震災の行方不明者捜索のため、日米軍合同(憲法上自衛隊は軍隊ではないが、機能・装備面、実質的な戦力においてアジア諸国のそれらを軽く上回る)による大がかりな捜索が始まったというNEWS報道。宮城沖に浮かぶ全通甲板の艦船が映し出されたが、どこか形がヘン?


ニミッツ級の先入観があったためで、よく見れば海自のひゅうが級。海自の最新鋭艦で、ヘリ3機の同時離着艦が可能。全運用機数は、たしか11機だったかと。多目的な用途に対しての運用性が高く、災害発生時には活動拠点として人道支援任務での活動が期待されていた艦だ。就役して日も浅いが、まさかこんな形で任務に就くとは思ってもみなかっただろう。皮肉にも、二番艦いせの就役は、震災後の3月中旬頃ではなかったかと思う。瞬間の映像だったのでよく確認できなかったが「ひゅうが」「いせ」の2艦ともいたような。


よく知られているが、歴史的に海自の護衛艦は、旧海軍の艦艇に準じたネーミングが行なわれている。ひゅうが級もそうなのだが、なぜかこの艦級だけ1番艦と2番艦が逆になっているのだ。旧海軍に存在した艦級は伊勢級で、1番艦が伊勢、2番艦が日向として建造されていた。今回の海自では、ネームシップがひゅうがとなった。なぜだろう……?


いま、書きながらひとつ理由を思いついた。根拠はなし。伊勢級は戦艦として建艦されたが、大戦中、船体後部を平甲板に改修し、水上機の運用を可能としとた航空戦艦に変更されている。この順番が、2番艦日向のほうが先だったのでは? ということだ。現行ひゅうがは、建艦案として半通甲板(しらね型のようなヘリコプターDDH)仕様もあったと聞くが、全通甲板構造として航空機(回転翼機だが)の運用を主体とする仕様に落ち着いた段階で、航空護衛艦にふさわしい艦名が検討されたのだろう。


これもよく知られたことだが、歴史的に日本の艦艇名は、日本固有の有名な地理名称にちなんでいる。そして艦型の大きさ順に、戦艦が国名、重巡洋艦(巡洋戦艦)が山名、軽巡洋艦艦が河川名、駆逐艦が天然自然現象名を使っている。


これに照らし合わせると、それぞれの艦が持つ素性が見えてくるからおもしろい。空母・加賀(国名)、信濃(国名)は戦艦の転用、赤城は巡洋戦艦(山名)の転用だったことが分かる。もともと空母として建艦されたものについては、大空を縦横に舞うイメージから、大鳳、翔鶴、瑞鶴、飛龍、蒼龍などと名付けられていた。この例から考えると、最上級(もがみ級、さいじょうきゅうとは読まないので……)重巡がインチキをしていたことがよく分かる。ロンドン軍縮条約で重巡の保有数が限られたため、軽巡と偽って最上級の4艦(最上、三隅、鈴谷、熊野)を建造したのである。実際には、重巡の船体に軽巡の主砲(15.5センチ砲)を装備したもので、開戦(開戦を決めた段階)と同時に重巡用の20.3センチ砲に換装されている。


こぼれ話になるが、この15.5センチ砲は実によく出来で、命中精度が抜群だった。ならばと、これを大和級戦艦の副砲に振り向けたのである。もっとも、この副砲も防御面と航空機対策面から、後期仕様の大和では取り外され、代わりに対空機関砲や対空機銃が装備された。


それにしても、日本の艦船や航空機は美しい名前を持つものが多い。銀河、月光、彗星、疾風……。天然自然現象を艦名に使う駆逐艦(現在の護衛艦も同じ)は、波や風、雨などを使い、これが戦闘艦かと思うほどきれいな響きの名前が多い。さざ波、あわ雪、村雨など。いまもファンは多いが(かく言う私もその1人)、雪風の名前には格別な思い入れがある。聞けば、ひゅうが級のときも「ゆきかぜ」の名前は候補に挙がったというが、艦型も違うし、だいいち軽々しく使ってほしくない名前である。そういう意味では「大和」「やまと」も同じになるが。


