつかもうとしていること、ただただ、無我夢中なこと・・・
そんな煌めきの時間をまだまだ大切にしてほしいと叔母の私としては思うばかりです。
ちぃちゃん、素敵な舞台をありがとう~~~
私の演劇時代の役者としての最後の舞台の台本。
これ以降は、自作自演の「自分の人生」という舞台に
尾陰由美子という表現者(役者)をデビューさせたことになります。
たまに見る芝居は、やはりワクワク、ゾクゾクするね
