アッシェンバッハの彼岸から -95ページ目

代官山40年



猿楽珈琲


最近「1968年」という数字を目にする機会が多い。

わたしの場合、ある程度は自分で選んでたどり着いてるんだろうけれど。

そういえばさっきキシダが夢中で観ていたテレビの人気ドラマ「華麗なる一族」もそんな時代の話しだっけ。

こないだ試写で観た映画『ボビー』も1968年が舞台。

キング牧師暗殺後、人種差別撤廃に身を砕いたロバート・ケネディ暗殺の夜を描いた群像劇。

今週公開の『キャプテントキオ』も、時代設定こそ未来だが、

その内容は’50~’60年代の東京と、若者たちの熱情を描いているようにしか見えない。

公開待ちとなっている映画の中に、イーディ・セジウィックの伝記映画がある。

主役のシエナ・ミラーはあまりにイーディにそっくりで、期待が高まる。

で、ヘイデン・クリステンセン演じる恋人役もディランそっくりに作ってあるのだが、

当のボブ・ディラン本人が「オレがイーディを殺したみたいじゃねーか」等とガタガタ言い出し、

現在、公開差し止め中らしい。何だか笑えるけど、早く見せてほしいものだ。

イーディといえば60年代ロンドンを代表するアンディ・ウォーホルのミューズ。

かの時代には珍しくなく、オーヴァードーズか何かで28歳の若さで死んだ彼女が映画化されるなんて、

考えただけで期待に胸がときめく。いや、内容がダメだっていいのだ。イーディがひどい扱いさえされてなければ。

それから、改めてひとつの記事にして書こうとおもっているのだが、

現在公開中の『マリーアントワネット』に、

なんとマリア・テレジア役でかのマリアンヌ・フェイスフルが出ていることもわたしを感激させた。


そして、『恋人たちの失われた革命』については、昨日の記事に記したとおりである。

日ごろ爆音や大仰なスコアやら饒舌すぎる科白に慣れてるわたしには、

静かで、クルマや足音などが重要なファクターとなってるかの映画を観たあと、劇場を出ると、

恵比寿から代官山へ向かうクルマの音や道行く人々の笑いさざめく声、靴音や、

夜の街の行き交うクルマのランプやネオンなど、

これまで無意識下に押しやっていたものが、

怒涛のごとくリアルに自分の周囲に立ち上がってくるのを感じた。

それで、夥しい数のショーウィンドーの前を素通りし、おしゃれ街の真ん中に

ひっそりといつでも存在している猿楽珈琲店のドアを開けたのだった。

このお店がいつごろできたのか知らないが、古いが大切に磨きこまれた床や調度品を観れば、

ずっと同じものを、長い時間大切に大切に使ってきたことがわかる。

もちろん時は流れるけれど、ここでは、流れた時間そのものを大切にしているという気がする。

過ぎた時間は「かつて」などという現代とは別個のものでなく、

現代と一連になっているのものだと思わせる。


わたしと同居人キシダは、ふたりで喫茶店へ行くと、

その時間の半分以上をお互い無言ですごすことが多い。

この日も、彼は洋書を開き、やがてお昼寝を始め、

わたしは店の棚に置いてあった「散歩の達人」を読み始める。

それは10年くらい前に出たもので、昭和30年代の日本が特集されている。

団地、電化製品、かつてわたしの父母世代が必死になって得ようとした夢の数々。

そこに載っている「当時の団地内部の様子」は、

わたしが小さな頃に住んでいた部屋とそっくりで笑ってしまう。

この小さな部屋に月賦でピアノを買って置いた父は、さぞかし誇らしく、将来の希望に満ちていたんだろう。

わたしの一家が住んでいた団地はとうに取り壊されて跡形もなく、過去にそこにあったものとして、

まぼろしのように人々の記憶にのみ存在している。

けれどわたしという人間はまぼろしなどでなく、子供時代からひと続きで今もこうして生きている。


なぜ60年代ブームなのか。

ひとつにはファッションの流行周期というものがあるのだろうけれど、

共通の仮想敵や、目標を喪失し、平和ボケが蔓延して久しい日本では、

個々がバラバラに自分の利益を求めているように見えて、

そのじつ、多くはメディアの影響でひどくステレオタイプな価値観に囚われている。

新聞などによると、不景気が日本全土を覆っていた時代は過去になりつつある。

けれど相も変わらず東京にはどこかで見たような複合ビルが相次いで建設され、

人々は高級チェーンレストランに喜んで足を運び、ブランドバッグが飛ぶように売れる。

それでも人々は、あの狂乱のバブルと同じ轍は踏むまいとしているのだろうか。

そういやバブル時代を笑い飛ばすための『バブルへGO!!』なんて映画も公開されてるしなあ。


必要なものは何でも揃っている。いまや不要な利便性を競う時代。

だけど、わたしたちは本当に幸福なのだろうか?

こんな現代だからこそ、あの時代を回顧する必要性を人々が感じ始めたんじゃないだろうか。

薄暗い喫茶店のランプの下で、珈琲カップを手にそんなことを考え続けたのでした。