すでに、ひゅうが級の5割増しの基準排水量を持つ艦の建造に入っているはずで、こちらの艦名が気になるところだ。小型空母なのか、DDHの延長線上かでネーミングは変わってくる。まさか扶桑/山城級はないと思うが、かといって長門級というのも抵抗がある。イージス艦が中途半端なネーミングとなっている点(こんごう級のこんごう、きりしま、みょうこう、ちょうかい、と本来のネーミング由来からすれば正しいが)が気になるところだが、「ひえい」と「はるな」はすでに使われているし、「あたご」と「あしがら」は第2世代イージス艦が使っている。


こうした意味では、正規空母だが小型艦だった「ひりゅう」「そうりゅう」のネーミングを使ってみたい気もするが、なんといっても二航戦司令、山口多聞少将座乗の艦。おいそれと簡単には使ってほしくない、という気持ちもある。やはり、カギはFXか。F35の海兵隊タイプが実現すれば(これが望み薄ときている)、母艦として「ひりゅう」「そうりゅう」はありかもしれない。だいたい、基準排水量も似ているではないか……。


桃、栗3年、柿8年。この故事来歴に当てはめると、冷却3年、コンクリ8年となるのだろうか? 確実に長期戦になりそうな福島原発。。これ以上の被害が出ないのなら、長期戦でも構わない。とにかく収束してくれ、と願うばかりだ。


というわけで、ノー天気にクルマネタなど。オーストラリアでF1が開幕。今年のサーキットレースが始まった。予選をTVで見ていたが、可夢偉の走りに元気をもらった。決勝失格は残念だったが、今のチームやポジションで満足する器のドライバーじゃない。可夢偉が行くべき場所はもっと上だ。世界のトップとまともに戦える、日本人初のドライバーとして先が楽しみ。Go!Go!カムイだ。


個人的には今年のモーターレーシングは2月のデイトナで開幕。NASCARだ。アメリカンスタイルのレースは、日本では一段低く見られる傾向にあるが、なんの、なんのである。オーバルトラックが、単調なコース、単純なドライビング技術によるレースと思われれていることもあるが、頻繁に導入されるペースカー(黄旗)がレースの公平性を失わせていることに疑問を持つ人も多い。


ヨーロッパ型のレースに親しむと、どうしてもインディカー(チャンプカー)やストックカーは格下に見えてしまう。超A級と言われたCART上がりのドライバーが、軒並みF1で惨敗した例も効いているだろう。A.ザナルディ、M,アンドレッティ(当然マリオじゃなくマイケル)、J-P.モントーヤ(チャンピオンはとれなかったが唯一成功したドライバーかも)などで、逆にF1からの転身では、N.マンセル、FIA-GTクラスからの転身となるD.フランキッティ(奥さんアシュレイ・ジャッド)らが難なくチャンピオンを獲得したことで、欧米のレベル差がはっきりと見えていたような印象がある。


しかし、その一方でガチガチのハコレースとなるNASCARでは、フォーミュラー組はことごとく玉砕。CARTで成功したモントーヤ、フランキッティは言うに及ばず、ホーニッシュJr、果てはJ.ビルヌーブ(トゲのある言い方だが、一応F1のチャンピオン。だが、何に乗ってもダメという見方もある。ル・マンでプジョー908に乗った時は絵に描いた無惨! いかにウイリアムズが偉大であったか……)らはほぼ壊滅。モントーヤだけがなんとかトップグループ入りを果たした程度だ。


そのNASCARだが、オープニングセレモニーが楽しい。ほとんど毎回、国歌斉唱の終了に合わせ、空軍のセレモニーフライトが行われる。念入りに予行練習が行われ、秒単位の精度で飛んでくる。興味のない人にとってはそれだけの話だが、飛行機好きにとっては目を楽しませてくれる一瞬だ。


現在のNASCARは、アメリカ各地で年36戦(同一サーキットで年2開催のケースも多い)が行なわれ、最寄りの空軍基地から航空機が飛んでくるわけだが、その顔ぶれがおもしろいのだ。アナウンサーを含め解説者の皆さん(日テレG+、石見、福山、桃田、天野の諸氏)は、航空機にはあまり興味がなさそうで「あ、飛んできましたね」で片づけているが、飛行機好きが見たら、なかなかのものなのだ。


