陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方 -15ページ目

陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方

記憶術×陽転思考の<a href="http://www.oda-abs.com">アクティブ・ブレイン・セミナー</a>を受講した方限定のメルマガ「ウィークリーコンパス」の中から「陽転思考の達人」のみを抜粋し公開しています。

●壁を乗り越えようとしたときに現れる超脳力

本田宗一郎をはじめ成功者の多くは、困難をチャンスに転換するという力をもっていました。
彼らは自らの人生を振り返り、口をそろえるかのように「壁にぶち当たったときこそチャンスだった」というようなことを言っています。

普通の人は、「それは実際に成功したから言える結果論であって、困難は困難であり、チャンスとは程遠い」と考えるかもしれません。
しかし実際に「壁」がチャンスであるということは、陽転思考的にもいえることです。
なぜならば、大きな壁や困難に遭遇した時、そして、どうしてもそれを越えなければならない時、人は真剣に頭を使った乗り越える方法を考え始めるからです。

「火事場の馬鹿力」という言葉があるように、「壁越えの超脳力」とでもいえるような、不思議な力が出てきたりするものです。
しかしそれは必ずしも自分の力を越えた脳力ではなく、もともと潜在していたものが「必ずできる・乗り越える」と決意したことで、発現されたと考えるべきでしょう。
人間は、もともとそういう力をもっているのです。

『発明、創意工夫なんてものはぎりぎりの線までいかないと出てこない。それと同じだ。壁に突き当たる。そこでみんな戻ってきちゃう。そうすると発明、創意工夫はない。
壁にぶつかったときにそれをじっと我慢して乗り越えたときに発明、創意工夫がある』(『俺の考え』本田宗一郎著)

夢を叶える人とは、脳力が高いというより、壁に突き当たっても、戻らずになんとか乗り越える方法を考え続けることができる人なのかもしれません。
夢や目標が大きければ大きいほど、道は遠く、壁は高く、そして分厚く感じられるでしょう。しかし、だからこそ必死に脳をフル回転させなければならないということにもなります。
そう考えると、「夢は大きいほどいい」というようなことも、単なる理想主義ではなく、脳の性質に沿った教訓なのかもしれません。

アクティブ・ブレイン・セミナーでは、何度も何度も脳の限界に挑戦します。しかし実際にそれを乗り越えてみると、それは、限界でもなんでもなく、勝手に自分がそう決めつけていた壁だったと気づかされます。
そしてセミナーが終わるころには、参加者のほとんどが、自分の脳には無限の可能性があると実感するようになるのです。

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□書籍のご紹介
 『俺の考え
  本田宗一郎著
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●明日咲かせる花は今種を蒔いておく

1954年、本田宗一郎はイギリスのマン島で開催される「マン島TTレース(世界的なオートバイレース)」への参戦を表明し、次のような宣言文を発表しています。

「わたしの幼き頃よりの夢は、自分で製作した自動車で全世界の自動車競走の覇者となることであった。(中略)日本の機械工業の真価を問い、此を世界に誇示するまでにしなければならない。
吾が本田技研の使命は日本産業の啓蒙にある。ここに私の決意を披瀝し、TTレースに出場、優勝するために、精魂を傾けて創意工夫に努力することを諸君とともに誓う」(『夢を力に』本田宗一郎著)

当時、ホンダは二輪車の販売が軌道に乗り、株式も店頭公開を果たし、経営は順風満帆に見えました。
しかし実際は、朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月)の特需景気が終わりを告げ、ホンダの主力商品の売れ行きも下降の一途を辿っていました。
さらに技術的な問題からクレーム対応に追われるなど、その経営は「威勢のいい檄文とは裏腹に、経営は創業以来の危機を迎えていた(『夢を力に』)」のです。

