奇跡のコース(ACIM)とともに  -10ページ目

奇跡のコース(ACIM)とともに 

  奇跡のコース「A Course In Miracles」の学び、それを通しての日々の気づき、ホーリースピリットから受け取るメッセージなどをバンコクから発信しています

夫が熱を出して早く帰宅しました。
こんな時は過去に原因を探し、
明日の予定とか様々なこれから起こるかもしれないことを
心配してしまうのが常でした。

こういう時にすべきことは自分の心を訂正することなのです。
本当の私たちは魂の存在。
それなのにからだだと思っているから、夫が目の前で体調を崩している、それを見てしまっている自分の心。
夫は助けてあげなければならない弱い存在だと思っている自分の心。

本来の自分の思いから離れてしまい、
からだがすべてだと思っていることを素直に認めること。

その上でホーリースピリットに、
私たちはからだではないことを体験したい、
本来の自分に戻りたい、
彼の本当の姿、魂としての強さを見せて欲しいとお願いすること。
を今実践しています^^

どんなことも、自分の心を訂正するための道具
奇跡を体験するための道具
にすぎないのです




娘を毎朝幼稚園まで歩いて送っていきます。
途中にある店があり、中に神棚があります。

タイは神さまとともにある国なので、あちこちに神棚があります。
現地の人たちは、通りすがりにさっと手を合わせています。

その店は神棚は中でも、なぜか外にお供えものが置いてあります。
そのお供えものをいつも鳩がつついているのです。
散乱したお供えものを目にするのが常ですが、今日は鳩が食べているのを目撃。

娘は「神さまが鳩にくれたから食べているんだよね」と言いました。
私は「そうだね~ でも鳩も神さまなんだよ。○○(娘の名前)も神さま。この宇宙には神さまのエネルギーしかないから、みんな神さまなんだって~」

それを聴いて娘は「ええっ~♪ パパも神さまぁ♡」
さて、娘にとっての「神さま」とはいったいどのような存在なのかなぁ~

「神さま」と聞くと、みんなどう感じるのでしょうか?
私は無宗教ですが、とても自然に使っている言葉です。
宇宙には何か大きな存在がいてくださると思っています。
それをキリスト教徒はキリストと呼び、イスラム教徒はアラーと呼ぶ。
そんな感覚で、大いなる存在を「神さま」と呼んでいます。

すべての人がそうではないということを、こういう話を初めて夫としたときに感じました。
「神さま」という言葉を宗教的な意味でとらえたようです。
話をしながら彼が、怪訝な顔をしたのを今でも覚えています。
彼は外国の人で、生まれて洗礼を受けたそうです。
その後自らの意志で、クリスチャンでいないことを選択しています。

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宇宙にはたったひとつのエネルギーしか存在しないと、コースでは言っています。
反するエネルギーはないので、葛藤もなく、調和のみがあります。
これを「愛」「神」と呼びます。
宇宙には「神(=愛)」のエネルギーだけが存在しています。
これが奇跡のコースの根本となる考え方です。
今日のワーク
文中にこう書いてあります
「神の言葉を穏やかに聞くことを選びなさい。
神はあなたの胸よりももっと近いところから話しかけています。
その声は、あなたのてよりももっと近いのです。」

ええっ!
神さまは、ず~っと上のほうにいると思っていました!

そこで昨日のレッスン
「わたしに、神と一つであることを思い出させてください」
を思い出しました。

そして今日のレッスンのそのあとに続く文章
「神の愛は、あなたのすべてです。
神はあなたと同じであり、あなたは神と同じです」

わかっていない自分を認め、思い違いを一つずつ丁寧に、
今日も訂正していきたいと思います

娘に、と日本のお菓子をいただいた
私は食べものにいろいろと思うところがある
いただいたのはまだ娘には食べさせていないお菓子

その時、私の心はすぐに、そのお菓子を娘にあげない理由を考え出した
心の中で友人に伝えている
そしてそんなことを思っている私自身のことを、ひどいと責めている自分もいる

こんなことが堂々巡りのように心の中を回っていたとき
浮かんできたのは
「思いを受けとるだけでいい」ということ

こういうとき
「受けとったものが何か、それをどうするのか」ということばかりを考えてしまうけど、大切なのはそこではなくて、その向こうにある、それと一緒にある「思い(=愛)」

ただただ、娘のことを思って用意してくれた、持ってきてくれた
その気持ち、思いを受けとればそれでいい
「ありがとう」と思いを受けとって伝えたら、それが何であろうと、そのものがそのあとどうなろうと(私たちのお腹に入っても 笑)それ以上のことは考えなくていいのです