アッシェンバッハの彼岸から -98ページ目

Jesus Was a Cross Maker

(BGM:唄というより祈りに近い)
Judee Sill
Judee Sill

真昼間の六本木交差点。クルマと看板と巨大テレビ画面が視界を埋め尽くし、

いずれも恐ろしい速さで点滅しながらこちらにむかって襲い掛かってくる。

色と情報の洪水に呑まれまいとわたしは必死で立っていた。

そのとき唐突に、視界からあらゆるものが消えた。

クルマも、高速道路も、看板も、同じような服装で歩く人々の姿も、なにもかも。


それは、ヘッドホンからJesus Was a Cross Makerとゆう曲が流れ出した瞬間でした。


ホリーズによるカヴァーは、彼ららしくあまりにもドラマチックな味付けで、

ものすごく素敵な曲なのだけれど、ヘタレのわたしは聴いてて少し自信を喪失してしまう。

断然、ジュディ・シルによるオリジナルのほうが好きだ。ずっとずっとやさしいから。

それも、輸入版の最後に入ってる、ギター1本で唄うデモ・ヴァージョンがもっとも胸に響く。

なんというか、キャロル・キング+バッハとゆう感じ(これ、友達に云ったら「全然わかんない!」と云われた)。

ギターと歌のみで演奏されたこの曲は、なぜか教会のパイプオルガンみたいに聞こえる。

何も知らなかった頃、その声を聴いて、

「この人は、この世にいないに違いない」となぜか思った。

きっとそれは間違ってない。


75年くらいに35歳くらいの若さでオーバードーズか何かで亡くなったらしい彼女の人生は、

アル中やドラッグや虐待など、波乱に富んだものだったらしい。

けれどその声が悲しいほど優しく穏やかに響くのは、

世俗のどんな欲も痛みもすべて内包して、

それでも彼女はきっと絶望していなかったからじゃないか、とおもう。

すべてを肯定し、許すような唄。彼女は、どのような高みにいたのだろう。

それでも世界は、彼女のような人が生きていくのにはあまりに殺伐としすぎていた。



Judee Sill

Dreams Come True



彼女が死の直前に録り溜めたまま長年眠っていたレア・トラックを、

彼女を信奉するジム・オルークがミックスし、30年経った一昨年に発売されたアルバム。

何だかジュディのファンにはあまり受けが良くないようなので躊躇していたのだが、

オルークも好きなわたしのこと、迷った末、先日やっと手に入れた。

金曜の朝、だるい身体で机に向かい、「さて仕事するか・・・」といいながら、

前の晩に届いたばかりのこのCDを初めてプレイヤにセットする。


「どうした?!何がそんなに楽しいの?!てか朝っぱらから気持ちわるいよ!」

向かいに坐った同僚がギョッとした顔で云った。


積年の風雨と、そのたびに人の手で懸命に磨かれてきた教会の窓から注ぐ光のごとき、

彼女の歌声の周囲を、

まあたらしい金属やガラスでできた幾何学模様のオルークのギターがキラキラ纏いついて踊ってる。

それがあまりに素敵で楽しくせつなくて、

わたしは「なんでもないの」と、笑みを隠すように顔の前で手を振った。