経営危機を乗り越えるべく陣頭指揮を取ったのは名参謀といわれた藤沢武夫でした。
本田が技術的な問題をなんとか解決すると、より深刻な財務問題は藤沢がすべて引き受け、「社長、ヨーロッパに行ってらっしゃい」と本田を「マン島TTレース」の視察に送り出します。
ところが、そこでもまた本田には大きな壁が立ちはだかります。

『まず宗一郎は自らの目で“世界最高峰”を確かめるべく、1954年6月に渡欧。
ここで実際に、2輪レースの檜舞台である「マン島TTレース」を見た彼は、後年「一番がっかりしたこと」と語るほどの衝撃を受ける。
トップクラスのマシンは想定していた3倍のパワーで走っていたのだ』(ホンダ公式サイトより)

しかし、それでも本田は無謀とも思える挑戦を止めることはしませんでした。

「何が何でも出る。もたもたしていると、どんどんおいていかれる。それにな、今みんなが苦労している時だろう。
そういう時こそ夢がほしいじゃないか。明日咲かせる花は、今種を蒔いておかなきゃいけないんだ」(『夢を力に』)

宣言から5年後、ホンダはついに初出場を果たし、参加した4台とも完走し実績を作っています。
さらにその2年後、同大会3度目の挑戦で、ホンダチームは125ccクラス、250ccクラス共に1位から5位までを独占という快挙を成し遂げます。
その3年後の1964年には4輪のF1レースにも参加。翌年のF1メキシコGPでは初優勝を飾りました。

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□書籍のご紹介
 『夢を力に』- 私の履歴書
  本田宗一郎著
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●不可能という言葉はありえない

本田宗一郎は、その奔放で大胆なキャラクターから、どちらかというと「行動の人」「前向きな人」のように思われがちです。
もちろん、そのどちらもまちがってはいません。

しかしホンダを世界に誇る企業へと育て上げることができたのは、ただがむしゃらに働いたからではありません。
むしろ本田は、先回までにご紹介したように、「考えること」や「反省」をとても重視していました。「考えること」も「反省」も、ようするに「頭(脳)を使うこと」です。
しかし、ただ頭を使えばいいというのではなく、「上手に使う」ということが大切です。

頭の使い方には、「目からウロコ」的なコツがあるということは、アクティブ・ブレイン・セミナーを受講した方には、よく分かっておられることと思います。
成功者とそうでない人を分かつのは、脳の性能の差ではなく、その使い方の違いにあります。
本田をはじめ多くの成功者が書いた書物を読むと、そうした陽転思考的な脳の使い方を自然に実践しているということが分かります。

とにかくまずは自分の脳力を信じること。自信をもつこと。そして、「できる」という方向で脳を使うことが大切になります。
やってみもしないで、「どうせ自分にはできxない」「とてもムリ」「やるだけムダ」というような考えは、脳にとって猛毒になります。

たとえば「空を飛ぶ」というようなことは、誰が考えても「とうてい不可能」なことに思えます。
でも、その可能性を信じて、「どうやったら空を飛べるだろう」と真剣に考える人がいたからこそ、いまこの瞬間も多くの人が「空の上を飛んで」世界中を旅行することができているのです。

『多くの人ができるとかできぬとか申しますが、できぬと断定できるのは神様だけであります。
進歩を運命づけられている人間の辞典には、不可能という言葉はありえないと私は考えます』(『本田宗一郎語録』本田宗一郎研究会編)

「きっとできる」と思えば、脳はその方向で働きます。「まあムリだろう」と思えば、脳は「素直」にその言葉に従って、働くことを止めてしまうでしょう。

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□書籍のご紹介
 『本田宗一郎語録
  本田宗一郎研究会編著
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●果報は“練って”待て

常に過去よりも未来を見続けた本田宗一郎。しかし、過ぎたことは気にせず、とにかく前進しようとしていたかというと、けっしてそうではありません。
先回も紹介したように、むしろ「反省」の重要性を訴え、自らもそれを実践しています。