多いのはF15イーグル。州空軍も使っているため最も一般的な機材となる。F16ファイティングファルコンも比較的多い。ただ、F16の部隊でもサンダーバーズが飛んでくる例外的なケースがある。この場合は素直にラッキー! と喜んでしまう。この手のデモフライトは戦闘機部隊が多くなるためF/A18スーパーホーネットも珍しくない。戦闘機部隊の目新しさでいえば、やはりF22ラプターに尽きるだろう。


しかし、おもしろいのは非戦闘機系の機体が飛んでくるときだ。ただ一機で、オオッと思わせたのは、B52ストラトフォートレスが飛んできたときだった。大型機だと1機になるのね、と1人納得。笑ったのは、タンカーのKC-135が給油ノズルを伸ばして飛んできたときだった。NASCARに協力を依頼された空軍基地が、あの手この手で観客を驚かせようとしていることが分かるだけに、嬉しく楽しい。


度胆を抜かれたのはC-5ギャラクシーを見たとき。あんなデカイの飛ばしてくるか、と驚いたが、なんといっても決定打はB-2スピリットに尽きる。遠目に、ブーメラン? 全翼機? エッ? まさか? てな具合である。門外不出じゃないの?


B-2の密着取材を見たことがあるが、これがなかなかおもしろかった。さすがにB2クラスになるとキャビンスペースにゆとりがあり、パイロットシートの後方にボンボンベッドを置いていたのだ。取材クルーも不思議に思ったらしく「なに、コレ?」と聞いていたが、その答えがおかしかった。「フライトが長いんで、交替で休めるよう近所のホームセンターで買ってきた」と言うのだ。フルロードで飛び上がり、途中で空中給油を受けてアフガンへ。小隊規模での爆撃ミッションだったように記憶するが、戦闘機の護衛もなく夜闇に紛れての出撃。さすがB-2である。


いいのかなぁ、こんなノー天気なこと書いてて。ま、いいか。開き直って、いま、いちばん見たいのはB-1ランサー。B-1A、B-1Bはよく知られているが、制空戦闘の支援攻撃機として使える次世代型のB-1R。あるのか、ないのか知らないが、戦闘機並の超高速飛行能力を持ち(B-1Aの超音速とは次元違い)、アムラームを20発だか30発まとめて射出できる戦闘機キラーだ。第4世代機までなら餌食になること間違いなし。


中国のステルス機計画で米国防省がうろたえた? そんなことはないだろう。脅威としては当然評価するが、軍事力は相対戦力の優劣だ。一朝一夕で蓄積技術が凌駕されることはないはずだ。むしろ、進化型の第5世代機を準備する用意があるのでは、と思わせる。


そういえば、S新聞がF35に関する報道でひどい間違いを犯していた。この新聞、購読しているわけでもなく、時折ネットのニュースで目を通すぐらいなのだが、たまたま目にするニュース報道が、かなりの確率で質が低いため戸惑ってしまう。ライトニングⅡ、果たして日本はどうするんだろう。


こうした折に、一喜一憂という表現は適切なものだろうか? 福島第一原発の成り行きには翻弄されるが、最前線で沈静化の作業にあたっている方々には、感謝の念とともに無事であってほしいと祈るばかりだ。


振り返ってみると、やはり先遣は陸自のNBC部隊だったようだ。危機発生と同時に情報収集にあたっていたのだろう。どうなんだろう、指揮権が内閣官房直属という部隊もあるはずだが……。どちらかと言えば、テロ対策のNBCだから……。いやいや、詮索は無用。


福島クライシスは、考え出すと腹の立つことばかりだが、ひとつはっきりしているのは、人間のおごり高ぶりが生んだ人災ということだろう。黙視してきた事柄に対し、再検討する要素が無限に吹き出した大災害として大きな教訓になるのだろう。しかし、腹が立つ。政府の情報隠蔽なのか、欺瞞報道なのか。どうにも我慢できないのでひとつだけ。


