明日は母の日だ
子供達が幼稚園の時はカーネーションの折り紙にメッセージなどを先生達が書いてくれてもらったり 小学校では作文とかだったかな なつかしい
私の小さい頃は町の市場の花屋さんにカーネーションを買いに行って母に渡したりしたものだ
後は定番の肩たたき券 おてつだい券 何でもやります券を発行していた
母の日なのになぜか妻の日というかやさしい夫達は自分の母より妻になにかプレゼントしたりするそうだ
子供が小さいならママのプレゼントを一緒に作ったり買ったりもありだがある程度以上になると母と子のことなので本人達に任せていいと思う
結婚するとなぜか母の日は自分の母と義理母にもプレゼントをすることが多い
いまはしらないが 我々世代の夫は母親に母の日に積極的に何も贈らない 照れくさいのもあるし特に気にしていないように見える 義理娘はそう言うわけにも行かず毎年なんにしようかと頭を悩ませていた
毎年母の日 誕生日 クリスマス お正月と心ばかりのプレゼントを渡していたのだが20年以上たったある日 義理母からもう甘い物はいらないしなにもいらないといわれた
気を遣ってそう言ったのもあると思うが 毎年何にしようかと迷い購入していたので結構ショックだった
もういらないと言われたら義理の仲では贈りにくくなる
割と喜んでくれる物をと考えていたから
うれしくもなんともなくいらなかったんだーと理解した
やはり息子から飴でも一つもらうのと義理娘が選んだ物とでは月とスッポンなのであろう 当然なのかも
世の息子達よ 自分の母には自分で選んでささやかな物でいいので毎年なにかプレゼントしてあげてーといいたい
夫婦二人でそれぞれの母に選ぶのも大変である
自分の母は自分で これがすっきりとよい
しかしながらプレゼントは本当に難しい
さすがの私も自分の母にありがとうとはいつもは言うが 母の日にいつもありがとうというのもとってつけたようであんまりなので前もって母の好みに合う普段着か下着類 アクセサリーや小物などを軽く渡し母の日ねーといっている
母もなかなかほしいものがないのよねーというので困るのだが渡すと大事にうれしそうに叔父達に話しているというので必ず欠かさないようにしている
同様にうちの子達も大人になってからは 母の日頃に母の日とは言わないがなにかプレゼントをくれたりする
上の子の男子は母の日クリスマス誕生日こみこみで少し高価な物を買ってくれたりする
下の子女子は キッチンものや小物 髪飾りやヘアーオイルなど
なにか聞いてくれて好みの物をくれることが多い
私自身は飴一つでも誰にもらってもうれしいタイプなので子供からもらうとうれしすぎて飛び跳ねることとなっている
母の日は自分の母に感謝する日でもあるが世の中の母達すべてに感謝する日でもある
母親業は世界一のブラック企業だといわれるらしい
無報酬 無期限 そして心配のやまないストレス満載である
24時間365日でもある
でも母親になれたことを感謝する日でもあると思う
母も子も母の日の一日をいつもの一日同様大事に過ごせるとうれしい
更年期の頃にちょうどおこるのが子供達の自立というか家を離れることが多いということだ
大学への通学のための下宿 就職のための転居
結婚のための転居 などなど 巣立ちゆくのだ
もちろん普通のことではあるが
母親にとっては途方もないストレスとなる
更年期障害は寂しさや忙しさでも悪化するのだ
仕方がないと言えばそれまでだが女性のそういうメンタルな部分
を支える必要もある
気分転換せよとか子供の人生に関わるのは毒親だとかの悲しい言葉で傷つけないでほしい
特に娘のひとり暮らしの場合はたとえ安全な場所でいい物件であったとしても 痴漢 災害 近所トラブルなど心配はつきない
男子でも多少の違いはあれど一緒かも
また親の旅立ちも更年期のころだ
これも介護もあり大変な時間を要する上に精神的な苦しささびしさなどそれぞれの状況は千差万別でストレス度は高い
今は大企業では東京に本社がある会社が多く関西からでも東京に就職する場合も多い
我々の頃は女子は 関西なら 元々関東の出身や関西以外の出身でもない限り 大阪近辺で就職があったし本人も親もそれを希望した
最近は関西の大企業も東京にいった会社が多く転居を伴う就職も多い
本人の職種希望もあるが東京一極集中は日本のためにもほんとうによくないと思う
効率や利益のためには仕方ないが関西は元々商売の中心であり戦後関西生まれの大企業 伝統ある老舗も多い
関西の企業さん本当に頑張ってほしい
子供達を関東にいかせることはそれこそ大阪の少子化になる
未来への投資としても若手をとどまらせる工夫がいるとおもう
関西が元気であることは関東に何かあったとき日本が日本であり続けるためにはとても大事なことだと個人的に思う
地方自治体の皆さんもがんばってほしい
東京に行ってびっくりしたことがある
大阪のことを地方と呼ぶ人がいることだ
東京以外はみな地方と呼ぶ人がいる
地方と言う呼び名なのかには田舎というニュアンスがふくまれる
少し馬鹿にされているようにかんじるのは大阪ラブだからであろうか
もともと地方とは 東北地方 関東地方 関西地方 中国地方
四国地方などのように地理的な区分であると授業で習ったはずだ
東京は関東地方にある東京都だ
大阪は関西地方にある大阪府だ
広島は中国地方にある広島県だ
地方などという区分はない
テレビも東京のことばかり報道する
東京の人口は1400万人ほど その他の道府県にすんでいる人の方が圧倒的におおいのだ
首都なので平等にとまではいわないが全国放送の局はもっと各地のニュースやいろいろをとりあげるべきだとおもう 全国放送ではなく東京放送のようになっている
コロナでどこにいても同じように仕事が出来ることもわかってきた
育児介護など家族が近くにいる方がこれからの日本は能率的であると思う 少子化対策にもなるとおもう
各地を旅すればわかるが日本各地には本当に廃れてはならない文化や人々がたくさん存在する
江戸時代に全国に藩をおき発展させ戦のない時代を築いた家康さんには本当に感謝である
そこからもう一歩進んでいかないといけないとおもう