「99%の失敗」を最終的に成功につなげることができたのは、反省から学んだ経験の蓄積が大きかったからでしょう。

『「果報は寝て待て」ということわざがあるが、あれは私の祖先かだれかそそっかしいやつが間違えたと思う。
あれは「果報は練って待て」で、反省して待つことだ』(『俺の考え』本田宗一郎著)

本田一流のダジャレ(今でいうオヤジギャグ?)の中に、とても深い哲学が込められています。
ただじっと待っているだけであれば仮に「果報」が訪れても見逃してしまうかもしれません。
じっくりと考えを練って準備をしておいてこそ、チャンスや幸運をしっかりとつかみ、生かすことができるものです。

あるいは彼は、何度か「果報」を逃してしまったのかもしれません。
その失敗を反省し、そこから学んだからこそ、こうした「名言」が生まれたのでしょう。

『人間が、いろんな問題にぶつかって、はたと困る、ということは素晴らしい“チャンス”なのである。
その人が過去に積み重ねてきた知識を総動員し、最良の手をうつ判断をしなければならぬからである。
思いあぐねて、人の手をかりることもあるだろう。
そこで、自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力をかしてくれる他人の存在を知るのもいい経験である』(『やりたいことをやれ』本田宗一郎著)

失敗から学び、困難をチャンスにする。失敗や困難をマイナスと捉えずに、そこにプラスに転換するための種を見つける
ーー心の持ち方、脳の使い方一つで、マイナスはプラスに切り替わっていきます。

本田をはじめ陽転思考の達人たちは、それが事実であるということを、それぞれの人生を通じて証明しています。

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□書籍のご紹介
 『やりたいことをやれ
  本田宗一郎著

 『俺の考え
  本田宗一郎著
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●99%の失敗と1%の成功

成功者の多くは、過去に何度か手痛い失敗をおかしているものです。
一代でホンダを世界的な大企業に育て上げた本田宗一郎も例外ではありません。
むしろ大胆なチャレンジ精神をもっていたがゆえに、たくさんの失敗を重ねてきています。

『私はずいぶん無鉄砲な生き方をしてきたが、私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。
99%は失敗の連続であった。そしてその実を結んだ1%の成功が現在の私である』(『夢を力に』本田宗一郎著)

失敗にどう立ち向かうかというのは、まさにその人の生き方そのものであるともいえるかもしれません。
誰もが、できるなら失敗を避けたいと思っています。しかし、失敗を恐れて何もチャレンジしないままでは、いつまでたっても飛躍することはできません。

夢を実現させ成功を手にするためには、多少のリスクを負ってでも勇気を出して一歩踏み出さなければならない局面があるものです。
ましてや、それほどリスクがないのであれば、なんでも試してみるというのが本田のやり方でした。

『石橋を叩くやつがあるか。石橋だと思ったら、叩かず、どんどん渡っちゃえばいい』
『やってもみないで逡巡したってモノは進まない』(『本田宗一郎語録』本田宗一郎著)

失敗を恐れずに挑戦し続けるのは、夢を叶えるためにはとても重要な姿勢です。
しかし、ただ無策であるがために何度も同じ失敗を繰り返すのであれば、同じ所をぐるぐる回るだけで、なかなかゴールに近づくことはできません。
失敗を恐れないということは、いうまでもなく失敗に何の責任も感じないということではないのです。

『「失敗は成功のもと」というたとえがあるが、ほんとうに失敗を成功のもとにする人は何人あるか。これは正しい理論を用いて反省する人にのみ与えられたる権利だと思う。
ただ単に進退伺いを出したりするような人には絶対に、失敗が成功のもとになる資格はないはずだと私は心得ている』(『俺の考え』本田宗一郎著)

本田は常に反省の大切さを力説していました。
反省の本来の意味は、自己を見つめること、自分の考えや言動を分析することであり、必ずしも自己を否定することではありません。

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□書籍のご紹介
 『夢を力に』- 私の履歴書
  本田宗一郎著

 『俺の考え
  本田宗一郎著
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