福島第一原発の状況報道に不備が多すぎるのだ。「5号機/6号機が電力復旧により使用済み燃料冷却プールの温度が順調に低下~」という報道が繰り返されたが、20日になって「5号機の原子炉水温度が100度を切り~」のニュース。5/6号機は点検中と聞いていたが、原子炉水が100度? ということは、炉に燃料棒が入ったまま? ひと言もそんな報道はなかったと記憶するが……。冷却系の再起動が効かなかったら、1~3号機の二の舞になるところだった。


まあまあ、お気楽乗り物ブログ、視点を変え、TVや新聞が伝えきれていない乗り物の話でも。三菱自動車が電気自動車のiMiEVを提供したという。iMiEVはハイブリッド車と異なり100%電気駆動のため、ガソリンを必要としない。フル充電での定地走行なら160㎞前後の航続距離を持ち、緩充電なら14時間で100%の充電、急速充電なら30分で80%の充電が可能となっている。使用する上での前提条件は、当たり前だが、使用拠点に交流電源があることだ。逆に言えば、電力の回復した地点を使用の最前線拠点として設定することができる。この限りにおいて“燃料切れ”はない。


ガレキ除去用に戦車を投入。74式を2両投入する話だが、陸戦の主力兵器となる戦車には、進軍を補助するための派生モデルも用意されている。よく知られるところではサルベージモデル(自走不能になった戦車を回収してくるモデル)や簡易橋架橋モデル(渡河用の簡易橋を架橋するモデル)があり、ブレード(排土板)を装着してブルドーザーと同じ機能を持たせることも可能。ブルドーザーと異なる点は、エンジンが圧倒的に強力なこと、車体がクローズド構造となっているためNBC対応性が高いことにある。90式にも同種のモデルは用意されているはずだが、運用地の状況を考えると、車体の小型な74式のほうが機動性に優れ、こちらが選ばれたのではないかと思う。崩壊落下物が邪魔だからと、よもや主砲の斉射はないと思うが……。


原子力安全・保安院の会見を見ていたが、要領を得ないこと、はなはだしい。余計なことは知らなくてもよい、という役人体質がありあり。ケンカ腰の記者会見となってもおかしくないが、聞く方もよく耐えている。ひょっとして出来レース? いくらなんでも疑いすぎ?

すごいことになった。全土レベルでの大災害になってしまった。


お気楽な自動車ブログなど、この際しばらく放っておこうと思ったが、自分の視点でなにかが書け、それが自分も含めた誰かの気休めになるのなら、と思い直して愚にもならないことをつらつらと書くことに。どのみち書き屋が商売だし。


目下の不安と恐怖、腹立ちのタネは、福島第一原発の成り行きだ。とにかく腹が立つ。この際、TVやネットの具体的な誤情報については触れることをやめようと思うが、非常時にこの手のメディアがどの程度の役割を果たすか、自分の目で確かめるよい機会にはなった。不謹慎だが、これほどの災害に再び見舞われないとも限らない。情報の取捨選択と2次情報の信憑性を判断する不幸だが貴重な体験例である。


が、そうは言いながらも、重要なニュースを伝えるTVキャスターの資質については問題ありだ。私見を公共の見解とするのだから、正確性はきわめて重要。しかし、炉心溶融と原子炉溶融を混同する人、原子炉を核融合反応だと思っている人など、間違いは後を絶たない。こちらも専門知識を持つわけではないが、原子炉がウランに中性子をぶつけて生じる核分裂反応であることくらいは基本知識として知っている。さんざんテーマとなる問題だし、だいいち中学校の理科レベルの話である。表層的な断片知識だけで話題の進行をしようとするから、こういうことになる。とくに民放系の資質が低い。だが、聞く側は100対0で鵜呑みにしてしまう。結果、こうした誤情報、誤知識の伝達が、風評を生み出し混乱を助長するきっかけとなる。


「日本ほど安全レベルの高い国でも今回の事故を防げなかった」と語ったドイツ・メルケル首相の声明は興味深かった。あのドイツに、ここまでのことを言わせた日本の技術力を誇りに思う反面、そのドイツが危惧感を持つほどことは深刻なのだと悲観的になる。ここ2~3日、夜寝るのが怖くなっている。朝、目が覚めニュースを点けると、ことが必ず悪転しているからだ。そんな意味での15日は最悪だった。


日本政府も東電の機先を制し、事故当初から原発を掌握下におく動きに出ていたら……、とふと思ったのだが、次の瞬間無理だと気が付いた。閣僚の何人が、原子力の基本を理解しているだろうか、という問題に気付いたからだ。優秀なプロデューサーというのは「誰に何を任せれば最善の結果がでるか」を知る人のことをいう。自分で出来る必要はない。だが、「誰に何を」を知らないと任せようがない。「炉の溶融は原爆の爆発と同じ」と考える政治屋がいたが、これでは無理だ。指揮官にはなり得ない。


福島原発で現場の処理にあたっている実働部隊は、おそらく自衛隊、場合によっては米軍混成の可能性も。ふだんは不要論、ヘタをすれば税金泥棒的な言われ方さえもする自衛隊だが、結局、こんな汚れ仕事を引き受けてくれるのは自衛隊しかない。頭がさがる。加えて言うなら、この近辺で最も原子力に精通しているのは、本国からの支援指令で宮城沖にいる米第七艦隊の空母R・レーガンだろう。皮肉なことに、日本人が忌み嫌う原子力空母が、機動性と広範な運用性の高さから救援の前線に位置し、日本を助けてくれている。食料の補給さえ可能なら、物理的には無限の洋上行動力を持つ。(ニミッツ級の炉心は20年だったような……。ドワイト・D・アイゼンハワーの2005年改修時にはたしか20年。新世代艦のジェラルド・R・フォード級では大幅に伸長したはず)


と、書いている最中に2発の地震。1発目は宮城あたり、2発目は静岡でこちらのほうが大きかった。TVを見ると河口湖あたりでも震度5強。揺れの最中に、須走のS氏に即連絡。手短に無事を確認。だが、室内はひどいことになりつつあるという。東北から北関東にかけての太平洋沿岸、新潟、長野、そして静岡。地震列島だ。被災地の方々のことを考えると、微震でもトラウマになりそうだ。


それにしても、物資の支援体制はどうなっているのだろう。阪神・淡路のときもそうだったが、災害が落ち着いてきたあたりからが正念場となる。このタイミングが遅れると、人災という名の大きな2次災害が生まれてしまう。極論すれば、平時に行政はいらない。非常時だから行政の価値、存在意義が問われるのだ。実際、油槽所の非停電要請を拒否した東北電力のような体質の企業を野放しすることになる。


やっとの思いでコンビニにたどり着いた被災者の方が、案の定、なにもなくて菓子類しか手に入らなかったにも拘わらず「ご家族や知人を亡くされた方、困難に直面されている方のことを思えば~」と明るく答えられていた姿に涙が出た。非常時にも暴動は起きず、むしろ団結して困難を乗り切ろうとする日本人の民族性。互助の精神というか、これが度重なる苦難を乗り越えてきた日本の原動力なのだろう。


なにか出来ることはないか、ではなく、今の自分に出来ることを精一杯する、というのが、実は復興に際して個人が出来る最善の選択肢かもしれない、と考えるようになってきた。物事が活性化し、それが積み重なり階段を昇っていくことになるのだ、と。


La Sarthe, my back pages-005



栄枯盛衰、おごれる者は久しからず。「自分が最高や思うたら、それが落ち目の三度笠」とは、かつて従野孝司さんが言った名言。関西弁特有のとぼけた言い方が、むしろ事の真理を鋭く浮き上がらせていただけに、いまも記憶に鮮明。


なんでこんな書き出しになったかといえば、このところJALの再建に関するニュースがやたらに多かったからだ。つい先日は、国内線で747が退役したニュース、きのうは「鶴丸」マークの復活。(知人に言わせると、赤字の鶴がお手上げ状態、という意味らしい)今日は、たしか国際線の747が最後のフライトとなる日……?


ニュージーランドで悲惨な地震災害が起きてしまったが、救援チームを送るために政府専用機の747が使われていた。千歳に待機する機材でメンテナンスはJALが担当。そのJALが747を所有しなくなることから、日本政府も専用機を廃止するか機種転換を図るかを検討中だという。747のメンテナンスができるのはJALだけでないだろう。


JALが、ナショナルキャリアとして日本の航空運輸を一身に担ってきた、という自負は大いに結構だと思うが、ときおり利用するユーザーの立場からは、グランドコントロール、CAとも悪い意味での自意識しか感じられなかった。国費を投入して再建を図ろうかという矢先に“運賃割引キャンペーン”の実施は、ANAの社長が「ふざけるな!」となるのも無理はない。というより、経営努力で成り立たせているANAがあるのだから、自立困難な企業にはお引き取り願ってもよいのではないか、と考えてしまう。それが資本主義の基本原理だろうに……、という話はこのさい置いといて、気になるのは747の後継機だ。


クルマ好きは飛行機も好き、いや、好きに違いない、という独断で話を進めてしまう。言うまでもなくA380対787の対決構図だ。いずれもリリースは遅れに遅れたが、設計思想はまるで逆。ハブ空港間の大量輸送をもくろむエアバス社の超大型思想に対し、出発地と最終目的地を直接結ぶ中型機によるドアtoドア輸送がボーイング社の考え方だ。国によって事情はさまざまだが、国際線の乗り入れ空港と受け入れ便数に関わる問題でもあり、一概にどちらとは決めつけられない状況ではある。


ただ、いずれも最新鋭機で、こうした意味での“乗り心地”には大いに関心あり。A380は、ルフトハンザの1号機“フランクフルト・アム・マイン”号に乗ったが、大型機だけあって全体の揺れがゆったりとした印象だった。ミュンヘン線で就航しているA340も好きな機体だが、ヨー、ロール、ピッチ3方向の動きとフロア振動は明らかにA380のほうが上質だった。


こうなると気になるのは787。高速での長距離フライトをイメージさせる“ドリームライナー”のサブネームが気に入っている。1号機はANAだがまだ未就役。機体形状、機体構造、エンジンと先進度はA380を上回る。A380のリリースで747の旧態化を揶揄したエアバス社だったが、787の登場で立場は逆転する。正直に言うと、民生機をカッコいいと思ったことは1度もなかった。やはり飛行機と言えば戦闘機に尽きる。機体の美しさとバランスは、いまもF15だと思っているが、787を見て認識が改まった。広義には、色気のない輸送機の1カテゴリーとなる旅客機だが、コレはカッコいい。


あ、追加訂正。機能が異なると輸送機のフォルムでもカッコよく見える特例が。C-130ハーキュリーズは、ただの輸送機で愛嬌のある形だが、AC-130スプーキーⅡに化けると俄然違って見えてくる。ひと口で言えば、重武装、重火器の空飛ぶ戦車。25mmガトリング砲だけでも十分脅威だが、掟破りの40mm機関砲に加え、こんなもの飛行機に積むか? というハウザー105mm曲射砲まで装備。ターボプロップ4発だから電力も豊富。戦車をボロ屑状態にしてしまうA10サンダーボルトの30mmガトリング砲も圧巻だが、根こそぎなくなってしまうスプーキーⅡの攻撃力には、底知れぬ怖さを感じてしまう。


こんな飛行機話のオチは、ついこのあいだ偶然知ったSu-26とその中身が意外だったことだ。Su-25が攻撃機のフォックスバット、Su-27が戦闘機のフランカーであることは知られているが、その間に位置するSu-26の番号は気にしたことがなかった。いつもミコヤン-グレビッチ設計局の陰に回され、攻撃機のイメージが強かったスフォーイ設計局だが、Su-27の一発でこれを逆転。そんなメーカーの26番とは?


笑った、なんと単発のプロペラ機。だが、曲芸飛行用。衝撃を受けるのはここからで、機体はカーボン-ケブラーのコンポジット、基本骨格はチタン合金、耐G性能は10Gという化け物で、レシプロ機ながらコブラ機動ができる。長いエンジンフェアリングは、究極のレシプロ戦闘機と位置付けるTa152を彷彿とさせるデザイン。すっかりファンに。プラモ探してみよ、できれば1/87。